第四十一話:新たなる語律、共鳴の夜
“語り”が力となり、秩序となった世界。
その制度に亀裂が生じた今、人々は問い直さねばならなくなった。
語るとは何か?
語られるとは誰か?
そして、語らないという自由は存在しうるのか。
その問いに、いま世界が一つの答えを出そうとしていた。
◇
王都アルゼリード。
神殿中央議事堂では、【新語律創設審議会】が開かれていた。
出席者は各国の語律官代表、語り部連盟主幹、各神殿評議員、
そして語る者たちと語られる者たち自身──すなわち、“当事者”であった。
会議の主導者は綾香。
「これまでの語律は、語る者による一方的な定義だった。
これからの語りは、語られる者と“契約”の上に成り立たなければならない」
反発は当然あった。
「語られることは、救済ではないのか?」
「同意を必要とすれば、記録に“穴”が生じる」
それに対し、蓮が静かに答える。
「……救済を名目に、存在を“枠に押し込める”のが語りだとしたら、
それはただの支配だ」
「語りは光であると同時に、“祈り”でなければならない」
議場に沈黙が走る。
その時──
ノエルが、そっと壇上に立った。
まだ語りに怯える少女だった。
けれど、今は違った。
「私は……かつて語られず、世界に殺されました。
でも、あの人たちが私を“語って”くれた。
だから、ここにいます」
彼女の声は震えていた。
「でも、私はそれでも……“語られたくなかった記憶”もあります」
「だから、選ばせてください」
「“何を語ってよくて、何を語ってほしくないか”を……私に決めさせてください」
その言葉が、議場全体の空気を変えた。
それは理論ではなく、感情でもなく、“命の声”だった。
議決は翌日に持ち越されたが、空気は確かに動いた。
新語律草案において、最も重要な一文が記されることになる。
>【語りとは、語られる者の同意を伴う契約行為である】
>【同意なき語りは“沈黙権”の侵害と見なされ、封殺の対象となる】
この“沈黙権”の創設は、語りの力を“特権”から“共存の技術”へと転換させた。
◇
その夜、蓮と綾香は王都南方の旧図書塔で会っていた。
語られずに朽ちた記録たちが、未整理のまま積み上げられた場所。
蓮はぽつりと言った。
「ここにある言葉も、誰かが残そうとしたんだろうな」
綾香は静かに頷く。
「でも、それを読む者がいなければ……語りにならない」
「なら、俺たちは何をすればいい?」
蓮の問いに、綾香はまっすぐ答えた。
「“語られなかったものに、耳を傾けること”」
「そして、語ることを強いず、選ばせること」
二人の間に、風が吹いた。
未整理の記録の山がふわりと崩れ、舞った紙片が一枚、
蓮の手元に落ちる。
その紙には、かつて誰も読まず、誰も語らなかった詩があった。
>「私は語られずに、消えていった者」
>「でも、誰かが私を見つけてくれたら、
その瞬間に私は、世界に帰る」
蓮はそれを見つめながら言った。
「じゃあ、これからも拾っていこう。
世界から零れ落ちた、言葉たちを」
そして、星の夜空に誓う。
新しい語りは、光だけじゃない。
影をも抱きしめる、共鳴の祈りとなるのだと。




