決意の訪問
トントン――と扉を叩く音がした。
「失礼します」
廊下に控えていたフローラが部屋へ入り、軽く息を整えてから告げる。
「ミレイア様、王太子殿下がお越しです」
ミレイアは思わず顔を上げ、驚きの声を漏らす。
「え……レオンが!?」
両親も互いに目を見合わせ、困惑を隠せない。
「このタイミングで王太子が訪ねてくるとは……」
「どうされますか?」
フローラがミレイアの目をまっすぐ見て尋ねる。
ミレイアは両親に視線を向けた。
「呼んできてもいいかな?」
二人はゆっくりとうなずいた。
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やがてレオンが姿を現す。
「お久しぶりです。レオン・エルヴィス・レガリアです。ノクシア侯爵、御夫人……本日はお話ししたいことがあって参りました」
「まあ、座るといい」
ギルバートが促し、レオンをミレイアの隣のソファへ座らせる。
異様な緊張感が漂い、しばし誰も口を開かない。
やがてノエルが四人分の紅茶を運び入れた。
「それで、話って何かしら」
沈黙を破ったのはシルヴィアだった。
「俺は、ミレイアと結婚したいと考えています。婚約を正式に認めていただきたいのです」
レオンの真っ直ぐな琥珀色の瞳にたじろぎながらも、ギルバートはきっぱりと言う。
「それは、認められない」
ミレイアは俯き、唇を噛む。
「……それは、ミレイアの出生の秘密のせいですか?」
ギルバートの目が鋭くなった。
「なぜ、それを?」
「詳しいことは知りません。ただ、本気で将来を考えているなら、ノクシア侯爵に事情を聞けと……アゼル・フェンリルに言われました」
「そうか……話さないわけにはいかないな」
ギルバートとシルヴィアは、つい先ほどミレイアに語ったすべての事実を、今度はレオンに向けて語った。
「――王家に危険があることがわかっていながら、大事なミレイアを嫁がせるわけにはいかないんだ。すまないが、ミレイアのことは諦めてくれ」
そう言い切るギルバートに、レオンは真剣な面持ちで言葉を返す。
「神官シオンと聖女アリアの死んだはずの娘がミレイア……そう考えると、色々と合点がいきました。出生記録まで書き換え、ノクシア侯爵の実の娘として育てられたのは、ミレイアを守るためだったんですね」
彼は目を閉じ、一拍置いてから、意を決して語る。
「王家に闇があることは知っています。……俺も調べて、わかったことがあります」
「わかったこと?」
「はい。ミレイアの実の両親を殺すよう暗殺者を動かしたのは、先代国王――俺の祖父でした。当時は他国への侵攻や貴族の粛清を繰り返す暴君だったと聞いています。
神官シオンと聖女アリアの規格外の力を恐れ、暗殺を命じた……ですが、祖父は精神魔法で操られている可能性が高いと、当時を知る文官の記録で知りました。そして現在、父と母も、同じく精神魔法に操られているかもしれません」
「……暗殺は王家の意思ではなかったと?」
「信じられなくても仕方ありません。でも、祖父も父も、ある時から急に人が変わり、虚ろな目をしている……見えない敵がいることは確かです。ミレイアを王家に入れたくない気持ちはわかります。でも、ミレイアを守れるのは俺だけだと考えています」
ミレイアが顔を上げ、真剣な瞳で問う。
「レオンの家族が操られているの?」
「ああ。何か別の力が働いているのは間違いない。国のためにも、民のためにも……そしてミレイアとの将来のためにも、出来るだけ早く解決したい」
「……わたしの命を狙う敵と、レオンの家族を操る敵は同じかもしれないのね。わたしも協力するわ。産んでくれた両親の無念を晴らすためにも、レオンの家族を取り戻すためにも……そしてレオンと一緒になる将来のためにも」
二人は同時にノクシア夫妻へ向き直る。
「お願いします。婚約させてください」
そう言って、二人は深く頭を下げた。
ギルバートとシルヴィアは困り顔で黙り込む。真剣な気持ちは痛いほどわかる。だが、ミレイアが危険に自ら飛び込むようで、どうしても踏ん切りがつかない。
そのとき、ノエルが口を開いた。
「侯爵、奥様。私からもお願いします。お嬢様は、一度決めたら曲げない方です。反対を続ければ、二人は駆け落ちしかねません。そうなれば……もう二度と会えなくなるかもしれませんよ」
ハッとした表情を浮かべたギルバートがシルヴィアを見やり、二人はうなずき合う。
「……わかった。婚約を認める。ただし、王家の問題をきちんと解決してからだ」
「あなたたちの本気は伝わったわ。道は平坦じゃないでしょうけど、その覚悟があるのなら……私たちは応援するわ」
ミレイアとレオンの顔に、ようやく安堵の笑みがこぼれた。