夜更け
全員が紅茶を飲み終えて一息ついたころ、ノエルがそっとミレイアに声をかけた。
「お嬢様、そろそろお暇しましょう。夜も更けて参りましたし……お着替えもなさらないと……」
衣装の上に外套を羽織ったままでいたことに気づいたミレイアは、少し頬を赤らめて立ち上がる。
「お父様、お母様。明日の朝、お見送りに行くわ。今日は……お休みなさい」
「ああ、お休み、ミレイア。また明日な」
「今日は大変な日だったもの。ゆっくり休んでね」
ミレイアがノエルとフローラたち護衛に付き添われて部屋を去ると、レオンも立ち上がり、夫妻に一礼した。
「では、俺もこれで失礼します」
「うん。ミレイアのこと、くれぐれも頼んだぞ。問題が早く解決することを祈っている」
「困ったことがあれば、私たちにも話してちょうだいね」
「はい!」
レオンの背が扉の向こうに消えると、室内にはノクシア夫妻とアゼルだけが残った。
アゼルはしばし黙考し、それから真っ直ぐにギルバートへ問いかけた。
「侯爵、ミレイアと殿下のこと……お認めになるのですか。王家とは因縁があるのではありませんでしたか?」
「そうだな。お前にはそう話していた。だが――状況が少し変わったんだ」
「どういうことですか」
ギルバートは腕を組み、低い声で続ける。
「殿下が調べを進めていたらしい。まず、シオンたちの暗殺を命じたのは先代国王だった」
「……しかし、先代国王は数年前から病に伏せて意識がないはず。十五年前の暗殺が先代の指示だとしても、今日ミレイアに刺客を放った者は別にいるのでは?」
「先代国王は、精神魔法で操られていた可能性がある。当時の文官の記録が見つかったらしい。ある時から虚ろな目をし、人の話を聞かなくなり、暴君と呼ばれるようになったと。そして今の陛下と王妃にも、同じ傾向が見られるそうだ」
アゼルの眉がぴくりと動く。
「……それは殿下の言葉ですよね? 信じるのですか」
「信じ難い話だ。だが、俺自身も最近の陛下に違和感を覚えていた。誰かに裏から操られていると聞けば、妙に納得できてしまう。俺は殿下を信じてみるよ。ミレイアを愛してくれていることは間違いないし、あの子も……」
ギルバートの表情に、一瞬だけ父としての寂しさが滲む。
「私も、ミレイアを狙う黒幕が見つかって、あの子が穏やかに生きられるなら……何にだってすがりたいと思うの」
シルヴィアが優しく言葉を添えた。
「精神魔法……」
アゼルは目を閉じ、しばし考え込む。やがて真剣な眼差しを夫妻に向けた。
「わかりました。僕も、ミレイアのためなら何だってする覚悟があります。これからも、彼女の側にいることを許してください」
「ああ、もちろんだ。今までミレイアを幾度も救ってくれたお前を、俺たちは家族のように思っている。一緒にミレイアを守っていこう」
「頼んだわ、アゼル」
夫妻に見送られ、アゼルは静かに立ち上がる。扉を開けて廊下に出ると、ひと呼吸だけ夜の空気を吸い込んだ。
そして呟くように呪文を唱え、転移魔法の光に包まれてその姿を消した。