第十七話:リュミエールの帰還と、再結成の夜
北方戦線・第二野営地。
冬の訪れを告げる風が、火の灯った陣幕を揺らしていた。
仮設の食堂には、兵士たちの笑い声とすすり泣く声が入り混じる。
それは生き延びた者たちだけに許された、わずかな“平穏”だった。
そこに、一つの足音が響いた。
金属音と、靴音と、風に揺れる長い髪。
「……戻りました」
鎧の裾を翻して姿を現したのは、王女剣士リュミエール・アルゼリード。
銀の鎧に王国の紋章を掲げ、彼女は十数名の騎士を従えて戦線に帰還した。
その凛然たる姿に、兵たちが次々と敬礼する。
だが、彼女の視線はただ一人を探していた。
「蓮――!」
振り返った先。
薪を積み上げていた男が、驚いたように顔を上げる。
「……お前、無事だったのか」
「ええ……でも、やっと、戻れました」
次の瞬間。
リュミエールは駆け寄り、蓮の胸に飛び込んだ。
驚きつつも、蓮はその背をそっと抱き留めた。
「……生きていてくれて、ありがとう」
「お前こそ、よく戻ってきたな」
言葉は少なかった。
だが、その沈黙には、戦火を超えてきた者たちの確かな“絆”があった。
やがて、綾香がやって来た。
その手には湯気の立つ簡素なスープ。
「……泣いてないわよね?」
「……泣いてない」
リュミエールは唇を噛んだが、確かに涙は零れていなかった。
「ルフェイも、少し眠れました」
そう言って綾香の隣に現れたのは、小さな癒術師。
やつれた顔ながらも、その瞳には前よりも強い光が宿っていた。
その夜、四人は久しぶりに同じ焚火を囲んだ。
言葉少なに、けれど確かに――互いを確認するように、過ごした。
「ここが、今の俺たちの“拠点”なんだな」
蓮が呟く。
「拠点というより、希望の仮住まいね」
綾香が応じる。
「この小さな炎を……絶やさないために」
ルフェイの言葉に、皆が静かにうなずいた。
だが、その安息は、長くは続かない。
そのころ王都では――
聖教評議会によって、“勇者レオン・アサクラの聖性の再審査”が秘密裏に可決されていた。
その名目は「神託に背いた疑い」。
だが実態は、**“勇者を聖籍から除外し、処分可能とする準備”**だった。
その動きの影に動いていたのは、かの老司祭カリストゥス。
彼の手には、魔導通信を通じて送られてきた一通の報告書があった。
「勇者アサクラ、魔族に情を通わせ、教会に背く傾向あり。
加えて、元異世界医師の聖女マカベ・アヤカも非協力的」
老司祭は冷笑を浮かべた。
「“異端”は、浄化せねばなるまい」
一方その頃、
魔王軍の暗部において、佐伯真一は実験室にいた。
そこには、人間の死体を基に再構成された“人工魔族”の試作体が並ぶ。
「蓮……お前は、まだ“生きること”に意味を見出しているようだな」
佐伯の眼差しは、冷たく、それでいて哀しみすら含んでいた。
「ならば、見せてやろう。“生きてしまった者たち”の、行き着く先を」
その手が、試作体の封印装置を起動させる。
それは、“命”という言葉の輪郭をゆがめる、新たなる災厄の幕開けだった。




