女神の舞
『魔術科1年 ミレイア・ノクシア』
名前を呼ばれたミレイアが舞台に上がる。
薄紫色の髪は緩く波打ち、薄い化粧が元々の美貌をさらに引き立てる。夜空が反射した濃紺の大きな瞳は、吸い込まれそうだ。
そして、キラキラ輝く白いドレスは、細い腰、形のいいヒップライン、こぼれ落ちそうな胸元がはっきりわかる大胆なデザイン。
スカート部分の大きなスリットからは、白く柔らかそうな足が見え隠れしている。その姿に、観客は一瞬息を呑んだ。
「な、なんだよあの格好。まるで裸じゃないか」
顔を赤くしたレオンがクラリスとティナを睨む。
「私たちも、ミレイアに着せるまで、あんな風になるとは思わなかったのよ。ねえ、ティナ」
「そうそう。さすがにちょっと……と思ったんだけど、ミレイアがえらく気にいっちゃって」
「昨日、港町で着てたやつだよな? やっぱめっちゃ女神だよな」
ルイスは興奮気味。ロイは苦笑い。
ユリウスは手で顔を覆っているし、アゼルは頭を抱えている。
ノクシア夫妻は目を丸くしつつも、娘の堂々とした立ち姿から目を離せないでいた。
舞台上のミレイアは、皆の反応を気にすることなく静かに演舞を始める。
ゆっくりと片手を空に掲げる。
すると夜空に無数の光の粒が瞬き、その全てが一箇所へ集まり、スポットライトのようにミレイアの姿を照らし出した。
やがて光は再び散り、ぶつかりながら透明な旋律を奏で始める。
水魔法で生まれた霧が光を柔らかく反射し、舞台を幻想的な世界に変える。
雷鳴が轟き、一瞬闇が訪れたかと思えば、炎が空で花開き、次々に大輪の花火が打ち上がる。
そして、風魔法に身を委ねたミレイアが宙に舞い、光の粒と共にくるくると踊る。
音楽が終わると全ての魔法が静かに溶け、ミレイアは一礼した。
観客はしばし言葉を失う。やがて夢から覚めたように時間差で、割れるような拍手が巻き起こった。
「やっぱり、お前の彼女は規格外だな」
ロイがレオンに声をかける。
「ああ。今すぐ抱きしめたいよ」
レオンの言葉に、睨みつけるクラリス。
ノクシア夫妻も誇らしげに拍手を送り続けていた。
ミレイアは満足そうに舞台を降りる。
ーーその時だった。
ナイフを持った黒装束の男がミレイアの側を走り抜ける。
「あ」
咄嗟に反応したミレイアが足を引っ掛けようとしたが、すぐに逃げられる。
パリン――落ちたのはミレイアのペンダントだった。チェーンを切られたことに気づき、焦るミレイア。
男は離れた所から迷うことなくナイフを投げた。
防御魔法も転移魔法も間に合わない!
「モフィ、スイ――」
呼び終わるよりも早く、ふたつの影が空間を裂くように現れた。
モフィは瞬時にナイフを弾き飛ばし、スインはミレイアの前へふわりと滑り出る。
その身体から高圧の水流がまっすぐ放たれ、黒ずくめの男の腹を撃ち抜いた。
強い勢いに押されて男は派手に尻餅をつき、水しぶきが舞台に飛び散った。
アゼルが転移してきて男を拘束する。護衛たちもすぐに駆けつけ、数秒遅れてレオンたちもやってきた。
黒装束の男は拘束されたまま騎士団に連れていかれた。
観客席のあちこちから安堵の息が漏れる。ノクシア夫妻も深く息を吐き、互いに目を合わせて小さく頷いた。