第十八話:運命を照らす炎、そして選ばれし者
東の空がわずかに白み始めたころ、北方戦線の本陣には早くも慌ただしい空気が満ちていた。
遠くで警鐘が鳴り響く。
「南東に魔族の小規模侵攻部隊発見!規模、百未満!」
報告を聞いた蓮は眉をひそめた。
百――それは、陽動としては小さすぎ、偵察にしては重すぎる。
「……試験部隊、か」
嫌な予感がした。
その直感は、すぐに的中する。
「やられた兵が、“起き上がってる”……!? いや、これ……死体が……!」
報告が混乱に変わった。
それは明らかに、佐伯の“実験成果”が投入された証拠だった。
人間の死体を素体に作られた“人工魔族”――魂を持たず、命を燃料にして動く屍兵。
蓮は剣を抜き、すぐに号令をかける。
「第一班は後衛を守れ! 第二班、俺と突撃!」
その戦場の只中。
ルフェイは治癒陣の中心で必死に詠唱を続けていた。
けれど、目の前で癒した兵が“死んだはずの仲間”に喰われる光景を見た瞬間――
彼女の手が震えた。
「やめて……! そんなの、癒せない……そんなの……命じゃない……っ!!」
だが、その時。
彼女の中で、何かが弾けた。
心が、感情が、魔力の核にまで到達するように。
「……癒せないものは、壊すしかない」
彼女の両手から、淡い光が爆ぜる。
だが、それは治癒の魔法ではなかった。
「《聖断癒術・アスクレオン=ラディア》!」
癒しと浄化の複合魔術。
命を拒絶する存在――“不浄なるもの”を選択的に消滅させる禁術。
周囲にいた屍兵たちが、苦悶の声すら上げる間もなく、光に焼かれて崩れ落ちる。
「ルフェイ……! それは……!」
駆けつけた綾香が叫ぶ。
「あれは本来、聖教の“神罰儀式”でしか使われない……!」
「でも、今なら分かります……。命を癒すってことは、時には“命じゃないもの”を拒むことだって」
ルフェイの目は涙で濡れていた。
だがその奥には、医者として、癒し手としての“覚悟”があった。
その後方。
リュミエールが剣を構え、騎士団と共に屍兵を一掃していた。
「王国の剣は、民を守るためにある――不浄なるものに、斬られぬ自由はない!!」
戦場が、再び息を吹き返す。
蓮が剣を掲げた。
「ここで止めるぞ! これ以上、奴らの実験に命を渡させるな!」
兵たちが奮い立つ。
そして数刻の激戦の末、敵部隊は完全に鎮圧された。
だがその夜。
野営地に、一本の暗号通信が届く。
差出人:教会本庁。
内容:
>【機密通達】
>
>“勇者アサクラ・レオンに対する信仰適格審査”が聖教評議会にて正式可決。
>審査中は全戦線からの退去、及び聖女マカベの指揮権を剥奪とする。
「……来たな」
綾香がその文面を見つめながら、低く呟いた。
「これが、教会の“答え”ってわけね」
リュミエールも険しい顔で言った。
「王宮からも、“勇者の正統性を再協議する”という命令が届いたわ」
蓮は静かに笑った。
「いいさ。答えは全部わかってた」
彼は焚火に一歩近づき、炎を見つめる。
「なら、あとは――俺たちが“どう生きるか”を、見せる番だ」
その言葉に、三人の仲間がうなずいた。
それぞれの立場、役割、戦場。
違えど、その心はすでに一つだった。
夜はまだ明けない。
だが、たった今、“希望の灯火”が確かに灯った。




