第五話:孤独な転移者、仮面の微笑
王都アルゼリードに凱旋してから三日。
魔族討伐という戦果をもたらした“勇者”レオンは、一躍民衆の英雄となっていた。
街では酒場が“勇者パン”や“レオン酒”なるものを売り出し、子どもたちは彼の真似をして魔法の詠唱ごっこをしていた。
だが――
「……なんだよ、これ」
王城内にある一室。
窓から遠くを見下ろす蓮──レオンの表情は、どこか空虚だった。
誰かに称賛されることも、感謝されることも。
かつて医者だった頃には、ほとんどなかった。
だからこそ今、目の前にある“歓迎”が、まるで他人事のように思えた。
「……ルフェイは?」
「図書塔です。古代語の練習をしていると」
リュミエールが答える。
彼女はあれから、少しだけ柔らかい表情を見せるようになっていた。
しかし、蓮にはその裏に隠された“責務”と“使命感”が透けて見えていた。
ふと、扉の外から声が聞こえた。
「謁見の時間を。新たな賓客が参られました」
王の許可を受けて通されたのは、一人の女性だった。
長い黒髪を後ろで束ね、燕尾服のような衣装を纏った凛とした姿。
ただならぬ気配を放つその女性を見た瞬間、レオンは息を呑んだ。
──知っている。
この顔、この空気、この沈黙の扱い方。
彼女の名は、真壁 綾香。
かつて同じ病院で勤務していた内科医──いや、医療機関の外部コンサルタントだった女性。
医学的知識だけでなく、法律・経営・心理操作にまで通じた“冷徹な合理主義者”。
「……まさか、お前も……この世界に?」
「ええ。あなたが死んだ二日後に、私も巻き込まれたのよ」
綾香の瞳には、熱も光もなかった。
ただ、目的だけが宿っていた。
「私はこの世界で、“聖女”と呼ばれているわ」
「……は?」
彼女は王都北部の神聖教会に保護され、独自に“聖女”として布教活動と政教連携を進めていた。
その背後には、王国内部の教会派閥と政治派の暗闘があり、
綾香はその“切り札”として動かされていた。
「あなたの“死者蘇生”と、私の“聖浄魔法”は、構造的に似ているわ。
おそらく、同じ神……あるいは同じ“支配者”の手によるものね」
「……神に、選ばれたってことかよ」
「選ばれた? 違うわ」
綾香は笑った。皮肉と嘲りの入り混じったその笑みは、あまりに人間的だった。
「私たちは、“道具”として拾われたのよ。壊れるまで使われる運命」
その言葉に、レオンはかすかに拳を握った。
自分が抱えていた恐れと同じものを、彼女も知っていたのだ。
だが、それでも綾香はこう続けた。
「だから私は、使われる前に“上に立つ”と決めた。
あなたはどう? レオン=アサクラ」
言葉を返せなかった。
彼女の道と、自分の道。
それが交差する日が来るのか、それとも対立するのか──まだ、わからない。
ただ一つ確かなのは、この異世界における“現代人”同士の出会いは、運命を加速させるということ。
王国はこれから内と外、二重の火種を抱えて動き出す。
“魔族”と“神”、そして“人間の欲”という、三重の渦の中で。