第四十六話:神性戦争〈ロゴス・クルセイド〉開幕
語りは、祈りだった。
そしていま、祈りは戦いとなる。
世界は、“語る”という行為そのものを巡って、初めて神性規模の衝突を迎えようとしていた。
語り神ゼ=ノーム。
語られざる神ネブラエル。
二柱の神が、その背後に人間たちの“言葉”を携えて対峙する。
それはもはや宗教戦争ではない。
語ることそのものが兵器化された、最初の神性言論戦争――ロゴス・クルセイドだった。
◇
開戦の号は、神殿評議会によって宣言された。
「我らは、語ることにより神の秩序を回復し、
語られざる混沌を浄化する」
それはネブラエル側による宣戦布告であった。
彼らは“語られた記録を強制的に修正する”異能部隊《訂正執行官》を各地へ放った。
その任務はただ一つ──語りを“正しき形”へと矯正すること。
──事実の削除。
──語られた歴史の捏造。
──語られぬ者の存在抹消。
それは“語りの名を借りた神の検閲”だった。
◇
一方、蓮と綾香は、世界語律中央聖域にて、最後の語律創出を行っていた。
名づけて、《共鳴律》。
それは、語る者と語られる者、そして語らぬ者さえも含む、“三者共存の言語体制”である。
蓮は語った。
「語ることが誰かを救うなら、
語らないことが誰かを守ることもある」
綾香は記した。
「記録は武器ではなく、橋でなければならない」
そして、新たな語律が完成する。
>【共鳴律:語りとは、選択可能な契約である】
>【語られたくない記憶、語られない存在も、“記憶の内側”として共鳴対象に含む】
>【訂正・矯正の介入を拒否する沈黙圏を創設】
この語律は、すぐに《語り部連盟・旧神連合》に送信され、
各地の語り部たちがこれを受信する。
◇
やがて始まる“言葉による戦争”。
それは剣も矢もなく、だがあらゆる神性をも震撼させる。
第一戦は、東の大記録都市サレアにて勃発。
訂正執行官カリオスが現れ、“国家の成立神話”そのものを書き換えようとした。
だがそこに、共鳴律を携えた語り部・ユグノが立ち塞がる。
「神話は民のものだ。
貴様の語りは、他者を踏み台にしている」
そして彼は、言葉で刃を放つ。
語りによって、カリオスの“語りの支配構造”を打ち砕いた。
>【語る力:共鳴律同期語法】
>【対象語義構造の反転成功、訂正構文解除】
都市サレアは救われた。
だがこれは、始まりに過ぎなかった。
◇
同じ頃、蓮の元に“影の記録”が届く。
それは語られたことのない、旧世界の神性と語り部の歴史。
そこには記されていた。
>「神とは、本来“語られざる者”である」
>「人が語ることで、神は形を得る」
>「だが語り続けることで、神は人に屈する」
ゼ=ノームは、人と語り合うことを選んだ神だった。
ネブラエルは、語られることそのものを“冒涜”とみなした。
どちらも、語りの本質に触れた神であり、だからこそ、決して相容れなかった。
──そして今、蓮は気づく。
>「この戦いは、神のためじゃない。
語りを取り戻すための、俺たち自身の戦いだ」
その言葉を綾香は記す。
そして言う。
「この記録は、誰にも強制されない。
でも、あなたが選ぶなら……私は記し続ける」
そうして、彼らの語りが、再び世界に灯る。
その声は、剣より鋭く、祈りより深く――
語ることの力を、今一度世界に示すのだった。




