家族と叱責
星導祭終了の余韻を味わう間もなく、ミレイア、レオン、アゼルはフローラに先導され、学園内の貴族専用宿泊施設へと向かった。
廊下を抜け、重厚な扉を押し開けると、そこには格式と静謐が同居する特別室が広がっていた。深紅のカーテンが静かに揺れ、夜の庭園からの柔らかな灯りが窓越しに差し込む。
ノクシア夫妻はすでに到着しており、窓辺で外を見やりながらも、落ち着かない面持ちをしていた。
「とりあえず座りなさい」
促されるまま、レオン、アゼル、ミレイアの順で一人掛けのソファに腰を下ろす。向かいの二人掛けソファには、困り顔の母シルヴィアと、膨れっ面の父ギルバートが並んで腰掛けた。
いつの間にか入室していたミレイアの侍女ノエルが、紅茶を人数分テーブルに並べる。
シルヴィアは、大きくため息をついた。
「色々言いたいことがありすぎて、頭が混乱しているわ。控え室では話しにくかったから、ここまで来てもらったけど……。まず、ミレイアが無事であったことは本当に良かった。犯人が捕まったこともね……。助けてくれた聖獣と精霊のことは、あなたたちが来る前にノエルから聞いたわ」
視線の先では、カーペットの上でスインが転がり、モフィはのんびりと毛づくろいしている。
ノエルは少し涙目になりながら言った。
「お嬢様が無事で良かったです。モフィたちが、お嬢様を助けた後、すぐに戻って知らせてくれたんです。危機一髪だったそうですね……」
「うん、モフィ、スイン。本当にありがとう」
ミレイアが頭を下げると、モフィとスインが飛びついてくる。
「ミレイアに呼ばれたから行くよー」
「無事で良かったの〜」
と頬をすり寄せて甘える姿に、シルヴィアが感心したように口を開いた。
「あなたは、この子たちの言葉がわかるのね。アリアも、精霊と話ができたのよ」
「わたしを産んでくれた母が?」
ミレイアの問いに、シルヴィアは静かにうなずく。
アゼルがはっと顔を上げる。
「ミレイアに、全部話したんですか?」
「ええ、話したわ」
「俺も全部聞いた」
レオンが補足すると、アゼルは驚きに目を見開いた。
「精霊と話せるのは聖女の力よ。聖女の力は代々受け継がれる。アリアの亡き母も聖女だったそうよ。そうでしょう、ノエル?」
「え、何故そんなこと……」
「ノエルの生まれた家、コーラリー伯爵家ではない? あなたは、アリアの妹のノエルなのよね?」
「あ……」
ノエルは手で口元を覆い、静かにうなずいた。
「アリアは、ずっと、伯爵家に残してきた10歳下の妹のノエルのことを心配していたわ。本当は、ミレイアがあなたを侍女にしたいとノクシア家に連れてきた時から、もしかしてとは思っていたの。でもまさか伯爵家の娘が、ノクシア領で平民として過ごしているとは思わなかったから、確信を持てなかったの」
涙を浮かべるノエルに、シルヴィアは穏やかに微笑む。
「ノエルが精霊と話すのを見た時、確信したわ。あなたも聖女の力を受け継いでいる。アリアがいつも話していた可愛いノエルだって」
「だ、だけど私はろくに魔法も使えないし……」
困惑するノエルに、モフィとスインが割り込む。
「ノエルはミレイアと同じだよー」
「そうなの〜。ミレイアともアリアとも同じ匂いがするの〜」
ノエルは驚きに目を見開く。
「もしかして、姉さんにも会ったことがあるの?」
「わたしはあったことあるの〜。アリア、研究所で会ったの〜。アリア優しい、大好き〜」
スインは嬉しそうにくるくると舞った。
「ノエル、あなたが聖女であってもなくても、あなたは既に私たちの家族よ。これからも遠慮なく頼ってちょうだい」
「はい」
ノエルは照れくさそうに笑みを浮かべる。アゼルは知らなかった事実に、口をぽかんと開けたままだ。
シルヴィアがふと表情を引き締める。
「それで、ノエル。私からも相談なのだけど……」
そしてレオン、アゼル、ミレイアを順にギロリと睨む。
「ギルバート!ずっとむくれてないで何か言ってちょうだい」
「……だって。娘のあんな姿見せられたらさ。……あんな際どい服装で、前と後ろから男に密着されて、あんあん喘ぐ姿なんて……」
「お、お父様!? 言い方……!」
真っ赤になるミレイア。レオンとアゼルは同時に視線をそらした。
「……ということなのよ、ノエル。どうすればいいのかしら」
シルヴィアの縋るような視線に、ノエルは深々とため息をつく。
「お嬢様! またですか!? しかもご両親の前で? どんだけ節操がないんですか!!」
ミレイアの肩がぴくりと上がる。
「殿下! 適度な距離を保つように、先程何度も約束しましたよね!? あなたは理性のない野獣ですか!!」
レオンは申し訳なさそうに俯いた。
「アゼル様! 治療のためと言って、やたらと誘惑するのはやめてください! お嬢様は殿下とお付き合いしているんです。いい加減あきらめたらどうですか!!」
アゼルは眉間に皺を寄せる。
ノエルが一気に説教をすると、ギルバートとシルヴィアは同時に拍手した。
「ノエルの言う通りだ。お前たちは節操がなさすぎる。一体何を考えてた?」
ギルバートが落ち着いて問いかける。
「僕は、ミレイアの魔力が乱れていたから、本当に軽く治療だけしようと思ってたんです。ただ、ミレイアのあの衣装を見たら、抑えられなくなって……調子に乗りました」
アゼルは素直に頭を下げる。
「俺は、ミレイアに触れるつもりじゃなかったけど、あの衣装でアゼルに魔力を流されてとろける顔になるのを見て……嫉妬してしまいました。正気じゃありませんでした」
レオンも深く頭を下げた。
「え、なんだかわたしのせいにしてない? わたしは……事件のことがあったから……大切な二人にくっつかれて安心してしまったの!あの……心配かけてごめんなさい」
ミレイアも渋々頭を下げる。
「お前たちも子供じゃないんだ。節操を持った付き合いなら、あれこれ言う気はない。ミレイアが無事ならそれでいい」
ギルバートの表情がやや和らぐ。
「そうね、わたしもミレイアが無事に、大人になって歳を重ねてくれるなら、余計なことは言わないわ。だからお願いします。殿下、アゼル。ミレイアのことを守ってやってください」
シルヴィアは深く頭を下げた。