第二話:勇者は“駒”か、“光”
勇者召喚の儀から三日が経った。
王城の一角──政務棟の最奥にある、極秘の作戦室。
その場に集っていたのは、アルゼリード王国の中枢を担う者たちだった。
「……鑑定魔法による数値は確かだな?」
「ええ。全魔法適性は歴代最高。蘇生魔法の発動条件も“命令のみ”という異常な簡便性です」
王の隣に立つ第一王女、リュミエールは腕を組んだまま、険しい顔で報告を受けていた。
その背後では、軍部と教会の高官たちが思惑を交差させている。
「このまま前線に送れば、少なくとも一都市は即奪還できましょう」
「使える内に使い潰せ。異邦の命に情けをかける理由はない」
そう告げたのは、神殿長老。
神の代行者とされる立場でありながら、言葉には冷たさと打算しかない。
「……だが、見た限りでは精神面に難がある。指揮を乱されても困る」
「ならば、“感情”を切り捨てさせろ。戦場で迷う者は、不要だ」
王は、沈黙の中で顎を撫でた。
「リュミエール。お前に任せる」
「……了解しました」
王女は踵を返す。
その瞳には、わずかな迷いと、宿命を背負う者の苦悩が揺れていた。
一方その頃、王城の医務室にて。
蓮──異世界名・レオンは、窓の外を見つめていた。
広がるのは、魔導都市アルゼリードの街並み。
魔力で浮かぶ船、空に浮かぶ図書館、煙を上げる錬金工房──。
「……現代より進んでるんじゃねぇか、これ」
死者蘇生、全魔法適性。
この身体には、信じられない力が宿っている。
だが彼は、それを“喜び”とは思えなかった。
「……また、命を救うだけの機械に戻るのか」
ノックの音。
扉の向こうにいたのは、王女リュミエールだった。
「……少し、時間をもらえますか」
彼女は静かに言った。
言葉では穏やかだったが、その目は命令と警戒をはらんでいた。
「あなたには、すぐに軍属としての役割についていただきます。
ですがその前に、少しだけ──この世界を見てください」
「……見て、どうする」
「知っていただきたいのです。この世界がどれだけ脆く、争いに満ちているかを」
リュミエールの瞳に映るもの。それは、ただの王族の使命ではなかった。
どこかで、彼女もまた、苦しみの中にいる人間なのだと──蓮は直感した。
そして、彼の胸にほんのわずかに芽生えた「興味」が、
のちに大きな運命を引き寄せていくことになる。