研究院へ
日曜日の朝。
昨日帰ってから、ノエルとフローラには「セドリックと一緒に、彼の母が働く王立魔法技術研究院を訪ねることになった」とだけ話した。アゼルの秘密に関わることは言えなかったので、理由は「研究の協力を依頼するため」と伝えてある。
「護衛のグラハムさんとセルジュさんは、現在国王陛下の視察に同行しています。急な外出のため呼ぶことができませんでした。王都騎士団にも、今日は手隙の者がいません。ミレイア様、外出は延期できませんか?」
フローラが今朝になって心配そうに言った。
「無理よ。セドリックがお母様にもう伝えてくれているし、急にお願いしたのはこちらなのに変更なんてできないわ。それに、護衛ならフローラがついてきてくれるじゃない」
「そうですが……。初めて行く場所に、ミレイア様の敵がいないとは限りません。やっぱり殿下に今日のことをお話しになったら? 殿下付きの優秀な近衛騎士を貸してもらえるかもしれませんよ」
「ううん。レオンには言わないわ。言えば“行くな”って言われそうだし」
「……やっぱり。わかりました。一度言い出したらきかないのがミレイア様ですもんね」
フローラは大きくため息をついた。
「お嬢様、危険を感じたらすぐに転移するか、モフィたちを呼んでくださいね。フローラもいますし、無理に戦う必要はありませんから」
ノエルが、ここ最近毎日のように繰り返す見送りの言葉を口にする。
「ミレイア、危なくなったら呼んでー!」
「ミレイア、気をつけてね〜」
モフィとスインも続いた。
「わかってるわ」
ミレイアは安心させるために、とびきりの笑顔を作った。
――トントン。
ドアを叩く音がした。
「おはようございます、ミレイアさん」
「あ、セドリックが迎えに来たみたい。もう行くわね」
ミレイアはフローラと共に部屋を出た。
ーー
馬車の中はセドリックと二人きり。フローラは馬に乗って帯同している。
向かい側に座るセドリックが、前置きをしてから口を開いた。
「知ってるかもしれないけど……王立魔法技術研究院について説明するね」
研究院は王宮の近くにあり、国からの潤沢な資金援助と最新の設備に恵まれている。そのため国内外の優秀な魔術研究者が多く所属している。同じく王都にある王都神殿と魔塔と並んで「三大術地」と呼ばれ、レガリア魔導学園を出た魔術師の多くは、そのいずれかに所属する。
神殿は研究よりも、魔法による検査や治療、人々の悩みの解決を主な仕事とし、神に祈りを捧げることを前提にしている。
魔塔は、身分を問わず特に魔力の高い者が集まり、魔法を使った実験を繰り返している。ときには戦闘に駆り出されたり、救護要請に応じて現場へ向かうこともある。
神殿と魔塔は考え方の違いから古くから相容れず、現在は「互いに干渉しない」という約束で争いを避けていた。
その中で研究院は中立の立場をとり、神殿に協力を求めることもあれば、魔塔と共同研究を行うこともある。
ミレイアはセドリックの話に頷きながら耳を傾けた。
「父母ともに研究院勤めだけど、今は父が共同研究のために魔塔に通ってる」
「そうなのね。……二人とも日曜日なのに仕事なの?お忙しいのね」
「研究に曜日は関係ないから」
研究院に近づくにつれ、ミレイアは胸の鼓動が速くなっていくのを感じた。
――実の父シオンの姉に会いに行く。自分にとっては血のつながった伯母。どんな人物なのだろうか。
そしてもうひとつ頭を占めているのは、昨晩届いた“いつもの手紙”の内容。
【ミレイアへ】
彼女には事実を話していい。
味方になってくれるから。
ミレイアには、その「彼女」がこれから会う伯母のことだという確信があった。
味方になってくれるなら――きっと大丈夫。