魔道具の製作
セドリックがサンドイッチを持って研究院に戻ってきた頃、母とミレイアは大きな声で談笑しながら、設計図に描いた魔道具の製作に取り掛かっていた。
「母さん、ミレイアさん……。この短い時間にずいぶん仲良くなったんだね。しかも、もう魔道具を作り始めてるの?」
セドリックがひきつった笑いを浮かべる。
「セドリック、おつかいご苦労様。タルボットにもちゃんと届けてくれた?」
「うん、届けてきた。あ、父さんから伝言。研究が終わらないから、今日は家に帰れないって」
「りょうかーい。まあ、今日は私も帰れそうにないんだけど」
エリサは何気ない口調で答える。
「母さん、まさかそれ、徹夜して作る気?」
セドリックが眉をしかめる。
「だって、ミレイアちゃんが急ぎで欲しがってるんだもの。セドリックも、もちろん一緒に徹夜してくれるわよね?」
「ふーん。ミレイアさんの頼みなら聞かないわけにはいかないよな……。でも、休憩はちゃんととるから。さあ、遅くなったけどランチにしよう」
セドリックがテーブルにサンドイッチを並べると、エリサは手際よく搾りたてのオレンジジュースを用意した。
3人は味わいながらも「時間がもったいないから」とあっという間にランチを終えた。
その後は魔道具製作に没頭し、気がつけば日が沈みかけていた。窓から差し込む光が弱くなり、エリサが魔法で照明を灯す。
「ミレイアちゃん、魔力波動の調整は終わった?」
「あ、もう少しです。セドリック、魔法回路の接続はどう?」
「こっちも順調。母さんの方は?」
「いい調子よ。3人で力を合わせれば、朝までには試作1号が出来上がりそうね」
「……あ!そういえばわたし、今日は帰らないって連絡してない!」
ミレイアが慌てて携帯通信機を取り出し、研究院近くで待機しているフローラに連絡を入れた。
光の中に浮かび上がったフローラは、呆れ顔で応える。
「わかりました。では私は今日は帰ります。ノエルにはミレイア様から連絡を入れておいてくださいね」
通信が切れると、ミレイアはすぐにノエルへと繋ぎ直した。
「え!泊まりがけですか?」と驚くノエルに事情を説明していると、エリサが声をかけてきた。
「ミレイアちゃん、良かったら私に代わってもらえる? ノエルさんと少し話しておきたいの。心配しないように伝えておくから」
ミレイアがうなずくと、エリサは通信機を受け取り、立ち上がった。
「二人は製作を続けていてね。私は別室で少し話してくるわ」
扉の向こうからは、落ち着いた調子で語りかける声や、ときおり抑えきれない感情の熱を帯びた響きがかすかに漏れてくる。しかし具体的な言葉までは聞こえず、セドリックもミレイアも、互いに顔を見合わせながら手を止めず作業を続けた。
やがてエリサが戻ってくる。
「心配しないで。ノエルさんにちゃんと話しておいたわ」
ミレイアはほっとしたように笑みを浮かべ、再び設計図に向き直る。
――そこからは、ひたすらの作業だった。
魔力波動の調整を繰り返すミレイア。
繊細な回路を幾度も組み直すセドリック。
全体の工程をまとめ上げ、細やかな調整を加えるエリサ。
窓の外はすっかり暗くなっていた。
セドリックが小さくあくびをしながら言う。
「母さん、ミレイアさん……そろそろ夕飯にしない? 研究院のレストラン、まだ開いてるはずだよ」
「そうね。空腹のまま徹夜するのは効率が悪いわ」
エリサもすぐに賛成した。
三人は研究室を出て、研究員専用のレストランへ向かった。
白いタイルの床が広がる清潔な食堂には、夜遅い時間でも数人の研究員がちらほら残っている。
奥のカウンターでは専属のシェフが手際よく料理を仕上げており、漂う香りにミレイアのお腹が思わず鳴った。
「今日のおすすめは、ハーブをきかせたチキンのグリルと、かぼちゃのポタージュです」
給仕の研究補助員が笑顔で告げる。
テーブルに運ばれた料理はどれも温かく、見た目にも食欲をそそった。
三人は手を合わせて「いただきます」と声をそろえ、しばし研究のことを忘れて食事を楽しんだ。
「やっぱりここのポタージュは絶品だな。母さんの手料理といい勝負だよ」
セドリックが感心すると、エリサは得意げに微笑む。
「研究院がこうして食事を支えてくれるのはありがたいわ。だからこそ私たちは全力で成果を出さなきゃね」
「はい!」
ミレイアは真剣な眼差しでうなずき、フォークを置いた。
食事を終えた三人は再びエリサの研究室に戻り、夜を徹して魔道具作りに挑むのだった。
途中、温かいハーブティーで一息ついたり、失敗に小さくため息をついたり。
けれど三人の集中は途切れることなく続いた。
やがて窓の外が白みはじめ、東の空に朝日が昇るころ――。
机の上には完成したばかりの試作1号が鎮座していた。
「……できたわ」
エリサが小さくつぶやく。
「本当に……できたんだ」
セドリックの目が驚きと喜びで輝く。
「ありがとうございます……!」
ミレイアは胸の奥からあふれる感謝をこらえきれず、深々と頭を下げた。
達成感に包まれる一方で、それが果たしてどんな結果をもたらすのか――その緊張感もまた、三人の胸に同時に息づいていた。
静かな魔道具の光を前に、三人は互いに視線を交わす。
「……いよいよね」
エリサの一言に、ミレイアとセドリックは小さくうなずいた。
夜明けとともに誕生した試作1号は、今まさに動き出そうとしていた。