星導祭
ミレイアは朝から落ち着かなかった。
星導祭の当日という非日常感のせいもあるが、それ以上に――今日、両親に家へ連れ戻されてしまうかもしれないという可能性に頭がモヤモヤしているからだ。
「ノクシア侯爵と奥様は、お昼すぎにこちらの部屋にお越しになります。決闘大会の観戦が終わったら、お嬢様も一度戻ってきてください。逃げたらダメですからね。フローラ、よろしく頼むわ」
登校前、ノエルがきっちりと釘を刺す。
「ミレイア、気をつけてねー」
「呼ばれたらすぐ行くの〜」
モフィとスインも、軽い調子でお見送りをする。
今朝はソフィアのお迎えはない。ティナたちと共同で出す店の準備で朝から忙しいのだ。
外部からの来客が多い今日は、警備も厳重だ。護衛はフローラ、グラハム、セルジュの三人体制。グラハムとセルジュは少し後方に、フローラはミレイアの隣を歩いている。
いつもの回廊は、昨日までの飾りつけに加えて魔法の演出が施され、光の花びらや淡い星屑が空中を舞っていた。壁面には流れる水のような光が映し出され、見慣れた景色が別世界のように変わっている。既に多くの来客が行き交い、生徒たちも浮き足立っていた。
そんな雰囲気に、ミレイアの胸を覆っていた不安も、少しずつ解けていく。フローラと他愛のない話をしながら、教室へ向かった。
控室となっている教室には、生徒の姿はまばらだった。窓際で外を眺めていたクラリスが、ミレイアに気づいて歩み寄ってくる。その背後には、ロイがレオンの腕をがっちりつかんでついてきていた。
「ミレイア、おはよう」
「おはよう、クラリス、ロイさん。レオンもおはよう……」
「ミレイアさん、レオンが昨日また無体を働いたんだって? お目付け役として申し訳ない」
ロイが小声で話しかけると、ミレイアは昨日の馬車での出来事を思い出し、頬がじんわり熱くなる。
「おはようミレイア……会いたかったよ」
隙あらばミレイアに触れようとするレオンを、ロイが即座に引っ張っていく。
「午前中は俺たち二人で周ろうな。決闘大会の準備もあるしな」
レオンは名残惜しそうに振り返りつつも、ロイに半ば強引に連れて行かれた。
星導祭の始まりを告げる鐘が鳴り響く。空高く魔法花火が咲き、金や銀の光の粒がひらひらと降ってくる。
ミレイアとクラリスは、窓からそれを眺めてから、学園内を巡り始めた。護衛のフローラたちは、距離を保ちつつ後をつける。
広い庭園や学園内のイベントスペースには色とりどりの出店が立ち並び、さまざまな作品が展示されている。そのどれもが魔導学園らしい仕掛けに満ちていて、とても楽しい。
クラリスの作品は、魔法絵の具で描かれた絵画が2点だった。
ひとつは海の見える風景画。遠くから眺めると静かな海だが、近づくと波が打ち寄せ、波音が聞こえる。潮風が吹き、水飛沫が頬をかすめた。
「わあ、やっぱりクラリスは絵が上手ね。……あら? こっちの絵は……」
もうひとつは――ミレイアの肖像画だった。
「黙って描いちゃってごめんね。ミレイアをモデルにしたいって言っても、嫌がるかと思って。でも、どうしても描きたかったの」
肖像画のミレイアは、花が咲き乱れる庭園に立ち、魔導演舞用に用意された衣装によく似た、白く輝くドレスをまとい、淡い紫の光を放っている。その姿は、ミレイアを知らない者には空想上の女神にしか見えないだろう。
「わあ、素敵! 少し恥ずかしいけど、嫌だなんて思わないわよ。描いてくれてありがとう」
ミレイアが照れ笑いすると、絵の中の自分も、よく似た微笑みを浮かべた。
その後、ティナとソフィアとルイスが出している魔法ドリンクのお店にも顔を出した。
ソフィアが話していた通り、味と色が5秒ごとに変わる飲み物だった。
最初はオレンジやぶどうのような普通のジュースだったのに、徐々に、ステーキ味やカレー味のような変わった飲み物になり、飲むタイミングによっては泥水味や腐った卵味などに当たることもあった。
ミレイアが飲んだ時は、最初はメロン味で途中からケチャップ味だった。
「確かに、面白い飲み物だわ」
「味を決めたのはティナだからな」
ルイスが慌てて言い訳し、ソフィアが苦笑いを浮かべる。
「美味しく飲むコツは、早めに飲むこと!」
ティナが片手を挙げて堂々と言い放ち、店先に笑い声が広がった。
「思ってたより、本格的なお店が多かったわね」
クラリスが、さっき買った焼き菓子を口に入れながら楽しそうに話す。
「うん、この焼き菓子も持った時は硬いのに食べるとすごく柔らかいのね。魔法ってやっぱり楽しいわ」
星導祭の午前中は、問題なく穏やかにすぎていった。
しかし、正午から始まる決闘大会の観戦へ向かう途中だった。ーーイザベルが取り巻き令嬢から離れてミレイアに近づいてきた。
「ミレイアさん、今日は一日、目立つ行動は控えることをおすすめするわ」
それだけを言い残し、すぐに背を向ける。
その背中を見送りながら、クラリスが訝しげに呟いた。
「ミレイアが注目を浴びることが気に食わないのかしらね……」