第二十七話:王子の旗、第三の未来
“神を否定する革命”が沈静化した翌日、聖都の空は久しぶりに穏やかな色を取り戻していた。
しかし、人々の心の中には新たな問いが残されていた。
神を否定し、しかし神にも依らない。
ならば――この世界を、誰が導くのか。
その問いに、最初に応えたのは王国の血を引く者だった。
ギルバート・アルゼリード。
王国第二王子にして、現王政に反旗を翻した若き改革者。
彼は聖都の中央演壇に立ち、数千の市民と軍を前に、はっきりと宣言した。
「私は、かつて王である父を信じ、
そして“王”という構造そのものに疑問を抱いた者だ」
「今、我々の前にあるのは――
神でも、魔でもない。“人の意志”による選択肢だ」
「ゆえに私は、ここに“王国”ではなく、“共存国家”の創設を宣言する」
「その名も、《統合自治領アル=レメティア》」
民と魔族、異民族と異能者、治癒者と兵士、信仰者と懐疑者――
すべての矛盾を内包したまま、共に在り続ける“連合国家”の構想。
それは、かつての王国や帝国が忌み嫌った“雑多な希望”だった。
だが、ギルバートの背には一つの確信があった。
それは、蓮と彼の仲間たちが戦場で示した“殺さない戦争”の実例。
“正しさ”ではなく、“共に生きたいという意志”の力。
蓮はギルバートの宣言を、沈黙の中で聞いていた。
そして一言だけ、口にした。
「……だったら、俺は医者をやる。
お前が“未来”を築くなら、俺は“今”を守る」
◇
その夜、蓮と綾香、ルフェイ、リュミエールが再び集まった。
神の問い、魔導兵の反乱、王族の再編、全てを経て、
彼らの心は変わりつつあった。
「レオン、あなた……ギルバート王子の新国家に加わらないの?」
綾香が問いかける。
蓮は静かに頷いた。
「俺は、国家を作る器じゃない。
でも、国家に“必要な存在”にはなれる」
リュミエールが軽く笑う。
「つまり、しがらみは持たずに、責任だけ背負うってことね」
ルフェイが微笑む。
「……それでもいい。
わたし、あなたの隣にいたい」
綾香も、ゆっくりと深呼吸をしてから言った。
「医者がいて、癒し手がいて、剣があって……
それなら、私は“記録者”になる」
「神の問いが再び来たとき、
誰かが“今の選択”を残しておく必要があるから」
◇
だがその頃、聖都上空の“天環礎柱”は異変を示していた。
神の問いが沈黙したことで、封印されていた第三の神性――
《エン・ソフ=パルス》が、胎動を開始していた。
それは“問い”ではなく、“裁定”の神性。
記録でも信仰でもない、ただ“存在を断じる力”そのもの。
【命は再定義された。次は存在そのものの評価に入る】
【準備完了まで、残り七日】
世界は、最終的な“選択”の場へと進もうとしていた。
◇
夜が明ける。
聖都の空に初めて、どの国旗でもない“白い旗”が掲げられる。
それは、ギルバートが示した新国家の旗。
“正解”ではなく、“選択肢”としての国家。
蓮はそれを見上げながら、小さく呟いた。
「……神に頼らない世界で、人はどこまで進めるか」
「俺はそれを、最後まで見届ける」




