非常識
部屋の中まで送ってくれたフローラと別れ、ノエルに手伝われて就寝の支度を終えたころには、すでに日付が変わろうとしていた。
モフィとスインはミレイアが戻る前にノエルの部屋で眠ってしまったため、今夜は久しぶりに広いベッドをひとり占めできる。
ベッドに横たわったミレイアは、静かに天井を見つめる。
「……あ、そろそろ来そう」
呟いた瞬間、キラキラとした光が室内に舞い散り、緑色の封筒がゆっくりと降りてきた。
毎晩届くこの手紙は、今やミレイアの日常の一部になっている。最近では、現れる前からその気配を察知できるようになっていた。
寝転がったまま、慣れた手つきで封を切り便箋を広げる。
【ミレイアへ】
こんな時間に訪れるのは非常識だけどね。
あなたにしかできないことだから……
彼を救ってあげて。
ここしばらくは、「一人じゃないよ」「周りの人を大切にして」など、誰にでも分かるような簡潔なメッセージばかりだったけれど……
今夜は違う。
「……彼って誰のこと? こんな時間って……今?」
意味の掴めない言葉に、ミレイアは小さく首を傾げる。
便箋はいつものように、指の隙間からすり抜けるように消えていった。
その直後――空気がわずかに揺らぎ、強い魔力の気配が現れた。
ミレイアはハッと息を呑み、勢いよく身を起こした。
「……アゼル!?」
転移魔法の光がベッド脇にきらめき、そこには、切羽詰まった表情をしたアゼルが立っていた。
「ミレイア……」
アゼルがひざまずき、縋るような視線を送ってくる。
「どうしたの、アゼル。いきなり転移してくるなんて……」
ミレイアが小声で問いかける。
「ごめん。こんな時間に、急に……。でも、どうしても今、会いたくなったんだ。話したいことがある。……ここだと聞かれるかもしれないから」
アゼルはノエルの部屋へと続く扉にちらりと視線を送る。
「一緒に来てくれないか」
「えっ……」
ミレイアが戸惑いの声を漏らした瞬間、アゼルは彼女を抱き上げ、転移魔法の魔法陣を展開する。
「ごめん。……嫌だったら、逃げて」
アゼルがどこへ向かおうとしているのか、何を語ろうとしているのか――まったく見当がつかない。
けれど。
――彼を救ってあげて。
ほんの少し前まで手元にあった手紙の言葉が胸をよぎる。
目の前の彼が……救いを求めているのだろうか。
「逃げないわ。……アゼルと一緒に行く」
ミレイアは強くアゼルの肩にしがみついた。
次の瞬間、ベッド脇にいた二人の姿は、光の中へと静かに掻き消えた。