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白亜終末紀行  作者: 終乃スェーシャ(N号)
 一章:ここではメタフォージ炉心発電所で起きたありふれた事件と青年のある決断について語られる。
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ここではメタフォージ炉心発電所で起きたありふれた事件と青年のある決断について語られる。1/3

 一章:ここではメタフォージ炉心発電所で起きたありふれた事件と青年のある決断について語られる。




 灰色の夜空を見上げると巨大な四基もの炉から黒い霧が溢れ出ている。


 高純度の酸素と窒素を形成する薬品槽から響く重低音。


 巨大なマニュピレーターによって撹拌され続ける焼却物から漂う異臭。


 拒むように防塵マスクを身に着けようとも、それ自体が鼻腔を突き刺している。


 ……言うなればここは鬱屈の巣だった。


 多くの人が企業の保護化に入れただけでも運がいい、幸せなことだというが、幸福かどうかは当事者の視点から比べるもので、結局、オブロフ・ロカンタンにとってはここも救いのない場所の一つでしかなかった。


『出勤を確認しました。本日の業務は午前八時までとなります。参番炉点検後、全てのストレーナーの清掃を行なってください』


 防護服に着用すると不快な機械音声が響いた。


 企業に加入できたとはいえ勤務先は都市の外郭近辺の荒廃した地域に建てられた焼却場だった。


「はぁ……」


「オブロフ、今日も冴えないな。まだ管理長に怒られたのを気にしてるのか?」


「……当たり前だろ。うんざりだよ。何十ものモニターをたった一人で見るなんて不可能だ。管理職の責任だろ……? なのにもう清掃員に格下げだぞ」


 メタフォージ炉心発電所の清掃員は死亡率が高い。


 都市から出るあらゆるものを燃やし消し、電力そのものに変換しているだけの場所だが、集積物の窃盗を目的とする解体屋。都市の外から寄ってくるイエクイムシ。対立企業の妨害工作。……外敵は多い。


 直接その場を出歩くのは地雷原を移動しているようなものだろう。


 価値を等価交換する特異点だのなんだのと、特別で素晴らしい機械も用いていようが、下っ端にとってはただの死地だった。


「気を病むなよ。清掃員なら攪拌廃棄物を多少持って帰ったってバレねえぞ。皆やってる。副業みてえなもんだ」


「人が運べる量じゃ飯代ぐらいにしかならねえだろ……?」


 愚痴を零しながら業務についた。


 ――点検。異常無し。


 ……異常無し。


 …………異常無し。


 正常状態と比較して数値の誤差に異常が無ければ次を確認する。


 それを繰り返す。……作業自体は単調なもので、同僚達は何も喋らない。


 異常の言葉を聞くのは大抵誰かが死んだ時だった。


『参番焼却炉廃棄物攪拌区画にてイエクイムシの発生。清掃を行ってください』


 オブロフは辟易としながら熱鎖工房協会の電動鋸を構えた。


 頭部防具を深く被り直しながらエンジンを引くと内部のメルテル燃料が破裂音を響かせて刃を振動、回転させ始める。


 命令には逆らえない。急ぎ現場に向かうと数百トンものゴミ山の隅で血の海が湯気を立たせていた。


 転がり、伸びきった腕はまだ痙攣していて、防塵マスクの奥で浅い喘鳴が聞こえる。……まだ生きていた。


「……オブ、ロフ……悪ぃ……しくじった。たすけてくれ……」


「悪い……無理だ。あんたもう助からねえよ……」


 嘘をついた。最優先に処置を行えば間違いなく助かる傷だ。だが、そんなことをしていれば自分の身を危険に晒すだけで。


「……ほんとうに俺には助けられない。すまない」


 そんな言葉を言い訳にして無視し、彼をこんな風にしたイエクイムシと対峙する。……虫なんて言われているが肢も節もない気色のわるい怪物だった。


 蛇のようにうねる細長い軟体。だが体長はゆうに五メートルは越えている。その先端に付いた螺旋状の二枚貝で、地中とゴミ山を穿孔しここまで迷い、人ごと掘り上げたのだろう。


 ギチ、ギチと。鳴き声にも似た摩擦音を響かせて、イエクイムシはオブロフめがけて鋭い貝殻を突き放った。咄嗟に身を引いて回避する。


 ――おじさんを背負っていたら避けられなかった。


 そんなふうに自分に言い聞かせる。


 ゴミ山を踏みしめ、回転刃を振り下ろした。柔らかな肉にノコギリ状の刃が食い込んで、駆動し、びちゃびちゃと激しい水音を響かせて血肉を撒き散らしていく。


 イエクイムシは抵抗するようにのたうち回った。しなやかな巨躯が周囲を薙ぎ払い、殴打しようとするなら即座に屈み斬りながら重撃をいなし避ける。


 後方でさらに数名の呻きが響いた。臨時収入が増えたようなものだ。彼らの装備は金になるだろう。


 そう言い聞かせて救助よりもイエクイムシの駆除を優先し続けた。


 斬って、退き、斬っての一撃離脱を繰り返す。全身に怪物の体液を浴びて、磯臭さとゴミの異臭で鼻がねじ曲がりそうになった頃、ようやく巨躯の蠢きが収まった。どさりと、倒れ動かなくなる。


「はぁ……。はぁ……。これからずっとこんなかよ……クソ」


 悪態をついてこみ上げる吐き気を抑え込む。


 ――まだストレーナーの清掃点検は終わっていない。業務を開始してから、まだ一時間しか経っていなかった。






『業務交代時間です。お疲れ様でした』


 無機質な声が終了を告げる。


 シャワー室の薬液を浴びて休憩室に出ると、同僚達が煙草を吹かしながら見覚えのない少女を作業デスクに組み伏せていた。


「離せ! 私に手を出したら企業が黙ってない……! メタフォージに報復措置がくだるぞ!」


 上擦って震えた声。少女は涙目になって、黒く艷やかな髪を乱し喚いていたが男たちは構う様子もなかった。


 すぐに手首に拘束具を巻くと、喧しい口を黙らせるように頭部を掴み、叩きつけていた。


対立企業パラポネラの奴か?」


「事情は知らんが敵の諜報員だ。あとで身柄は渡さなきゃいけねえが、生きてりゃどうしたっていいわけだ」


 彼らは少女のキュロットとレギンスをずり下げながらケラケラと嘲った。すらりとした脚と丸みを描いた白い布地が露わになる。


 オブロフは唾を呑んだ。釘付けになった。


 少女の分厚い防弾コートがその辺に置き捨てられ、フォルト社製の拳銃やナイフが押収されていく。腹部の柔肌も華奢な肩も晒され、彼女はあっという間に無防備になった。


 バタつく足は床を踏むこともできず、無数の手が乱暴に掴み押さえていた。


 ただ一人だけ少し離れた距離で傍観していたからか、少女は縋るようにオブロフに視線を向けた。


「……たすけてください」


 ぎゃーぎゃーと罵倒を浴びせていた口は歯を震わせることしかできなくなっていた。


「はは、嬢ちゃんはこんな世界に何を期待してるんだ? こいつが人助けなんてするわけねえだろ。命の恩人が怪我をしたって見殺しにしたやつなんだぜ」


 その通りだった。だれかを助けようとすることは、その人のリスクを代わりに背負うことに他ならない。可哀想だとは想うが生き残りたいなら見捨てるべきで、だから世界のルールに従った。


「オブロフ、お前も楽しもう。この女がしくじったのが悪いんだ。俺達がなにもしなくたって結末は変わらねえ。悪く思う必要はねえんだ」


 無骨な手が腰を撫でる。怯えるように肩が跳ねていた。そんな姿がどうしようもなく劣情を撫でて、言い訳ばかりの自分を嫌悪しながらも甘い誘いを断ろうとも思えなかった。


「……悪く思わないでくれよ。言うなら俺達は狼なんだ。狼には狼の生き方がある。群れに逆らわないとか、弱ったやつを見捨てるとか」


 オブロフはまた言い訳を重ねた。

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