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決闘大会

この日のために設営された大闘技場は、360度ぐるりと観客席に囲まれた壮観な造りだった。すでに多くの生徒やその家族、そして招待された来賓たちが席を埋め、熱気を漂わせている。普段は別キャンパスで学ぶ三、四年生たちの姿もあった。


ミレイアとクラリスは、空いている席を見つけて並んで腰掛けた。

向かい側の座席の前列には、来賓たちが並んでいる。主に王都の高位貴族や、学園を卒業して活躍する人物が招かれているようだ。


その中に、クラリスの婚約者──リオネル・フォン・エイグレンの姿があった。

「あ……」

目が合い、リオネルが手を振る。クラリスはわずかに視線を逸らし、軽く会釈した。


婚約者のことを嫌っているわけではない。家が決めた相手で、条件も良く、誠実な人だと知っている。

けれど、心を寄せているのは別の人──ロイだ。

そのロイと婚約者が同じ場にいるのは、どうも落ち着かなかった。


「もしかして、婚約者?」と隣のミレイアが小声で尋ねる。

「……うん」

リオネルは、離れたところからでも爽やかさが伝わる青年で、逞しい長身に白い正装が似合っていた。


来賓席には、イザベルの父であるイグニッツ侯爵や、レオンの母方の祖父ゼファル・グラウベン公爵の姿も見える。

そしてティナの祖父である学園長を始めとした、学園の教師たちも並んでいる。


やがて、実行委員である騎士科の二年生が、開会の挨拶とルール説明を始めた。

学園の大会では模造刀を使用し、致命傷を与える行為は反則とする。魔法で戦うことも可能だが、一部制限があり、増強系や浮遊・転移などは禁止。場外になるか十秒以上起き上がれなければ負けとなる。



初戦から熱戦が続き、観客席は熱狂の渦に包まれる。

ミレイアとクラリスが応援するレオン、ロイ、アゼル、ユリウスは、いずれも危なげなく勝ち上がっていった。


ーー


三回戦、ロイの相手は三年連続優勝を誇る四年生、ディクシー・タイヤスだった。現近衛騎士団長の息子で、ロイを公然と敵視している男だ。

ディクシーはまだ騎士団には所属していないが、幼い頃から訓練場で顔を合わせてきた。

年齢はロイの一つ上。だが、その実力と待遇は常にロイが上だった──それが彼の嫉妬をさらに深くした。


開始の合図を待つ間、ディクシーが剣先を軽く下げ、挑発的な笑みを浮かべる。


「騎士科ではなく魔術科に入ったらしいな。相変わらず殿下の腰巾着か」

「……職務を果たしているだけだ」

「へぇ、そう言うか。才能と運に恵まれた坊ちゃんは、余裕だな。ーー俺は、今日ここで、お前を叩き潰す瞬間をずっと待ってた」


審判が試合開始を告げる。

互いの剣が、一瞬で火花を散らした。


来賓席にいるイグニッツ侯爵が、静かに試合を見守っている。その眼差しは、単なる応援以上の光を帯びていた。


――実は、ディクシーは以前からイグニッツ侯爵から違法な薬物を受け取っている。誰よりも強くなりたかったディクシーは、それを駄目なことだとわかっていながら、断りきれなかったのだ。

大会の裏では莫大な金が賭けられ、ディクシーを優勝させることで侯爵の懐に金が流れ込む仕組みになっているようだ。


剣を交える直前、ディクシーは袖口から小瓶を取り出し、一口で飲み干す。筋力と魔力を倍増させる薬が、瞬く間にその体を膨らませる。


「ロイ、負けないで……」クラリスは両手を胸の前に組み、祈るように呟く。

しかし、その願いもむなしく、増強剤で強化されたディクシーの一撃はあまりに重かった。ロイは剣ごと弾き飛ばされ、そのまま場外へ転落。無念の表情で剣を収めた。


ーー


準決勝の一戦は、ディクシー対ユリウス。

去年、まだ一年生だったユリウスは決勝でディクシーに敗れ、その悔しさを胸に一年間鍛錬を重ねてきた。


五年前の洪水で命を救ってくれたミレイア。

彼女だけの騎士になる、ノクシア騎士団の見習い騎士として誰よりもその覚悟を持っている。

今日は、そのミレイアが観客席にいる。そして、ずっと憧れてきた騎士、フローラも。

絶対に負けられない──心に誓い、剣を構えた。


開始の合図と同時に、ユリウスは低く踏み込み、一気に間合いを詰める。

鋭い突きがディクシーを捉え、続く横薙ぎが剣を払う。

薬で強化された相手にも一歩も退かず、刃が打ち合わされるたび火花が散った。


「去年と同じと思うなよ……!」

息を荒げながらも、目の奥には強い光が宿る。


通路脇で警護の姿勢を崩さず立っていたフローラが、思わず目を見張る。

その視線の先を、ミレイアもまた息を詰めて見守っていた。


互角の攻防は長引き、一時休憩が挟まれる。

その隙に、ディクシーは袖口から小瓶を取り出し、素早く薬を喉に流し込んだ──素早さを倍増させる薬だった。


再開の合図と同時に、ディクシーの姿がかき消えた。

「……速い!」

剣が交わる間もなく、ユリウスは一撃を受けて大きく後退する。

次の瞬間、さらに畳みかける連撃が襲いかかり、その衝撃で体ごと場外へ弾き飛ばされた。


勝負が終わり、歓声が闘技場を満たす。

ユリウスは荒い息を整えながら、観客席の方へ顔を向ける。

ミレイアと視線が合った。

彼女は静かにうなずき、ほんの少しだけ口元を緩めた。

ユリウスもまた、汗を拭いながら小さくうなずき返した。


ーー


もう一方の準決勝は、レオン対アゼルだ。

王太子殿下と天才魔術師の戦いに自然と注目が集まる。

ミレイアにとっては、一番、観たくなかった戦いでもあった。

両者の間には試合直後からミレイアを巡る火花が散っていた。

剣を合わせた二人は、共に一歩も引かずに睨み合う。


「昨日はミレイアとの仲を邪魔したあげく、俺を殴って逃げて行ったな?」


「それは、殿下がミレイアに酷いことをするからだ。僕は間違ったことはしていない」


「俺とミレイアはお互いに愛し合っているんだ。あなたに邪魔される筋合いはない」

レオンが言い放ち、アゼルは眉をひそめる。


「昨日も言ったが、殿下はミレイアの事情を知らない。婚約を認められるとは思えない」


「……事情って何なんだよ」


魔法をまとった剣が火花を散らし、観客席のミレイアは息を呑む。魔力ではアゼルが優勢だが、レオンの剣術は冴え渡っていた。


「もし、殿下が本気でミレイアとの将来を考えているなら、直接ノクシア侯爵に聞くがいい。ミレイアの出生の秘密をな」

アゼルが耳元で囁き、レオンが目を見開いた瞬間。アゼルの放った風魔法がレオンの剣を弾き飛ばす。


レオンは続けて飛んでくる攻撃を水魔法のバリアで受け止める。そして氷魔法で反撃の技を繰り出す。


「そんな攻撃全然きかないね」

アゼルは防御魔法を発動しようと構え──


その時。来賓席から異様な魔力の流れを感じ取った。

視線を向けると、イグニッツ侯爵が鋭い眼光でミレイアを射抜いている。

ただの威圧ではない。魔力の質が「殺気」に近い。


アゼルの胸中に冷たい感覚が走った。

……この男、今この場でミレイアを消す気か?


集中力がわずかに途切れ、その隙を突いたレオンが試合を決めた。


ーー


決勝はレオン対ディクシー。


開始の合図と同時に、両者の剣がぶつかり合う。

序盤からレオンの剣筋は鋭く、ディクシーの攻撃を次々といなし、反撃の隙を逃さない。


「ちっ……やっぱり、王太子殿下は規格外か」


「降参するなら今のうちだ」

「冗談だろ。俺はここで勝たなきゃならねぇんだよ!」


追い詰められたディクシーの手が、懐の小瓶を掴んだ。

透明な液体が喉奥へと流れ込む。


「これまで使わなかった切り札だ。どうだ、殿下……ついて来れるか!」

「薬物か……そんなものに頼って──」

「勝てばいいんだよ!」


次の瞬間、彼の全身が不気味な光を帯び、空気がびりびりと震え始めた。


観客席の教師たちが息を呑む。


「……魔力が暴走してる?」

「おそらく、あれは制御不能の増強剤だ」


ディクシーが雄叫びを上げた。

その剣はまるで魔物の爪のように重く速くなり、レオンは受け止めきれずに吹き飛ばされる。

地面を転がった彼の胸甲には深い裂け目が刻まれ、呼吸が荒く乱れる。


「まだ終わらねぇ……もっとだ! もっと力を寄こせぇぇ!」

暴発した魔力が周囲に迸り、観客席にまで衝撃波が迫る。


来賓席でイグニッツ侯爵の口元がわずかに歪んだ。

まるで、この混乱そのものを楽しむかのように。

その視線の先には、ミレイアの姿があった。


ディクシーが暴走し、剣を振るうたびに魔力が弾け、衝撃波が観客席にまで迫る。

結界を張る教師たちの間隙を縫うように、その一撃が一直線にミレイアの座る方向へ飛んだ。


「ミレイア!」

クラリスがとっさに腕を引くが──その瞬間、ミレイアの胸元のペンダントが眩い光を放った。


透明な膜のような光壁が瞬時に張られ、直撃寸前の衝撃波を弾き返す。

耳をつんざく轟音と共に、爆ぜた魔力が上空へと散った。


観客席は騒然となり、周囲の生徒たちが安堵の息をつく。

ミレイアはペンダントに一瞬だけ視線を落とし、すぐに倒れているレオンを見た。


このままじゃ……!

迷いはなかった。転移魔法の光に包まれ、彼女は闘技場へ飛び込んだ。


倒れたレオンのもとに駆け寄ると、

「お願い、目を開けて!」

涙をこぼしながら治癒魔法を施す。


その背後、暴走するディクシーがゆらりと迫り、剣を振り下ろした。


駆けつけたフローラ、グラハム、セルジュが連携してそれを防ぐ。

さらに放たれた衝撃波をアゼルが広域防御魔法で受け止めた。


治療を終えたミレイアは、光のロープを編み出し、ディクシーを拘束する。


それは、ほんの十秒足らずの出来事だった。

観客たちは何が起きたのか理解できず、ただ呆然と見つめていた。


やがて、レオンがゆっくりと立ち上がる。


「ディクシー・タイヤス反則負け。勝者、レオン・エルヴィス・レガリア!」


審判が告げた瞬間、闘技場に歓声が響き渡った。

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