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第四話:初陣、そして死の中の奇跡

王城から南へ三十リーグ。

 かつて人間領だった要塞都市ヴェレンドが、魔族の軍勢に落とされてからすでに半年。

 戦線は膠着状態にあり、各国は打開策を求めていた。




 そして、そこに──“勇者”の投入が決定された。




 「本当に、俺一人でいいのか?」




 馬車の中。蓮は鎧を装備しながら、対面に座るリュミエールへ問いを投げた。

 鎧と言っても、その内側は現代日本の防刃素材を参考に魔導繊維で補強された軽量装備。

 王国の“勇者装備”とされるそれは、見た目は荘厳だが驚くほど機能的だった。




 「もちろん、完全な単独行動ではありません。

  現地に展開する騎士団と合流していただきます。ですが――」




 「“何人かが死ぬだろう”って、前提だな」




 リュミエールは黙した。

 蓮にはもう、そういった言外の意味を読むのに慣れがあった。

 救命現場で何度も、似たような空気を吸ってきたからだ。




 馬車が止まり、扉が開く。

 そこには焦土と化した村、そして瓦礫の向こうで待ち構える十数名の騎士たち。

 青い外套の胸に、王国の紋章が刻まれている。




 「勇者殿! 援軍、感謝いたします!」




 隊長格と思しき青年が頭を下げる。

 彼の名はカルノ=フェンリス。若くして小隊を率いる戦術家であり、どこかレオンと似た“疲れた目”をしていた。




 「状況は?」




 「本日未明、魔族の斥候が接触。主戦力はこの森の奥に待機中。

  推定、上位個体――“牙王”級が一体。周囲に下位魔族数十」




 「……それで、人間側の戦力は?」




 「ここにいる十三名と、勇者殿一名。後方支援なし」




 完全に“試す”ための布陣だった。

 ──この勇者が、どこまで“使える駒”なのかを。




 日が傾き始めた頃、斥候からの報告が届く。

 敵の主戦力が移動を開始。村に向かって進軍中。




 「迎撃の準備!」




 森の縁に陣を張り、魔法障壁と罠を展開する騎士団。

 だがその中で、蓮──レオンは一人、まっすぐ前へと出た。




 「勇者殿!? お、一人で行かれるおつもりか──」




 「下がってていい。試したいんだ、この力を」




 深く息を吐き、蓮は手を前に掲げた。

 記憶の奥に、神から授かった力の“形”が浮かぶ。




 ──全魔法適性アル・オムニア

 あらゆる属性、あらゆる系統の魔法が、意志と魔力によって発動可能。




 「《烈炎穿孔・フレイム=インパクト》」




 火球が生まれ、雷光をまといながら一直線に放たれる。

 轟音とともに、森がえぐれ、地を這っていた魔族数体が一瞬で消し飛んだ。




 「な、なんだ今の威力は……!」




 「詠唱すら……していない……」




 だが、その奥から“それ”は現れた。

 身の丈三メートル、黒鉄の鎧に似た外皮。

 鋭い牙と、赤く光る眼。

 魔族の中でも、特に殺戮を好む存在──“牙王グルマウス”。




 「人間が、一人で俺を止められると思うなよ」




 低い声が地響きのように響く。

 だが蓮は動じない。

 むしろ、医者としての経験が逆に彼を冷静に保っていた。




 「“止める”だけじゃ意味がない。

  “救う”ために、俺はここにいる」




 グルマウスの一撃が放たれる。

 槍のような爪が、レオンの胸を貫いた――




 ように見えた瞬間、空間が歪んだ。




 「《時断の盾・クロノ=バリア》」

 魔法によって時間を分断し、攻撃の瞬間を“切り取る”防御魔法。




 その一撃を無効化した直後、レオンは魔法を重ねた。

 「《空間炸裂・ディメンション・ブレイク》」




 炸裂した空間に巻き込まれ、グルマウスが絶叫を上げる。

 そこに、騎士たちが突撃し、とどめを刺した。




 戦闘は、終わった。




 ──だが、それだけではなかった。




 戦闘中、深手を負った騎士の一人が倒れている。

 心臓が止まり、呼吸も絶えていた。




 騒然とする周囲をよそに、レオンは静かにその傍らに膝をつく。

 そして、呟いた。




 「《エル=リバイヴ》」




 金色の光が、死体を包む。

 数秒後、呼吸音が戻り、男の胸がわずかに上下した。




 「……う、うそだ……」

 「勇者殿……いや、“神の代理”か……」




 誰もが畏敬のまなざしを向けていた。

 だがその中で、リュミエールだけは沈黙していた。

 彼女は知っていた。この力が、やがて王国の内部の争いすら加速させることを。




 そして──それを持つ者が、“使い潰される運命”にあることを。


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