シオンの娘
完成した設計図を前に、三人はしばし感慨に浸っていた。
「とりあえず形になってきたわね。私自身、前々から人探しの魔道具の構想はあったんだけど、あと一歩のところで引っかかっていたの。あなたたちのおかげだわ」
エリサが満足そうにうなずくと、ミレイアは目を輝かせて答える。
「エリサさんの経験と実績があってこそです。すごく勉強になります!」
セドリックも半ば呆れたように感嘆の声を漏らした。
「驚いたな。まさかこんな短時間で魔道具の設計図を完成させるなんて」
すると、研究に命を懸けてきたエリサが、抑えきれない熱を帯びた声で言い放つ。
「何をいうの。あなたは理論では誰にも引けを取らないわよ。その理論と私の実績、そしてミレイアちゃんの柔軟な発想力があれば最強だわ。どんな魔道具でも作れるんじゃないかしら」
盛り上がる空気の中、ふとセドリックが時計に目をやる。
「あ、ランチの時間がすぎていたね」
慌てる彼に、エリサは手早く指示を出した。
「まあ、大変。セドリック、あなた今から角のパン屋でサンドイッチを買ってきてちょうだい。ついでにこっちに戻る前に魔塔にいるタルボットにも届けてきて。あの人も食べるのを忘れて研究を続けちゃうから」
そう言って彼の手にお金を握らせる。
「え!なんで僕が?父さんにまで届けろって?」
「あなたが行ったらあの人が喜ぶもの。私たちはここで待っているから、よろしくね」
「えー……」
セドリックは渋々といった様子で不満を漏らしながら、研究院を後にした。
扉が閉じ、足音が遠ざかるのを確かめてから、エリサは真剣な表情へと切り替え、ミレイアの方へ向き直る。
「さて、ミレイアちゃん。話したいことがいくつかあるわ」
そして、ためらいのない声音で問いかけた。
「ミレイアちゃんはノクシア侯爵の本当の子供なの?」
あまりに率直な質問に、ミレイアの身体は一瞬こわばった。だが、“彼女には事実を話していい”という手紙の言葉が脳裏をよぎり、ゆっくりと口を開く。
「わたしはノクシア侯爵の本当の娘ではありません。幼いころに命を狙われて、本当の両親がわたしを実子として育ててほしいとノクシアの両親に託したんです」
「……やっぱりそうだったのね」
エリサは深く息を吐き、目を細めた。
「私の亡くなった弟と同じパープルブロンドの髪と規格外の魔力を持ってる。あなたは……シオンの娘なのね」
「はい。わたしは神官のシオンと聖女アリアの娘です」
その答えに、エリサは顔を覆って嗚咽を漏らした。
「あああ……。実は、15年前、弟一家が惨殺されたと連絡があった時、私は信じられなかった。シオンは小さいころから、時々自分の身代わり人形を作って転移魔法で家を抜け出すことがあったから、きっと死んだふりをしてどこかに隠れているのだろうと思っていたの。だけど、1年たっても5年たっても姿を現すことはなかった。あなたが10歳の時に書いた論文を見た時は、弟の娘と同じミレイアという名前と、大人もうなる魔法理論に、この子はシオンとアリアの子供に違いないと思って、色々調べたのよ。でも出生記録にはあなたがノクシアの長女である証明がはっきりあったし、シオンたちはとっくに死んだことになっていた。ーーあの2人はあなたを守るために亡くなったのね……」
ミレイアは小さくうなずき、震える声で続ける。
「わたしは、最近まで本当の両親が殺されていることを知らなかったんです。ノクシアの両親が打ち明けてくれました。聖女アリアには予言の力があって、自分たち夫婦が死ななければ多くの人々が死ぬ未来が見えると言っていたそうです」
「……ああ、そうだったの。自分たちのことより周りの人たちのことを優先する二人だったから、あの子たちらしいわ」
エリサは遠い目をしながらも、誇らしげに微笑んだ。
「エリサさんは、わたしの両親のことを良くご存知なんですね」
「ええ。シオンは高い魔法能力を買われて12歳で神官見習いとして神殿に住むようになったけれど、時々顔を見せに来てくれていたの。両親は最初、家に引き戻したがっていたけれど、シオンが楽しそうだったから諦めたみたい。だけどシオンが学園に入学する少し前、うちの両親は流行病で立て続けに亡くなってしまったわ」
エリサはため息をついて言葉を続ける。
「シオンは学園でアリアに出会って、彼女が流行病が広まる各地を回って、何の見返りも求めず治癒魔法を使い続ける姿に惹かれたみたい。あの頃からシオンは自分の力を惜しみなく使うようになって、"神に近い存在"なんて言われて忙しい日々を送るようになったわ。それでも、忙しい合間に赤ちゃんだったあなたを連れてアリアと一緒に会いにきてくれたこともあるのよ。セドリックが私のお腹にいた頃だった。二人が少し大きくなったら一緒に遊ばせようねって約束していたのに、あんなことになってしまって……。だけど、あなたが今こうして会いに来てくれた。シオンたちが、巡り合わせてくれたのかしら……」
「わたしもそう思います。実は最近、2年前から私の侍女として働いてくれていたノエルが、母の妹だとわかったんです。母の弟はクラスメイトの義兄で、私の大事な騎士であるフローラの元婚約者でした。それから、いつも助けてくれていた男性が、幼い頃一緒に過ごした幼馴染だったことも先日知ったんです」
「まあ……、偶然にしては出来過ぎているわね」
エリサは唇を引き結び、真剣な声で問い直す。
「ーーそれでね、ミレイアちゃん。あなたに会えたら聞きたいと思っていたの。あなたは前から……命を狙われているの? 星導祭の時、2度も殺されかけたでしょう?
厳重な護衛もついていたし。偶然ではないわよね?」
「はい。前にも一度大通りで襲われかけたことがあります。あの時はこのペンダントが守ってくれて……」
ミレイアが胸元に隠れていたペンダントを引き出す。そこについた宝石を見た瞬間、エリサの目が大きく見開かれた。
「見せてもらってもいい?」
ミレイアがうなずくと、彼女は慎重に手を伸ばし、その光を覗き込んだ。
「これは……!なんてすごいの。何重にも防御魔法が重ねられてる。危険察知魔法や追跡魔法も。……あなたの魔力を安定させる魔法もかかっているのかしら。これを作ったのはあなたが言ったいつも助けてくれる幼馴染の彼?すごくあなたの魔力のことを理解しているのね。優しくてどこか切ない魔力。それに、このペンダントにはもう一つの魔力を感じるわ。限りなく深くて真っ直ぐな魔力。あなたはすごく……愛されているのね」
「わたしの大切な人たちです。彼らのためにも、人探しを急がないといけないんです。わたしの両親を死に追いやり、今もわたしの命を奪おうとしている人物が、彼らの大事な家族にも危害を加えようとしてるから……」
「そういうことだったの。だったら、のんびりはしていられないわね。早速魔道具作りに取り掛かりましょう」
「ありがとうございます、エリサさん!」
「可愛い姪っ子の頼みだもの。聞かないわけにはいかないわ。……ちなみに、セドリックはあなたが自分の従兄弟であることを知っているの?」
「いいえ、まだ話せていなくて……」
「今は黙ってたほうがいいわ。あの子は知っていることを黙っていられるタイプではないから。友人として仲良くしてやってくれる?」
「もちろんです!」
ミレイアは力強くうなずいた。その姿を見て、エリサもまた満足そうに微笑むのだった。