第二十八話:記録の城と神性胎動
統合自治領《アル=レメティア》の旗が翻ってから、三日。
王や神による統治ではなく、異種族・異文化・異能の“共存”を前提とした初の連邦制が、聖都を起点に動き出した。
その中心には、ギルバート王子、そして「神に頼らない医者」アサクラ・レオンの存在があった。
しかし、平和は訪れてはいなかった。
――それは、新たな“波”の前の静けさにすぎなかったからだ。
天環礎柱。
その浮遊基盤から、不可視の波動が日々強まっていた。
第三の神性《エン・ソフ=パルス》が、存在裁定の段階へ進もうとしていたのだ。
この神性は“問い”でも“救い”でもない。
存在を“有”と“無”に分ける、“生きる価値の有無”そのものに踏み込む力。
綾香はその胎動を、初めて“音”ではなく“文章”で感知した。
聖都図書院に封じられた魔導史書が、自動的にページを繰り出していた。
記されていたのは、予言ではなく、定義されていく未来。
>【存在定義:A-57:種族“イース=グレイス”……概念未確定。消滅予定。】
>【存在定義:B-11:異界由来個体“レオン=アサクラ”……継続観測中。保留。】
「これは……命じゃない。存在そのものを、神が“棚卸し”し始めてる……」
綾香の手が震えた。
存在が“不要”と見なされた種族や個体は、波動的に“世界の記録”から消される。
殺されるのではない。
最初から“いなかった”ことにされるのだ。
彼女は決意した。
記録者になると誓ったその手で、すべてを記し、そして“上書き”する。
“価値”ではなく“意志”の物語を。
◇
一方、ルフェイは天環礎柱の周囲に立つ“癒しの防壁”を拡張していた。
この神性干渉から人々を守るために、因果干渉魔法の複合式を三重に展開。
その中で彼女は、自らの魔力の核心に潜る。
彼女が持つ癒しの力――それは、因果の欠損そのものを“肯定”する魔法だった。
「神が“要不要”で人を分けるなら……
私は“何があっても大丈夫だよ”って、そう言ってあげたい」
彼女の祈りが、神性の波動を一時的に沈めた。
◇
そしてリュミエールは、新国家の治安部隊を率いながら、
各地に残る旧王国、旧帝国の残党との非戦条約締結を進めていた。
だが、彼女の元に届いた一報がすべてを変える。
>「王国元上将軍・カイン=バレスタが“神裁勢力”を再興。
“価値なき者は粛清せよ”を掲げて北方で蜂起」
“裁定神性”の思想に取り憑かれた者たちが、
新たな“神の代理”を自称し、全世界に粛清を宣言したのだった。
◇
聖都、記録の塔。
綾香は筆を置いた。
彼女は“記録する”だけではもう間に合わないと悟った。
彼女が書く言葉には、記録と同時に因果を“定着”させる力が宿っていた。
“書かれた存在は、消えない”――それが神性胎動への唯一の抗いだった。
彼女は静かに宣言する。
「私は、歴史を書く。
“神が否定しようとした命たち”の、存在の証明を」
そして彼女は初めて、蓮の存在を書いた。
「異界人・アサクラ・レオン、命を繋ぎし者」と。
その瞬間、天環礎柱から発せられていた“存在裁定の波動”が一つ、
完全に停止した。




