第十三話:灰と血の戦場にて
灰が舞い、地が割れ、血が流れた。
それは“戦い”と呼ぶにはあまりに一方的で、“虐殺”と呼ぶにはあまりに整然としていた。
廃都ベルディア跡地、かつて魔導の華が咲き誇ったその地は、今や焦土。
魔王軍、王国軍、そして勇者隊――三つの力が、いま交差していた。
「来い、勇者ァアアアアア!!」
吠えるのは、魔王四天・灰獣王グラヴァス。
咆哮のたびに魔瘴が弾け、兵が吹き飛び、大地が穿たれる。
その巨体を目の当たりにしながらも、蓮――レオン=アサクラは一歩も退かない。
「……なるほど、確かに“獣の王”だな」
剣を構える。
だが、それは力の誇示ではなく、意志の表明だった。
「だけど、あいにく俺は、“患者”にも“猛獣”にも、対処慣れしてるんでな」
次の瞬間、灰色の巨体が跳躍し、鉄の爪が振り下ろされる。
地面が裂ける。空気が悲鳴を上げる。
しかし、蓮の身体はすでにその場にはいなかった。
「《時断歩法・クロノステップ》」
空間を、時間ごと“断ち切る”転位魔法。
その瞬間移動は、一切の魔法詠唱を要さず、ただ意志だけで発動する。
背後へ回り込む。
魔力を込め、剣を振り抜く。
「《白雷斬・ヴァイス=ゼクス》」
白い雷光が灰獣王の背を穿つ。
だが――その刃は、血肉に届く寸前で“跳ね返された”。
「おおおお……良い、良いぞ……!
貴様、強いなあ勇者ァ……ッ!!」
グラヴァスの体表を覆う“灰骨装甲”――それは物理魔法の両属性を半減し、
かつ受けた攻撃の魔力を“魔瘴”として再吸収する異能の装甲だった。
「なるほど、タンクとジェネレーターを兼ねてるってわけか……」
蓮が低く唸る。
「ならば――」
次の一手は、治癒魔法。
「《逆転再生・リバース=セル》」
自分自身に放つことで、“回復”と見せかけて自己肉体の動きを逆転させ、
筋繊維の瞬間再生によって物理限界を突破する。
超人的な脚力で再び跳躍。
真上から――
「《零点収束・フォトン=エンド》!!」
光子を一点に集中し、物質振動ごと“装甲を内側から爆砕”する魔法。
炸裂。
閃光とともに、灰獣王の肩装甲が粉砕された。
咆哮。
だが、同時にグラヴァスの表情が歪む。
「オオ……痛い、ぞ……だが、これだ……これこそが、命の味だ!!」
叫びながら灰瘴を全開放。
戦場全体が黒く染まり、兵たちが倒れていく。
──その時。
「レオンッ!!」
駆け寄るルフェイ。
癒しの光が、戦場を包んだ。
「《癒響連結・セレスティア》!」
回復対象を限定せず、周囲の生命存在に均等配分する広域再生魔法。
だが、彼女の額には大量の汗。
「くっ……魔瘴の濃度が高すぎて……っ!」
その後方では、リュミエールが魔族副将と一騎打ちを繰り広げていた。
「あなたたちの好きには……させない!」
彼女の剣は、すでに騎士の“剣”ではなかった。
それは人として、彼を“守る”ための刃だった。
蓮は見た。
仲間たちが限界の力で踏みとどまり、必死に命を繋いでいることを。
だからこそ、彼は言った。
「……これが、“戦争”ってやつか」
その瞬間、彼の剣が輝きを変えた。
金と蒼の混合光。
誰かを“殺す”ためではなく、誰かを“救う”ための刃。
「《神域解放・ルミナ=サンクション》」
彼の肉体から、文字通り“聖域”が展開される。
その中では、魔瘴は霧散し、兵の傷が自然回復し、
魔族の身体が腐蝕し始める。
灰獣王が吼えた。
「オオオオオオオオ!!! それが、神の加護かァア!!」
だがその咆哮に、蓮はただ言い放つ。
「違う。“人間の意志”だ。俺は、俺の力で、ここを生かす」
その言葉に、魔族副将が怯み、
佐伯が初めて眉をひそめた。
「……やはり、君はまだ“人間を信じている”んだな、蓮」
それは、次なる衝突への“宣言”だった。
戦場は続く。
だが、この日、勇者という存在が“伝説ではなく現実”になった瞬間でもあった。




