第三十九話:語る責任、沈黙の罰
語ることは、光であり救いだった。
だが今や、それは時として“呪い”へと変わりつつあった。
「なぜ、語ってくれなかったのか」
「なぜ、私のことを誰も記さなかったのか」
語られなかった者たちの、終わりなき問い。
それは語る者に、過去ではなく“責任”を突きつけはじめていた。
◇
王都語律中央庁では、緊急審問が開かれていた。
語律官第五階位・ユルゲンが告発されていたのだ。
罪状は、語るべき救済を“恣意的に選別した”というものだった。
「事実、彼は救済を“貴族のみ”に限定していた」
「逆に、語られなかった者たちは記録の対象からも除外され、存在を抹消された」
それは、語りが正義であることを疑わぬ者たちにとって、あまりに痛ましい事実だった。
「我々が信じた“語り”は、ただの権力だったのか?」
「語らなかったことは、罪なのか……?」
裁定は出された。
ユルゲンは“記録剥奪”――公的に語られることを禁じられた。
これは“名を失う死”と同義である。
そして、語律の根幹にはっきりと刻まれる。
>【語る者は、語らなかった責任を問われる】
◇
一方、綾香は深い眠りに落ちていた。
その中で彼女は、記録帳の“未開頁”――誰も見たことのないページに辿り着く。
そこには、書かれるべきだったのに書かれなかった“一つの記録”が眠っていた。
>【記録空白:コードAX-19】
>【旧時代の語律官が記そうとして棄却した物語】
少女が兄をかばって殺された。
だが語律官は「彼女の存在は重要性が薄い」として、それを記さなかった。
「この子……名前も、残ってない……」
綾香の手が震える。
そのページを開いた瞬間、彼女の中に感情が流れ込む。
憎しみではない。
“ただ語ってほしかった”、その声が、記録帳を濡らした。
彼女は目覚めると同時に叫んだ。
「語りは、選んじゃいけない。
誰かを“語らない”ということが、誰かを殺すんだ!」
◇
その頃、蓮は教会地下の禁書図書室にいた。
そこで彼はある文献に出会う。
それは、誰にも語られなかった神――《ゼ=ノーム》に関する断片だった。
>【ゼ=ノーム:観測も記録もされなかった起源神】
>【世界の始まりに生まれたが、いかなる語りにも含まれなかった】
>【唯一“語るための器”を残し、この世を去った】
そしてその器には、こう記されていた。
>【次に語る者は、私の“再定義”となる】
蓮は直感する。
――自分が“語りの力”を持って生まれた理由は、
この神の意思を継ぐためだったのではないかと。
だが、同時に脳裏に過った言葉があった。
>「語るとは、責任を背負うこと」
>「語れないものに向き合う勇気がなければ、語る資格はない」
彼の中で、初めて“語らない自由”と“語る責任”が拮抗する。
その天秤が、心の中で静かに軋んだ。
◇
その夜、世界の北端・黄昏山脈の上空にて、“語られないものたち”による
【語り封殺式】が発動された。
これは、“語り”そのものを因果ごと断ち切る結界である。
以後、そこに語りは通じず、名も記録も届かない“沈黙の領域”が生まれた。
>【封殺領域:記録無効区域】
>【語られることを拒絶した存在が世界に干渉を開始】
その中心にいたのは、一人の少女だった。
彼女は記録にも記されず、誰からも名を呼ばれず、
ただ沈黙の中で一つだけ言葉を呟いた。
「語られることが、生きることなら……
私は、世界に殺されたのと同じ」
その言葉は、世界の語り手たちに届かないはずの結界を貫いて、
綾香と蓮の胸を撃ち抜いた――




