第十話:再会、静かなる決意
王都の夜は、重たく沈んでいた。
空には雲ひとつなく、星々が瞬いているというのに、空気は奇妙な緊張を孕んでいた。
その張りつめた空気を割くように、一人の男が王城の中庭を歩いていた。
蓮──レオン・アサクラ。
勇者でありながら、命を狙われる立場となった男。
神託の真偽、王族の思惑、教会の陰謀、すべてが彼の命を中心に渦を巻いている。
「……来ると思っていた」
低く、穏やかな声が背中越しに響いた。
振り返ると、月光の下、リュミエールが立っていた。
肩にかかる金髪は風に揺れ、剣を帯びたその姿は、凛とした威厳を湛えていた。
「剣、持ってるんだな」
「王族である限り、常に」
「……俺を斬りに来たのか?」
問いは、静かだった。
挑発でも、皮肉でもない。
ただ、ありのままの可能性として。
リュミエールは答えなかった。
だが、その沈黙がすべてを語っていた。
「神託であろうと、王命であろうと……俺を殺したいと思う奴は、何人もいる」
「……」
「だけど、お前は、その剣を抜かなかった」
その言葉に、リュミエールはようやく目を伏せた。
「私は……あなたを、見極めたいと思った」
「見極める?」
「あなたが、本当にこの国を“壊す者”なのか、それとも……」
「……救う者か、って?」
蓮は、ふっと笑った。
それは疲れ切った医者がふとこぼすような、諦観と哀しみに満ちた微笑だった。
「俺は、誰も救えなかったよ。あっちの世界でも、こっちの世界でも」
「それでも、ルフェイは救われた」
「……あいつが勝手に俺を見つけて、勝手に救われたんだ」
「それでも、救ったのは、あなたです」
リュミエールは一歩、彼に近づいた。
そしてもう一歩。
彼女の瞳には、剣士としての鋭さではなく、一人の“女”の覚悟が宿っていた。
「だから、私はこの剣を“あなたのために”振るう」
「……それは王族として正しい判断か?」
「違う。けれど、私の“生き方”としては正しい」
その言葉には、一切の迷いがなかった。
かつて忠義に生きた“姫騎士”は、今この瞬間、“ただのリュミエール”として、自らの意思を口にしたのだ。
「……ありがとう」
蓮の声はかすかだったが、その奥には確かな熱があった。
そして二人は、何も言わずに夜空を仰いだ。
静寂の中、かすかに響いたのは、星を貫くような異音。
遠く、北の空に赤い光が上がった。
まるで、夜空に突き刺す槍のように。
「……これは……?」
「魔王軍からの“開戦の烽火”だ」
背後に現れたのは、綾香だった。
黒の外套をまとい、戦場に赴く将のような鋭さをその目に宿している。
「東方境界線、アヴァロン断層地帯で、魔族軍二万が進軍を開始。
王国だけでなく、南連邦、アレクディア帝国にまで飛び火する規模」
「……つまり、ここからが本当の地獄だってことか」
「ええ。選んでください、蓮。
“誰を守るのか”、そして“何を壊すのか”」
静かに、魔導紙が蓮の手に渡された。
それは、王国・教会・帝国、三勢力による緊急合同会議の招集文書。
そして最後に、こう記されていた。
『列席資格――勇者および聖女』




