五十七話
テトが現れたことで古木の竜は一見して大人しく見えるが、テトに対して何か話しかけているのだろう、テトもそれに対して返答を重ねている。
「スピラ、僕が古木の竜に命令すればテトとの会話はスムーズにいくと思う?」
「貴様のその不可思議な魔法は万能ではなかろう?」
先ほど回廊の付箋とのやり取りを思い出し、対策されれば案外どうにかされてしまう程度の万魔に呆れる。
しばらくして話し終わったのか、こちらにテトがやってくる。
「爺が何を言ってるかわからん!フィンが話せ!」
「僕は竜と話せないんだけど…?」
「私がいるから安心しろ!」
通訳してくれると言ってるのだろうけど先ほどまでの会話も教えてくれると嬉しいのだけどそれも含めて聞けばいいか。
「なんで僕達を攻撃したのか聞いてくれる?」
「儂は約束を守っているだけだ」
本当に通訳だけをしてくれているのか。それなら普通に話すように対応できる。
「約束の内容は?」
「四天王結束時の約束である。誰も欠けることなく魔王を支えると」
「回廊の付箋は生きているよ安心してほしい。嘘の看破ができるスピラもいるのだから保証するよ」
「儂もそうだが長命種として続く歴代の定めに従うことだ贋作が何をしてもそれすら無意味となる。だが言い分は理解しよう。だからこそ贋作に出来ることなど何もない」
定めに関しては分からないが贋作と言うなら回廊の付箋はいいのかと言いかけあっちは完成品だから良いのかと考える。
僕が贋作呼ばわりされてるのはオリジナルのフィンが死んだからと考えるべきなのだろうが分かったつもりになっていたが僕とフィンではそんなに違うのか。
「その贋作が魔王になるのなら文句はないんじゃないのか?」
「先代は曲がり曲がっても王であった。その覚悟すら無く贋作が民を従えれるなら認めよう。しかし儂の仲間を傷つけるのであればそれは約束を違えることとなる」
「その仲間が、回廊の付箋がスピラを傷つけてきたことを無視しておいて今更都合が良すぎる話しをするなよ」
「命そのものを消すとなれば話しは変わる」
いっそこの老害も殺すべきかと考えたが、そうなった場合テトが気になる。
誰かを殺すと誰かが悲しむという。話し合いも相手の約束だのなんだのと今までの関係性が邪魔しているに過ぎないんだ。
「僕に古木の竜の気持なんか分かるわけがない。お前も僕の気持ちを理解できないように、それでも周りにいる仲間や家族を大切にしたいと思うこの気持ちをお前は分かるはずだ。テトから聞いたよ竜は沢山の家族に囲まれていること。その心が傷付いているのをお前はただ見るだけなら邪魔をしないでほしい」
諦観しているだけなら何も変わらない。僕はまだ悲しい顔をしているリビリアとレアラしか知らない。本物がたとえどのように選択していたかなんて僕には分かりようがないんだからそれでいい。
「もしも僕が贋作で邪魔だから殺すというのであればそれこそ何のための四天王だ。僕が魔王になったのなら最初の命令として四天王なんて存在は即座に解散だ。約束もいらない、存在も勝手に生きたければ生きればいい。僕も僕で邪魔なものは殺して進む。これからでもやり直せることがあるならやり直していけばいい」
元から回廊の付箋を殺す気でいたとはいえ無駄に終わった話し合いもしてやったのだ。これ以上の義理はないだろう。
「約束に拘って本質を見失うほど年老いたのなら世代交代だ。支えるその翼が朽ち果てたことを理解して余生を過ごしていろ」
「我にも耳が痛いのう…」
別にスピラに言ったわけではないのだが何か心当たりでもあったのか苦笑いをしている。
「そこまで言うのなら生きて行動しろってさフィン。私は何が起こってるか分からないが爺は難しいことを言うんだ…だからあまり気にしなくてもいいぞ?」
「十分だよテト、古木の竜は気にしなくてもいいと思うけどこれからやっていかないといけないことが色々あってどうしたものかと今から疲れるよ」
これから僕が死ねば記憶が無くなることとリビリアがもう一度フィンを作ることを考えたらリビリアをどうにか説得しなければならないだろうがフィンはリビリアを怒らせてしまっている。多分何かに失敗したのだ。
その失敗が何かは分からないがそれでも今回の件を含めて説明すればなんとかなるだろうか?もしそうなら話しが簡単すぎる。それなら僕を作ることなんてしないでそれこそ諦めてもおかしくはないんだ。
それとももうすでに殺してしまった兄弟がいるからもう話し合いで解決なんてできないのかもしれない…。手遅れの状況から僕が始まっているのなら今更何をしても無駄に終わることだろう。
だからこの命になんて意味を価値を見いだせない。古木の竜が生きて行動しろと言ったのはある意味で今の僕が一回だけの存在になってしまうからだろう。
ただそれでもいいと思える。僕がやらなければいけないことは僕が死んだ後の出来事になるのは確定している。回廊の付箋よりも早く僕の方が死ぬ時点で僕が無駄に死んでも生き残った者たちが無駄に終わるとは限らないのだからそれを諦めさせてはならないのが贋作の役目だろう。
「テト!スピラ!明日の昼頃に全員を集めて話したいことがある!」
直接手を下さずに都合の悪くなったときに口を挟んで迷惑な存在を伝えなければならない。リビリアを説得するために僕が最悪また殺された時を考えなければならない。
そして曖昧とはいえフィンの記憶を保持しているだけの偽物であるということを伝えなければならない。
僕達は寝室にいるレアラの所へ行きテトが少し動揺していたが生きてることを確認した時点で何が起こっているのか分からないという目線をこちらに向けてくる。
多分説明を求めているのだろう。それについて話すにしても全員まとまってるときのほうがいい。
「私は今が続けばそれでいい。爺の言うことは気にせずともいいんじゃないか?」
何も言わない僕に痺れを切らしたのかテトは話し始めるがスピラが首を振る。
「我らがそれでよくてもフィが決めたことだ。我も同意見だ…何をしても――」
「何かをしなければ僕達はずっと変わらない。諦める理由を探すよりも諦めない理由を探す方がもっと難しい。僕が偽物だと知っていながら苦しんでいる姿を見るのはまるで淀んだ空を見ているようで嫌なんだ」
言葉にしながら僕が自分の気持ちを確認していく。
そうだ。僕は嫌なんだ。
隔離塔で何度も何度も飽きずに見上げていた淀んだ瘴気にまみれた空を何度も見ていて書物に書かれた美しい空なんて見たことがない。
今、外を見れば少しずつ太陽が昇ってきているのだろう。それでもまだこの空は淀んでいて僕が見ていたころよりも瘴気は薄れているがまだ汚く太陽の輝きも瘴気でとてもではないが綺麗とは言い難い。
これをしたのがどうやってか知らないが僕の知らないフィンの知ってることだと言うのがとても悔しいと思えるほどに感情が揺れ動く。
たとえどれだけ血に塗れても自分の意思でリビリアに背いたフィンが。リビリアから愛されていたのだろう。レアラもテトも慈しんだことだろう。勇者たちや要塞で兵士たちに信頼を貰っていたのだろう。
僕がそのおこぼれに預かってるだけに過ぎないのはもう認めなければいけないことなのだろうとも分かっている。偽物が本物にどれだけ真似しても僕には悲しい顔をするレアラもテトも殺したくないんだから。
レアラに近づいてそっと頭を撫でるとゆっくり寝息を立てている。僕が眠らせたこととはいえ、ちゃんと起きてくれるだろうかと不安になる。
「撫でられるのは…初めてのことでした…」
まだ時間でもないのにゆっくりと目を開くレアラを見て驚く。外をもう一度見るがまだ時間ではないはずだ。
「僕の命令を聞いていたんじゃないの?」
「フィンは自分の血統魔術を分かっていませんね…?赤子に命令したことはないのですね?」
「まるでそのことも知ってるように言うってことは僕の能力を知ってるの?」
「相手にとって一日眠れと言えば竜に使えば一年は眠ることになります。テトに使っていたら少なくとも半年は眠っていました?魔族にとって一日という概念はとても短いものですよ?」
「だから一日経たずに今起きたんだね」
「もうとっくに起きてました…ただ私も疲れました。どうすればいいのか分からないのですよ?陛下の時を思い出します」
撫でられることがそれほどに心地いいのか穏やかな顔でそう告げる。
「起きてるならさっさと起きろ!紛らわしい!」
「我も心配したのだぞ!唯一まともなのは貴様しかおらんのだぞ!」
「待て霊長!私もまともだぞ!それとも変なのか…?」
「貴様もまともだが感覚が魔族と離れておる。先ほどのレアラの話しでも出ておったろ?」
二人が大きな声で怒鳴るものだからレアラ少し困ったように笑い起き上がる。
「フィンが戻ってきたのならそれでもいいのですよ?ただフィンは外に出ると私やテトでは抑えられないほどやんちゃするようですね?」
レアラも何が起きたのか説明を求めていることだろう。もう起きているのならそれはそれで後は人間たちと合流するだけで話しをまとめるだけだ。
そもそも今回においての反省も踏まえて回廊の付箋に対して考えることもある。だからこそ僕は全員に話した上でみんなの意見が聞きたい。
「レアラの体調が大丈夫なら勇者たちのところへ行こうか?」
僕が勇者という言葉をしたときテトが少し寂し気に見えたのは間違いではないだろう。
最初に殺気を出していたのは僕が偽物だとテトも知っていたからだ。
それでも優しく接してくれていたのはテトの優しさか。
「フィンは本当に勇者たちを大切に思っているんですね?」
「そう聞かれると困るけど、僕はフィンがやろうとしてたこととは反発しているだろうし」
本物ならここにテトとレアラがいる時点で命令していたことだろう。
そうではなくても先にもっと作戦でも考えていたかもしれない。それを想像しても僕が答えを出せるとは思えない。
「少なくともフィはレアラを殺すことを最後まで躊躇っていたぞ。ギュスターヴは知らんがゴドーの時も我が余計なことを言わなければ自滅覚悟で挑まんかったろう」
ぞんざいな扱いをされているギュスターヴに少し同情するが、ギュスターヴが本気で僕を殺そうとしていたなら恐らく殺されているんじゃないだろうか。
勇者たちの場所は分からないのでスピラとテトに呼んできてもらうことにしてレアラと僕は食堂があると言うので先にそこで集まることになる。
正直二度手間だとは分かっていたが、レアラの知識はどうしても借りたいので待っている間に僕が知ってることをレアラに伝えておく。
「おかしいですね?」
「どこがおかしい?」
「回廊の付箋がそこまで考えているなら何故四天王として行動してるのかですよ?」
「その方が魔族を動かしやすいと考えてなら不自然じゃないと思うけど」
「四天王の成り立ちは真の魔王である勇者と共にいたからです。当時を考えるなら霊長から聞く方が早いでしょうが、では最初の魔王とは普通の魔族だったはずですよ」
そう考えると魔族を勇者と一緒に殺しまわって新たな玉座に座ったということだろうか。
ただ勇者と一緒にいる魔族と竜という時点でおかしいとなるのか。
「フィンは確か歴史書はある程度は知ってるんでしたか?ただ間違ったことを教えられていると思いますよ」
「僕が知ってるのは伝承みたいなものしかないよ。そもそも不完全な僕では正しいかも分からない」
「この際、魔王が倒した者を原初の魔王としますよ?実際には何代と続いたとは思いますが。それを踏まえて話すなら原初の魔王は勇者が出向いたこともあり相当過激派だったことでしょう。ということは回廊の付箋が危惧したのは魔族と人間と亜人のバランスに問題があるというフィンの着眼点は良いと思います」
やたらと均衡を保って自分の命を最大に守っている回廊の付箋を僕が殺したいという意思を汲み取ってくれているのだろう。
「ただ回廊の付箋がなにをしなくても勇者は原初の魔王を倒す実力があったはずです」
「単純に回廊の付箋はスピラ達を言葉巧みに騙して仲間に加えたんじゃないの?英雄物語は僕も覚えてはいるけど一人でかなりの規模を倒しに行くなんて無謀だと思うよ」
「そうですね?ただフィンは思い違いをしていますが勇者は一人で最強と言っていい戦力ですよ?一点問題があるとすれば成長が遅いということです」
それは大器晩成とか言う奴だろうか。だとしたらアキは最強なのか?と思うも魔法を見せてもらったが天性の才能とでも言うかのように成長してるような気がする。
「アキのことを考えてるならフィンは人間と魔族の違いを考え直すべきですよ?人間にとって数十年はとても長く感じるものです。そして今のフィンにとってももう人間と同じ程度の寿命しかないのですよ」
「長命種との違いか、たしかにレアラに一日眠れと言っても感覚が違うと指摘されてたばかりだったね」
「それに今まで人間と一緒に過ごしてきたのでしょうが、テトと一緒にいるアキの成長速度は変わってると思います。私の推測でしかありませんよ?それでも強い者と一緒にいる方が真価を発揮するのですよ」
それなら別に回廊の付箋が魔族を引き連れて勇者を加えて原初の魔王を倒しに行くのは自然なことではないだろうか。
「強い者と一緒にいる…というのは戦いにおいても同じですよ。より強い者と戦えば勇者は成長していきます。特に原初の時代ではそれこそ苛烈な戦争が行われていたのだから強い者と戦い遥かに成長していたということになります」
ではレアラの言う通り何もしなくても原初の魔王を倒していたのか。
だとしたら何のために勇者と一緒に行動するようになったのかという話しになる。
「何度も言いますが推測ですよ?恐らく霊長に聞いても戦場を盤上の駒として見ていたのは回廊の付箋くらいなものでしょうから。勇者という戦力を持ち込むことが目的だったのではないですか?」
「というと?」
「原初の魔王を倒したのに横に魔族を仲間としている勇者を人間たちは同じ仲間だと思いますか?迫害させて魔王として新たな玉座に座らせることが回廊の付箋が最初に起こした目的です」
それなら現状も似たようなものだとは思うが。昔とは違ってある程度平和が続いたからそうでもないのだろうか。
「それじゃあアキもそうなるの?」
「ならないですよ。昔とは違って多少の交流もあります。なにより休戦まで持ち込んだのもアキですよ?この場合本来ならフィンがやってきたことなんですがヘレスが上手いことそういう風に話したはずです」
ということは隣に魔族しかいなかった勇者を迫害したということか。
仮にヘレスやダルガン、ナナシがいなかったら同じことを繰り返していた可能性もあるということになる。思えばフィンは何故彼らを生かしておいたのか不思議ではあるな。




