第一話:目覚めよ、異邦の勇者
ふと、冷たい空気が肌を撫でた。
硬い石畳の感触。光が、閉じたまぶたの向こうに差し込んでいる。
──生きている。
いや、それは正しくない。
「生き返った」のだ。別の世界で。
「おおっ……! 目覚めたか、勇者殿!」
まぶたを開けると、真紅の絨毯に囲まれた広間が広がっていた。
黄金の柱、透き通るようなステンドグラス、天井には龍を象った彫刻。
現代の病院とはあまりにも異なる、荘厳で異質な空間。
その中心に、彼はいた。
純白の軍装に身を包み、威厳を湛えた壮年の男。
その隣には、銀の甲冑を身にまとった女性──長い金髪を三つ編みにした、気高い姫騎士の姿。
「我が名はグランザルト。アルゼリード王国の王である」
「あなたが……この世界に招かれし、勇者様ですね」
女性の声は、澄んでいた。だが、瞳の奥には何かを見定めようとする警戒があった。
彼女の名はリュミエール=アルゼリード。王の第一王女にして、王国最強の剣士。
蓮──いや、この世界では“レオン”と名付けられた男は、ゆっくりと身を起こす。
身体の感覚は、完全に戻っていた。いや、それどころか──
「……軽い」
筋肉の疲労も、内臓の重さもない。
まるで新しい器に魂だけが宿ったような、そんな異常な軽さ。
「……神より授かりし祝福は、既に宿っておろう」
王がそう言い、隣の宮廷魔導師らしき老人が杖を掲げた。
「鑑定魔法、発動!」
魔法陣が空中に浮かび、蓮の頭上に文字が並ぶ。
【勇者:レオン=アサクラ】
・全魔法適性(SSS)
・死者蘇生の奇跡《エル=リバイヴ》
・加護:絆を結んだ者の能力上昇、好感度上昇
「……なんだこれは」
まるでゲームのような表示に、蓮は戸惑いを隠せなかった。
だが、周囲の人間たちはその内容を見て、どよめいていた。
「全魔法適性だと……!? 常識ではありえん!」
「蘇生魔法など、伝説の中にしか存在しないはず……」
王は笑った。深く、満足げに。
「よい、よい……これで戦局が変わる。これでようやく、魔族どもに対抗できる」
その視線に、蓮はわずかな寒気を覚えた。
──これは、救いなどではない。
ただ、別の戦場に放り込まれただけだ。
「……本当に、俺を“必要”としているのか」
つぶやいた言葉は、誰にも聞かれなかった。
ただ、広間の片隅で彼を見つめていたひとりの少女だけが、その問いに小さくうなずいていた。
その姿は、宮廷の衣装でもなければ、騎士の甲冑でもない。
質素な布を身にまとい、首には“奴隷の刻印”が刻まれていた。
だが、その瞳だけが──誰よりも、温かかった。
まだ名も知らぬ少女との出会いが、蓮の運命を大きく動かすことになる。
だがこのとき、彼はまだ何も知らない。
“信じる”という行為が、どれほど大きな力を生むかを──。