導きと友
「まさか、フローラが話していた最低の元婚約者が、兄さんだったなんて……。本当にごめん」
ミレイアの自室に入った途端、ノエルは深々と頭を下げた。肩まで流れる茶色い髪がさらりと揺れ、その声音には複雑な痛みが滲んでいた。
「なんでノエルが謝るのよ」
フローラは苦笑して、軽くノエルの肩を叩く。気まずさを振り払うようなその仕草は、彼女なりの優しさだった。
「2人が姉妹になる可能性があったなんて、不思議よね。わたしにとってもノエルだけじゃなくフローラまで叔母になる可能性があったなんて……びっくりだわ」
ミレイアがソファに腰かけながら、少し興奮気味に話す。
「まあ、そうならなかったから私はノクシア領に来てミレイア様に会えたんですけど」
フローラは冷静に言い返したが、その声にはほんのりと温かさが混じっていた。
「考えすぎかもしれないけど……。なんだか偶然じゃなくて、すべて姉さんの導きのような気がするの。いつも未来を見ている人だったから……。一緒にいられなかった娘の側に、自分の大事な人たちを集めようとしているんじゃないかって」
ノエルは遠い目をしながら窓の外を見つめた。透き通るような晩秋の空が、どこか優しく彼女の横顔を照らす。
そのとき――。
トントン、と軽やかなノックの音が響いた。
「ミレイア、ちょっといいかな」
聞き慣れた声に、ミレイアはぱっと顔を上げる。
「レオン?」
急いで立ち上がり、ドアを開けると、そこには微笑を浮かべた王太子の姿があった。
「急に押しかけて悪い。ノクシア夫妻はもう出発を?」
「うん。今お見送りをしてきたところ」
「そっか……」
レオンは小さくうなずき、懐から何かを取り出す。それは銀のチェーンが新しく付け替えられたペンダントだった。
「実は今朝早く、アゼル・フェンリルが俺を訪ねてきて、これをミレイアに渡して欲しいって置いて行ったんだ」
レオンはミレイアの手を取り、その手のひらにゆっくりとペンダントを乗せる。指先から伝わるのは、レオンの情熱的で熱を帯びた魔力。そして同時に、ペンダントを通じてアゼルの穏やかで深い魔力も流れ込んでくる。
「なぜ、レオンのところに?」
「やらないといけないことがあると言っていた。しばらく会えないかもしれないとも……」
レオンは短く答えると、少し照れたように視線を逸らす。
「ミレイア、今日のこの後の予定は?何もなければ俺とデート……」
「あ、実は今からセドリックと共同研究の論文を完成させる約束をしてて、一日かかりそうなのよ」
「は?あいつと2人で?」
レオンの顔に露骨な不満が浮かぶ。
「何よ。いつものことじゃない。でも今日は応用魔法学のメレアス先生も一緒よ」
わかりやすい嫉妬心を見せるレオンに、ミレイアはクスクス笑いながら言った。
「そうか……残念だな。せっかく急いで執務を終わらせてきたのに」
レオンは少し唇を噛み、考え込んだかと思うと、突然ミレイアの腕を引き寄せる。そのまま自分の胸に抱き寄せ、強く抱きしめた。
「殿下!何してんですか」
慌てたノエルが間に割って入ろうとする。
「このくらいいいだろ、充電だよ」
レオンはあっさりと言い放つと、ミレイアの唇にチュッと軽く触れるだけのキスを落とした。
「レオン、また明日ね」
少し頬を赤らめながら、ミレイアは手を振って見送る。去っていく彼の背は、どこか満足げに揺れていた。
残された部屋に、ため息混じりの声が響く。
「油断も隙もないわね、野獣王子」
「ええ、隙あらばイチャイチャするわね、嫌らしい」
ノエルとフローラは、わざとらしく顔を見合わせて嫌味を言い合う。
ミレイアは呆れながらも、どこか楽しげにその様子を眺めていた。