第三話:鎖の中の微笑み
リュミエールの案内で王都を巡った帰り道。
蓮は、王城の南端にある“訓練用奴隷収容棟”へと足を踏み入れていた。
「……訓練用?」
「はい。王国の軍では、一部の魔術実験や対魔族訓練のために奴隷を使うのです」
忌まわしい響きだった。
だが、異世界ではそれが“制度”として確立している。
医者として人の命に関わってきた蓮にとって、それは簡単には受け入れがたい現実だった。
石造りの廊下を進み、重たい鉄扉が開け放たれると、
薄暗い広間に囚われた者たちが並んでいた。
魔法障壁によって魔力を封じられた獣人、片目を失った男、幼い少女──
どの瞳にも、生気がなかった。
そんな中で、ひときわ異彩を放つ少女がいた。
ボロ布のようなローブを纏い、膝を抱えてうずくまる。
だがその表情だけが、不思議なほど穏やかだった。
「……あの子は?」
「入れられてから、一度も喋っていません。記録も不明。魔力測定不能です」
リュミエールが指差した先にいたその少女は、まるで光の届かぬ檻の中で微笑む天使だった。
額には奴隷紋。足首には鎖。
だが、その瞳だけが……静かに、蓮を見つめていた。
「……君、名前は?」
少女は、しばらく蓮を見つめた後、わずかに首を傾げた。
その仕草はどこか、動物的な無垢さすら帯びていた。
「……“名前”……?」
声は小さく、風のように消え入りそうだった。
それでも、それが少女の初めての発声だと、周囲が一斉にざわめいた。
「おい、あの子が喋ったぞ……!」
「勇者殿が触れた瞬間に……まさか、スキルの影響か?」
リュミエールも、目を見開いていた。
蓮の持つ《絆の加護》──それは、信頼と好意を育む“触媒”だ。
だが、それ以上に何か別の“因果”が、この少女に働いている気がした。
「君、どうしてここに?」
「……わたしは……いらない、もの。
誰にも、見つけてほしくなかった……でも、あなたは……見えた」
蓮は、立ち尽くした。
この異世界に来てから、誰かに「必要とされた」と感じたのは、これが初めてだった。
「……この子を、俺の従者として使いたい」
「なっ……!? 勇者殿、それは──!」
驚くリュミエールを横目に、蓮は言葉を続けた。
「俺がどう使うかは、俺が決める。
この世界がどんな制度でも……目の前の人間が“いらない”なんて、俺には言えない」
王城の管理官たちは慌てて文書を取り出し、譲渡契約を準備した。
それは奴隷の所有権の移転書──。
「名前……あんた、名前は?」
「……ルフェイ」
その名は、蓮の脳裏に深く刻まれた。
“信じてもらえなかった”者同士が出会った、その瞬間だった。
後に王国史に“白の癒し姫”として記される少女──ルフェイ。
彼女との出会いが、勇者レオンの運命を静かに揺り動かし始めた。