第二十二話:封印領域レリクス、神託再誕の胎動
聖都地下、かつて“神の声”が降りたとされる封印領域。
その最奥では、神聖術式と機械魔導が融合した巨大な構造体が、鈍く脈動していた。
それは“神託再現機構”――《レリクス・コード》。
かつて神の記録を複製し、大陸統治を補佐するために作られた超構造魔導装置。
だが時を経て、制御者なき今、それは「神の代行者」として自律的に“判決”を下し始めていた。
《優先命令:異端存在の排除。該当領域内における無差別選別処理を開始》
その瞬間、聖都の空に、無数の光条が降り注ぐ。
街路にいた市民、残存兵士、教団員、罪なき人々を問わず、
“神罰”と称される光線が、無差別に焼き払っていく。
――これは、神の意志ではない。
記憶と記録が暴走した、“神の模造品”による機械的断罪だった。
蓮たちは、地下第七層の扉を破壊し、機構の深層へと突入していた。
「この熱……魔力じゃない。理性を拒絶する、“意志の干渉”だ」
綾香が顔を歪めながら呟いた。
「術式じゃない……これは“祈りの集合体”。人々の信仰が記録され、歪められた結果」
ルフェイがうめく。
「助けを求めた祈りが、“敵を滅ぼす命令”に変換された……それが、この装置の正体」
彼女の言葉に、蓮が呟く。
「それは“救済”じゃない。“記録された絶望の集積体”だ」
奥へ進むたび、記憶が揺らぐ。
視界に映るはずのない“過去の幻影”が現れ、言葉を投げかけてくる。
「医者のくせに、誰も救えなかったな」
「選んだつもりか? ただ、見捨てただけだろ」
それは、蓮自身の過去の記録が反映された“疑似神託”。
この装置は、侵入者の記憶と罪を再現し、“審判”を下す。
「……なら、記録を書き換えればいい」
蓮は剣を抜き、立ち向かう。
「俺たちは今を生きてる。“過去のコピー”なんかに、未来を殺させるか」
同じ頃、リュミエールは騎士団を率いて、外周部の封印陣再構築を進めていた。
都市ごと暴走する神託機構を封じるには、術式の根本を“騎士の血”と“聖女の血”で逆符号に書き換えるしかない。
「あなたがここにいると、狙われるわ」
「だからこそ、行くの」
綾香とリュミエールの会話は短かった。
彼女たちにはもう、互いを疑う余地がない。
そして――最奥の核部にて。
綾香は、歪んだ“神託の写本”と対面する。
それは、かつて神殿に保管されたとされる最初の記録。
だが、そこに記されていた“神託”は、教会が語ってきた内容とまるで違っていた。
>「神は命を選ばない。神は命を分類しない。
> 命とは“重なり合う意志”であり、誰のも等しく、唯一にして絶対である」
綾香は呟く。
「……これが、本物の“神託”……」
装置は嘘を記録し続けてきた。
人を守る“神”の名のもとに、“選別”という名の虐殺を肯定するために。
「なら、私は……この偽りを、終わらせる」
綾香が血印を結ぶ。
「私自身が、“神託を書き換える者”になる」
その手に、神託核の改写術式が展開される。
だが、その瞬間――
空間が爆ぜ、暗き気配が現れる。
「やはり、そこにいたか」
現れたのは、佐伯真一。
死したはずの旧王国魔導研究者にして、魔族の側についた蓮の“かつての友”。
「ようやく見つけたよ、蓮」
「お前……まさか、あの写本を」
「そう。俺は“真実”に辿り着いた。
だがそれは、“人には扱えない情報”だった」
佐伯は微笑む。
「だから俺は、“神になる”。
命の選別も、進化の裁定も、苦しみの終わりも――
全部、俺が管理する」
蓮が剣を構える。
「じゃあ、お前は“殺すべき神”だ」
神託と進化、選別と癒し、過去と未来――
交差する理念が、ついに剣と術として激突する。
それは、まだ“序章”にすぎなかった。




