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白亜終末紀行  作者: 終乃スェーシャ(N号)
 二章:ここでは終末をとうに迎えた世界のありようと、ある力のない少年の諦めと藻掻きについて語られる
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ここでは終末をとうに迎えた世界のありようと、ある力のない少年の諦めと藻掻きについて語られる 2/?

 ――半日ほど歩いてルカの拠点に辿り着いた。


 荒野の岩陰に残ったなんてことのない廃墟のビルかと思ったが、中に入ってみると彼の集めたガラクタが部屋の体を成していた。


 車のシートを引っぺがした椅子。煤けたテーブル。ベッドはないが、雑誌を積み重ねてボロ布が敷かれている。


「どうだ? 悪くはないだろ。しかも地下を見てみろ。驚くぞ」


 言われるがままに薄暗い階段を降りると、かつては地下室だっただろうそこは透き通った水に沈んでいた。


「……いい場所だね。安全な水場ってだけで価値があるよ? 見つかったら殺されちゃうね」


「だろ? 誰にも教えたくなかった……」


 ルカは諦めたように脱力した。


 そしていつの間にか部屋に置かれたサンドワームの切り身を前に辟易しながらも無言の眼力に気圧されて火を入れていく。


 ハクアは躊躇いなく蟲の肉を噛み千切ると、小さなほっぺには見合わない大きな一口で黙々と食べ始めていた。


「……おいしい。でも味付けはほしいな」


 ジトリと見透かすような眼差しを向けるだけで、ルカは呆れながら塩を振りかけた。


 恐る恐る自身も蟲の肉を口に運んで、何度か咀嚼してからは黙々と食べ始めていった。


「……暇だし、助けたお礼のつもりで話が聞きたいな。ルカくんはどこから来たんです? 私、近くの都市に行きたいんだよね」


「…………ウェル・チアーズ・フード社管轄都市から逃げてきました」


 でっかい企業は安全圏に都市を築いて、王様気分で支配している。


 ウェル・チアーズ・フード社は食品関連の異常な技術を……特異点なんて呼ばれ方をしているものを持っていた企業だったか。


「あの街は特別厳しい法律もなかったと思うけど、どうして逃げちゃったの?」


「ハハ、都市がよかろうとその恩恵を受けられるのは本社に所属してるやつだけだ。〚かがり火協会〛は恨みを買うことも多い組織だったんだ。まぁ誰かに依頼されて人を燃やすことも多かったからな」


 ルカは鋭い視線で、割れた窓の向こうに広がる地平線を睨んだ。


 ぎゅっと強く握られた拳が炎を帯びて、空気を歪め揺らしていく。


「……誰かが〚リード協会〛を雇ったんだ。俺は偶然そのとき外出してて、戻ったときには支部が壊滅してた。知ってるか? 奴らがなんで〚リード協会〛なんて名前なのか」


 彼らが雇用者に忠実な猟犬だからだ。所属する者は例外なく人狼の尾と耳を生やし、人外じみた膂力を得て白昼堂々、人を殺す。


 そして、殺害した相手を首縄で吊るし上げるから。〚リード協会〛。


 ハクアはこくりと頷いた。……彼らは弱くはないだろう。


「…………皆、皆死んでた。それも全員、支部の正面口に晒しものみたいに吊るされてた。俺の上司も、一緒に飯を食おうと約束してた部下も、……俺の妹もな」


 ルカはいっそ顔を歪め、泣こうとしていたが、瞳は枯れ果てて、涙はもはや流れることもなかった。


 開き直るように彼は、会ったばかりのハクアにありきたりな悲劇を打ち明けて、妹の写真も見せた。


 ルカに似た、可愛らしい少女だった。


 彼の年齢からして、きっと20年も生きてはいないだろう。


「俺が戻ったとき、ちょうど最後の一人が吊るされたところだった。奴らは帰ろうとしていて、背中もがら空きだった。……なのに、俺は隠れてたんだよ。ビクビクと、情けなくな」


 この世界ではよくあることだった。


 ありふれた死。ありふれた理不尽。


 きっと彼自身がそのことを一番理解しているだろうけれど。


 その緋色の双眸は、ビクビクと隠れていた者の眼ではなかった。悲劇を受け入れて、次に進もうとする者の眼でもない。


 怒りを到底呑み込めず、憎悪と苦痛に濁らせながら、鋭い光を宿していた。


「…………それでルカくんは逃げた。ううん、逃げたと言い張っているんだね。本当は無茶苦茶に暴れて、復讐する気なのに」


「随分とずけずけと踏み込んでくるんだな。……そうさ。俺は〚かがり火協会〛なんだから、全て燃やし尽くすべきだろ? 合理的かどうかじゃなくて、俺はあいつらの人生が地獄になることを望んでるんだ」


『ならどうしてこんな荒野のオアシスで生活しているの? ここは……とても穏やかだと思った。それにハクアが、君の手作りの椅子に座った時、まんざらでもなさそうだった』


 薔薇が純粋な疑問をぶつけると、ルカは俯いてしばらく黙り込んだ。


「私も気になります。ここはいい場所ですから」


「…………ここは、俺たちの秘密基地みたいなもんさ。外で任務があったときは、よく中継地点にしてた。……都市にいたら、諦めちまいそうだろ? 生きるだけなら他に色んな道があるからな。けどここは……一人で過ごすには些か広すぎる」


「おかげで私はゆっくりできてるけどね。サンドワーム美味しかった。このあと水浴びしてもいい?」


 同情も哀れみも、求めてはいなかったが。そんな感情が欠片もないようなハクアの素振りに、ルカは呆れるように引き攣った笑いを零した。いっそ、肩の力が抜けさえしていた。


「勝手にしろ。怒るやつももう生きちゃいねえ」


 ハクアは無警戒に服を脱ぎ始めた。


 とはいえもとより布切れ一枚のような服装だったが。隠すものを躊躇いなく脱ぎ捨てて、猫の尾を揺らしながら地下の水場へ降りていく。


「恥じらいとかないのか……? お前」


 ぎゅっと強く目を瞑りながらルカは尋ねたけれど、ハクアは何も言わずに肯定の頷きを示した。……ルカにはそれも見えてはいないが。


「死ぬ前に女の子と水浴びできてよかったじゃん」


 付け加えられた無感情な一言にルカは顔を歪めた。


「恥じらいもねーやつと一緒にいたって嬉しくはねえよ……」


 ルカは諦めた様子でハクアと向き合った。


 白い肌。華奢な体。飄々と揺れる猫の尾。姿は子供のようだったが、彼女の翡翠の双眸は、長い年月を生きて達観したような老いた眼差しにも思えた。


「じろじろ見ないでよ。えっち」


 ハクアは恥じらいとやらをしてみせたが、ルカはむしろ嫌気が差すように深くため息をついた。


「……俺は真面目に打ち明けたんだ。お前が聞きたいって言うから、だってのに水浴びはないだろ」


「汗掻いたし。君の復讐を手伝ったってきっと意味はないし。同情したってしょうがないし」


「……それはそうだが」


「でも私は話ぐらいは聞けるよ。君は分かってるんだ。許せない気持ちでいっぱいだけど、復讐なんて望まれちゃいないって。頭のなかがぐちゃぐちゃなんでしょ。どうしたらいいかわからない。どん底に落ちて、真っ暗になって、前に戻る方法もわからない」


「他人事のくせに、ずいぶんわかった気でいるんだな」


「長生きしているといろんなことがあるから。全部、全部、飽き飽きしちゃうぐらい」


 ハクアは水面に映る自分を見つめた。少し、しょんぼりしているように見えた。


 ルカにはもっと深刻そうに映ったのか、彼は自分のことで精いっぱいのはずなのに、何か言葉を掛けようとした。


 不器用で何も浮かばなくて、手は虚空を掴んだ。


「俺よりあんたのほうが話とやらをすべきだったんじゃないか?」


「今の君に話しても、上の空な気がするし」


「わかってるじゃねえか。あんたの言ったとおり、生憎、俺の頭のなかはぐちゃぐちゃなもんでな。どうしたらいいかわからなくて、俺はずっとここで燃え上がりもできずに、燻ってるんだ」


 鬱憤を洗い流すようにルカは頭から冷水を被った。


 激しい水音は一瞬で、二人が沈黙すると髪から滴る水滴の音だけがポタポタと鳴っていた。


「それに、私の話は長いんだ。とってもね」


「確かにあんたみたいな老いぼれの話じゃ日が暮れるだろうな」


「…………私、年齢言ったっけ」


 ハクアは耳を畳み、頬を赤く染めたが、ルカは鼻で嗤うだけだった。


「まぁ、リード協会の連中を燃やしたらあんたの話を聞いてやるよ。その時には頭のなかのぐちゃぐちゃも消えてるだろうから」


「……生きて帰れるつもりなの?」


「俺一人じゃ無理だろうから、有り金使って〚血戦報復事務所〛の奴らに依頼する」


「私も手伝おうか?」


「…………いや、結構だ。あんたは見た目だけは俺の妹と似てて、なんだか気が引ける」


「ふふ、可愛い子だったもんね」


「そういう可愛くねーとこは似てたよ」


 そう言ってルカは上に戻っていった。

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