第三十七話:語りが生む法と秩序
──語られた命は、消えない。
この真理が広まりはじめたとき、
世界は“記録”から“語り”へと重心を移していった。
“言葉”はかつて情報だった。
だが今や、“保証”となった。
◇
王都ユルザレムでは、新たな職能が創設されていた。
名を【語律官】(ごりつかん)という。
記録官でも裁判官でもない。
“語られた事実”を以って、因果を認定する者たち。
罪を裁くにも、功績を認めるにも、記録や証拠では足りない。
「誰かが語ったかどうか」が最大の要素となった。
記録が残っていても、語られなければ“存在しなかった”に等しい。
逆に、記録がなくても語られれば“存在した”ことになる。
すなわち、法の根源が“語り”へと転化したのだ。
◇
しかしそれは同時に、新たな権力構造を生み出した。
【語りの独占】。
王政、教会、貴族の一部が“公式語り部”を雇用し、
語られる命の内容を管理し始めた。
「この世界では、語られなければ死と同じ」
「ならば、誰を語るかは、誰が生きるかを決める権利に等しい」
それは明確な“語り支配”だった。
言葉の独占は、かつての“剣”以上の暴力となりつつあった。
◇
一方で、蓮たちは【語りの解放】を模索していた。
「語りは、本来自由なものだ。
誰かが誰かを語りたいと願った瞬間に生まれるものだ」
蓮はそう考えていた。
綾香は【語り部連盟】を発足させ、
中央からの干渉を受けず、自主的に語る者たちを保護しはじめた。
その活動の中で、一つの古い伝承が記録帳に浮かび上がる。
>【古代王家に“語られなかった子”あり】
>【王族であることを隠され、生まれながらに定義不能】
>【その子は、誰にも語られず、記録にも残されず、
ただ“他者を語る力”のみを持ってこの世に生まれた】
ルフェイがそれを読み、顔を上げる。
「……蓮、これって……あなたのこと?」
蓮は答えなかった。
ただ、その瞳の奥が、ふとわずかに揺れた。
◇
リュミエールは神殿区で、ある神官から問われていた。
「“語られなかった存在”が、語る者になることは、
本来ありえない構造です」
「彼は……“因果の矛盾”そのものではありませんか?」
リュミエールは剣を腰に下ろし、静かに言った。
「因果がどうであろうと、私は見た。
彼が誰かを“生かそうと語る”姿を。
その時点で、理は変わる。
神でも抗えない“人の意志”に、私は賭ける」
◇
その夜、綾香は夢を見る。
それは、“語られたことのない神”の夢。
天環の最下層、第零領域。
誰も記憶していない、誰にも名付けられなかった存在。
>【お前は、語りに生まれ、語りに死ぬ】
>【だが、それで構わぬのか?】
綾香は夢の中で、はっきりと答えた。
「はい。語られた命が、誰かを救えるなら、
私は何度でも、語り続けます」
その声は、記録帳の“余白”に静かに響いた。
そしてそこに、一行の文字が刻まれる。
>【語律創設承認】
>【語りによる秩序生成を神性機構が容認】
>【世界法更新準備開始】
◇
こうして、“語られる”というただそれだけの行為が、
法であり、秩序であり、救済となる新たな時代が幕を開ける。
だがその裏で、
語りの力を奪い、**“物語を封殺する者”**たちの陰謀が動き始めていた――




