両親
ミレイアは自室のソファで、父ギルバート、母シルヴィアと向き合っていた。
「お父様、お母様、久しぶりね。……元気?」
明らかに機嫌の悪い父と、今にも泣き出しそうな母を前に、ミレイアは苦笑いを浮かべながらも明るくふるまう。
ギルバートが腕を組み、低い声を響かせた。
「ノエルから聞いたぞ。ミレイア、お前が男遊びの激しいアバズレ娘だという話をな!」
「わぁぁ! ミレイアはいつからそんな子になってしまったの。私たちの育て方がいけなかったの……」
シルヴィアはとうとう顔を手で覆って泣き始める。
「な、何か誤解がありそう。男遊びだなんて……」
ミレイアは侍女のノエルに助けを求めるような視線を送るが、ノエルはそっと目を逸らした。
「レオン殿下と体の関係を持とうとしたというのは本当か!?」
ギルバートが問い詰める。
「そ、それは……そうだけど……」
「では、アゼルと深いキスをする仲というのも?」
シルヴィアが涙を拭いながら口を開く。
「……」
ミレイアは何も言えずに俯く。
両親はそろって大きくため息をついた。
「それを男遊びと言わずに何と言うと? ノエルの冗談であってほしかったわ。あなたは、恋愛をする気はないと言って家を出たのよね。魔力暴走が、そのペンダントのおかげで抑えられていることはわかったわ。だからって、婚約もしていない相手と簡単にキスをしたり、ましてや体を許したりしていい理由にはならないのよ」
怒りが収まらないギルバートに代わり、シルヴィアが冷静に諭すように言う。
「だけど……遊びじゃなくて、レオンのことが本当に好きなの」
「じゃあ、アゼルのことは?」
「アゼルは、そういうのじゃない。ただ、大切で、求められると拒めなくて……」
「そう、先に手を出したのはアゼルの方なのね。信頼してあなたのことを任せていたのに、裏切られた気分だわ」
「アゼルは悪くない。気持ちを知ってたのに、軽率な行動をとったわたしが悪いの」
「あなたに異性に会うことを禁じていた反動かしら。困ったわね……」
シルヴィアがギルバートに視線を向ける。
「ミレイア、荷物をまとめろ。ノクシア領に帰るぞ」
ギルバートが言い放つ。
「嫌! わたしは帰らないわ。ここにはやりたい勉強がある。大切な友達もいる。レオンもいる……。帰れなんて言わないで」
「気持ちはわかるが、心配なんだよ。ミレイアが傷つくことが。勉強は家で続ければいい。友達とは時々会うといい。殿下とは……別れなさい」
「傷つかないよ。今、ここを離れることになったら、その方がずっと傷つく」
ミレイアの目から涙がこぼれた。
「どうしてレオンと別れろって言うの? わたしたちは本気で一緒になりたいと思ってるのに。婚約したいの」
両親は顔を見合わせる。
「無理なんだ」
ギルバートが真剣な表情で口を開く。
「ミレイアに、今まで話していないことがあった。落ち着いて聞いてほしい」
深呼吸をすると、ギルバートは意を決して話し出した。
「……実は、お前は俺たちの本当の娘ではない」
「知ってる」
あっけらかんと答えるミレイア。
「え!?」
「5歳のころ、たまたまお母様の部屋で、本に挟んであった手紙を読んでしまったの。わたしの本当の両親は、シオンとアリアって人なんでしょう? 手紙には、まだ1歳のわたしのことを自分たちの代わりに実子として育てて欲しいと書かれていたわ」
ギルバートとシルヴィアは驚きを隠せない。
「そんなに前から知っていて、何も言わなかったのか?」
「だって。わたしにとっての両親は、お父様とお母様だけだもの。誰よりも愛情を持って大切に育ててくれたのは、二人なんだもの」
「ミレイア……」
思わずミレイアの手を握るシルヴィア。
「シオンとアリアは、学園で知り合った俺たちの親友だったんだ。二人とも桁違いの魔力を持っていて、神官と聖女として国中で信仰されるほどの存在だった。だけど、決して人を下に見たり、傲ることはなかった。卒業して俺たちが結婚した後も、彼らが結婚した後も、ずっと仲良くしていたんだ」
シルヴィアも続ける。
「アリアは予言の能力を持っていたの。彼女は、シオンとミレイアと自分が殺される未来を何度も見ていたわ。もちろん、色々手を回して未来を変えようとしていた。だけど、ある時言ったの。自分たちが殺されなければ、もっと沢山の命が奪われる最悪の未来になると」
ミレイアは知らなかった事実に目を見開く。
「ミレイアのことだけは助けたいと、子供を産むことが出来ない私たちに託しに来たの。あなたが読んだ手紙はその時に渡されたものね」
「二人は……わたしの本当の両親は、殺されたの?」
「ええ。あなたを預かった次の日だったわ。家族三人が盗賊に殺されたと発表されたのは。……ミレイア、あなたもそこで死んだことになっているの」
「え?」
「シオンが、殺されたと見せつけるために、本物そっくりの身代わり人形を用意していたのよ。……そして、アリアたちを殺したのは、盗賊ではなかった」
ミレイアは眉をひそめる。
ギルバートが言い聞かせるように続けた。
「彼らは王家から送られた暗殺者に殺されたんだ。王家には敵がいる。先日ミレイアが命を狙われたのも、無関係ではないかもしれない。ミレイアを王家に嫁がせるわけにはいかないんだ、わかってほしい」
「でも……でも、10歳の時、わたしはレオンの婚約者候補だったよね? もし魔力暴走のことがなかったら、婚約するはずだったんじゃないの?」
「あの時は突然の王命で断りきれなかったんだ。しかし、一度顔合わせをするだけで、すぐにどんな理由をつけても断ろうと思っていた」
「そんな……」
ミレイアは俯き、深く考え込んでしまった。