第二十六話:革命の影、神殺しの序章
夜の聖都に、黒い旗が掲げられた。
それは“自由”を謳いながら、“統制”を敷こうとする新たな思想。
かつて蓮が命を賭して守った義勇軍、その内部で、ついに“第二の内乱”が始まった。
「無駄だ、レオン=アサクラ。もはや“神”という幻想に頼る時代は終わった」
そう言い放つのは、クレイト=ダグナム。
王国解体後に解放軍へ合流した技術派閥の元魔導研究者。
彼が掲げたのは、“神を殺すことで、真に人類が自由を得る”という過激な思想だった。
◇
クレイト派は、レリクス・コードの残滓から得られた魔導中枢を改造し、
人の脳と魔導炉を直接結合した“新型魔導兵”を密かに製造していた。
それはもはや、“命”と呼ぶにはあまりにも異形。
意識を持たぬ戦闘体、命令に従うだけの器――
だが、それでも“人間”の体をしていた。
「これが、“選別された未来”だ」
クレイトは嘲笑する。
「神が感情をもてあまし、無差別な問いをばら撒いたから、
我々は“感情を切り捨てた命”を作った。
非効率な“人間”の進化系だ」
その言葉を聞いたとき、蓮の瞳が怒気ではなく、
深い悲しみに濡れた。
「……それは、命を“やり直した”んじゃない。
ただ、“逃げただけ”だ」
◇
戦闘は突入した。
聖都西区、かつて医療避難施設だった区域が戦場となった。
ルフェイとリュミエールが前衛を張り、
綾香が後方で治療結界を張る。
その中央に、蓮が立つ。
クレイトの操る魔導兵は数百。
だが、蓮たちはただの兵ではない。
信念を持った“意志”の集合体だ。
「撃て!」
「応じるな! “彼ら”は“道具”じゃない、人間だ……!」
ルフェイが涙を堪えながら魔法を撃つ。
撃ち落としたその兵の体内には、確かに人間の神経線が残っていた。
「どうして……こんな、形でしか未来を語れないの……」
ルフェイの心が軋む。
彼女は、癒す者であり、奪う者ではない。
だが、リュミエールが叫ぶ。
「甘えるな、ルフェイ! あなたが手を下さなきゃ、
もっと多くの“本物の命”が死ぬのよ!」
蓮は剣を抜いた。
「……俺は、裁くために剣を取ったんじゃない。
“断つ”ために取ったんだ。
命を否定するその思想を――俺がここで、止める」
その言葉と共に、蓮が突撃する。
新型魔導兵との白兵戦。
だが、剣を通して感じる“硬さ”の奥には、かすかな脈動があった。
「……まだ、間に合うかもしれない」
蓮は魔導核ではなく、神経接続部を的確に断ち、
戦闘不能にするだけで命を奪わない動きを続けた。
それを見ていた綾香が叫ぶ。
「皆、見て! あの兵たちの核は――“初期接合段階”よ!
脳と魂のリンクはまだ完全じゃない!
魔導術式を逆転できれば、救える!」
それを聞いたリュミエールが剣を下ろす。
「治療班、展開! “殺さずに止める”戦法に切り替える!」
義勇軍は、“殺さない戦争”を選んだ。
それは効率の悪い戦術。
だが――それが“人間”であることの証明だった。
◇
クレイトは崩れゆく戦況を見て、ただ呟く。
「……ならば、やはり“神”が必要か」
「否。“神を殺す者”が、次の神になるのだ」
彼は最後のカードを切る。
魔導中枢の完全解放。
その起動と同時に、天環礎柱が異常反応を示し、
“問いの器”が再度、蓮へ語りかける。
>「命を支配する者よ。お前は次に、何を定義する」
蓮は、静かに応える。
「……定義しない。“自由”を残す」
「命が、命として“生まれる権利”を、選びとれるように」
その回答に、“問いの器”が沈黙する。
空の光が収束し、神の問いは、今度こそ――
“共に考える者”の手へと降りた。




