週末の勉強会
数日間、ミレイアは悶々としていた。
マーサと神官長の行方を探したいけれど、何も思いつかない自分に苛立ち、焦る気持ちもあった。レオンたちに相談しようかとも思ったけれど、アゼルが自分だけに打ち明けてくれた重大な秘密を、軽々しく口にすることはできなかった。
――そうして迎えた週末の午後。
普段は静かな学園の図書館が、この日は、熱気と笑い声で満ちていた。
ティナが学園長である祖父にわがままを言って貸し切りにしたおかげで、冬季休暇前の確認テストに向けて総勢五十名近い生徒が集まっている。
集まったメンバーはミレイアと仲の良いクラスメイト、同学年のミレイアファンクラブの面々。
それに加えて、ユリウスをはじめとした騎士科の上級生までが顔をそろえていた。彼らはカリキュラムが違う上に、明らかにミレイア目当てだった。
どう見てもテスト勉強なんてする気がないでしょう……と内心でため息をつきつつも、笑顔のあふれる空間にミレイアは頬をゆるめた。
召喚学の難解な構造式や、魔法応用学の複雑な理論を、ミレイアは丁寧に解説していく。教科書のわかりにくい部分では、魔法で映像を浮かばせて動かしたり、音を流したり。演劇風の演出を加えておもしろ楽しく説明した。その度に歓声が上がる。説明を受けるうちに「なるほど!」と目を輝かせる生徒もいれば、ただぽーっと見つめているだけの生徒もいた。
そんな中、ルイスはミレイアにノートに書いた構造式を見せながら個別に教わっていた。
「……ここの式変形がどうしても繋がらないんだよな」
「ここは、符号を逆にしてから見直すの。魔力の干渉を抑える計算だから、ほら――」
ミレイアは椅子を寄せ、ルイスの肩越しにノートへさらさらと補足を書き加えていく。
「なるほど! そうすると、ここがちゃんと収束するのか!」
「うん、その通り。あと、次のページの召喚陣の応用は――」
「うわぁ……こんなの一人じゃ気づけないよ」
そんな調子で、しばらく二人だけのやり取りが続いていた。
ルイスは食い入るように説明を聞き、ミレイアも丁寧に答えている。
気づけば周囲からは「ルイス、完全に独り占めしてるな……」という視線が集まっていた。
すると、向かいの席で腕を組んでいたティナが、とうとう我慢できなくなったように声を上げる。
「ルイス!ミレイアを独り占めしちゃだめよ!! その理論ならわたしも理解したから、代わりに教えてあげる!」
「え、もしかしてティナ……!ヤキモチを焼いてくれてるの?」
ルイスが目をキラキラさせながら身を乗り出す。
「めっちゃ嬉しい!ティナに教えてもらう!!」
「はぁ!? そんなんじゃないし!」
ティナは顔を真っ赤にしてそっぽを向いたが、それでもルイスのノートを覗き込み、文句を言いつつきちんと教え始めた。
二人のやり取りは、クラスメイトにとってはお馴染みの微笑ましい光景だった。
一方その頃、ミレイアに教わろうと列をなしていた生徒たちを、クラリスがきびきびと仕切っていた。
「はいはい、みんな順番よ! ミレイアは一人しかいないんだから、時間をちゃんと分けるの。……あ!殿下とセドリックは筆記テストの上位なんだから、教わる側じゃなくて教える側に回って!」
「なにっ!?」
順番待ちの列から引っ張り出されたレオンが不満げに声をあげる。
「俺はミレイアと一緒に勉強したくて来たんだぞ!」
「僕もだよ。ミレイアさんに教わりたくて並んでたのに」セドリックも珍しく抗議の色を見せる。
「だめです!」クラリスはぴしゃりと言い放つ。「上位陣が列に並ぶなんて非効率的よ。はい、殿下はそっち、セドリックはこっち。ほら、割り振ったグループに行って!」
渋々従う二人。
その横でロイはだらりと椅子に座り、クラリスにゆるい口調で声をかける。
「ほっといても大丈夫じゃないの〜。みんな楽しそうだし。クラリスも座ったら?」
「ロイはミレイアファンクラブの強烈さをわかってないのよ! 放っておいたら収拾つかなくなるんだから。私は副会長として管理するのが仕事なの!」
胸を張って言うクラリスに、ロイは肩をすくめた。
その時、ユリウスの順番が回ってきた。しかし、教科書もノートも持っていないし、質問もしない。
ただジーッとミレイアを見つめていたかと思うとーー突然鼻血を噴き出した。
「え!ユリウス大丈夫?具合が悪いの!?」
ユリウスは自分の鼻をつまみながら鼻声で話す。
「め、女神さま、星導祭の時の衣装すごく官能的でドキドキしました。あれ以来、思い出すとこうなってしまうんです」
「うーん……、とりあえず鼻血が出にくくなる治癒魔法を施しておくわ」
ミレイアは苦笑しながらユリウスに光を当てる。
「ありがとうございます。女神さま……!」
ユリウスは感動して涙を流して祈っている。
「はい、次の人」
クラリスに促されてミレイアの隣に座ったのも、ユリウスと同じ騎士科の2年生だった。見れば、その後ろもそのまた後ろもユリウスのクラスメイトたちだ。
「ミレイアさん、どうしてそんなに聡明なの?」
「どうしてそんなに魔法が使えるの?」
「どうしてそんなに優しいんだよ」
「どうしてそんなに……魅力的なんだ!」
もはや質問ですらないような言葉を投げ続けられ、さすがのミレイアも顔がひきつってきた。
「あなたたち!勉強する気がないなら、並ばずに大人しく座っててください!」
クラリスがキッパリと騎士科2年生たちに物申す。
つまらなくなった面々は、ただミレイアに強い眼差しを送り続けたり、誰かからもらったノートの切れ端を紙飛行機にして飛ばしたり、ミレイアの似顔絵を描いて批評し合ったり、完全に自由な見物人になった。
「次はわたしの番なんだけど……、ミレイア、大変そうだね」
最近ようやく敬語が抜けてきたソフィアが隣の席に腰掛ける。
「ふふ。さすがに大勢いて面食らってるけど、賑やかで楽しいわよ」
ソフィアはミレイアの笑顔を見てほっとした表情を見せ、教科書を広げた。
「魔法植物学のこの部分なんだけど……」
「あー。この薬草の特徴は……」
ミレイアは教科書の重要な部分を魔法で光らせながら丁寧に解説する。
「なるほど!実は先生にも質問しに行ったんだけど理解できなくて。やっぱりミレイアの説明すごくわかりやすいわ」
――和気あいあいとした勉強会は夕暮れまで続き、やがてお開きになった。
「ミレイア!今日は王族寮に――」
帰り際、レオンが声をかけたが、
「ごめん、レオン。ちょっとセドリックに話があって!」
ミレイアは言葉を最後まで聞かずに走り去ってしまった。
「はぁ、なんだよそれ」
愕然とするレオンにロイが声をかける。
「大丈夫か?」
「一緒に夕食を食べた日の翌日から、ミレイアの様子がおかしい……俺のこと避けてるみたいだ。嫌われたのか?」
「考えすぎだと思うぞ」
ロイが、レオンの肩を軽く叩いた。