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五十六話

 夜に来る場所ではないなという感想を抱く。


 スピラの案内で魔力が視えるから付いていけるが暗闇で外を出れば明かりのないこの場所では迷ってしまいそうだ。


「ここだ」

「案内してくれてありがとう。ここまででいいよ」

「帰りはどうするつもりだ…待っているから行ってこい」


 むしろそれまでここで待つのは暇じゃないのかとも思ったが暇には慣れているのだろう。


 ドアを開けて中に入れば本の、紙の独特な香りが充満している。薄ぼんやりとしたランプの明かりのその中で階段の踊り場にて待っていたかのようにこちらを見ている頭に角が生えている魔族だ。


「回廊の付箋かな?」


 僕が聞けばその返答もないままただじっと見つめてくる不快な視線。ずっとそこに立っていたのか、それとも僕が来ると知っていて待っていたのか。


「どうして僕が万魔を使って質問しないのかすら聞かないんだね」


 いっそ喋らせた方が早いかと思い命令しようとした瞬間に口を開き始める。


「勘違いをされていませんか?」

「なにをかな?」

「回廊の付箋が企んだことなどと勘違いをされていませんか?」


 聞かせる者を視線以外で更に不快にさせるような声音で語りかける。それは本を読むかのように淡々としている。


「そうだね勘違いをしてるのかもしれないよ。ただ少なくとも僕はどうやら君のことを好きになれないみたいなんだ」

「好き嫌いで殺しに来たのですか?レアラ様なら話し合いで終わるのに」

「どうやら僕はまた更に勘違いをしていたみたいだよ。『勝手に死ぬことと僕から逃げることをやめろ』」

「そんな気は毛頭もないですよ、えぇありませんとも。でなければとっくに逃げてると思いませんか?」


 恐らく聞けば答えるだろう。ただ聞くと言っても万魔を使ってだ。

 スピラは回廊の付箋を殺しても無駄だと言っていた。そうだとしても回廊の付箋が何を考えているのかは少しでも理解はできなくても判明するのではないだろうかと思う。


「違和感があるんだ。『リビリアに、もしくは亡き陛下にフィンの作り方を教えたのは誰かな?』」

「私ですね」

「普通に聞くよ。肉塊を作らせるようにスピラを仕向けていたの?」

「こうして発言を自由にしていただいた方が助かります。そうですね、少し勘違いをされてますがスピラが答えても答えなくても人間の勇者が魔王だと私が答えていましたね」


 まるでスピラの選択なんて関係のないかのように言うがスピラが答えなかったら他の者が答えるみたいな言い方のようだ。それでスピラが苦しむなら最初から自分で言えばいい。


「だとしたら僕は勘違いじゃないはずだよ。フィンの作り方を教えたのは君なんだから」

「いえ、いずれレアラ様の知識で作り方が分かっていたことでしょう。時間の問題でしたよ」

「そうなった場合主導権はレアラに委ねられる。それをしなかったのはリビリアと争わせるためじゃないのかな?それともレアラが代わりにフィンを作るようになったとでも言うのかな?」

「結果的にフィン様のストックが増えることになっていたとお怒りでしょうか?リビリア様は知った時点でこうなっていましたよ」


 問題が違う。リビリアが知ることになっていたとしてもレアラは止めることが選択肢に入っていたはずだ。


「結果は変わらないと言いたいの?」

「変わりませんね。あえて言えば今のフィン様が生きているのはあの段階でリビリア様が知ったからでしょう」

「人間は魔族として生まれたいと願ってもそうはならない。魔族が魔族として生まれても生まれたことは変えようがない。フィンが生まれたことは仕方のないことだったとしても悲劇が続くなんてことにはならなかったはずだよ」

「そうなれば夢潰えたリビリア様が自害なさるでしょう」

「いや、そうなった場合フィンは生きているんだよ。レアラの話しでは言い合いになって殺したそうだけど、それは作り方を知っていたからだ。レアラも知っていた場合それを阻止するよう動ける」


 過去のあれこれを話したところで今があることに変わりないのだから僕が考えるのはそうじゃないはずだ。

 元々何を聞きに来たのかという問題であって、こいつのしでかしたことは一旦置いておくしかない。


「これからどうするのが…。どうなるのが回廊の付箋の望みなのかな?」

「それこそ胸の内に秘めてある通りでございます。魔族の繁栄ですよ」

「どんな形でも繁栄すればいいと?」

「魔族とは何を持って魔族と言うのか考えたことはおありですか?」

「それを言うなら人間は何を持って人間というのかと同じことだよ」

「まさに同じことですね」


 だとしたら最初から魔族なんてどうでもいいに等しい。魔族の繁栄なんて言ったってやはりこの地上にいる生物全部殺してようやく回廊の付箋の目的が終わると言えるだろう。


「ただおかしいよね。それはわざわざそれこそ回廊の付箋が堕落の霊長が何か言わなくてもフィンが生まれなくても問題はなかったはずだよ」

「もう結論を出しているではありませんか。いずれそうなっていたと」

「言ったはずだよ、そうなっていた場合結果が違うって。君にとっては過程が違うって言った方がいいのかな」

「過程が違えど結末は変わらないというのは皮肉というものですね」


 だとしたらこれから変えていくしかないだろう。結末がたとえどんな形になるとしても、同じだったとしてもこんな上から物を見て生きてる者を少しずつ自分好みに操っている時点で気持ちの悪い話だ。


「『お前のストックは幾つある?』」

「数えたことはありませんが、万は超えるかと思います」

「『一つずつ壊せと命じて自害を命じた場合日数はどれくらいかかる?』」

「数十年以上はかかりますが五十年頂ければ可能ですね」

「そうやって自分は安全なところから高みの見物をしているのが楽しいのか?」


 僕が命じれば五十年でこいつは僕みたいに作られることなく死滅する。そこまで僕が分かったうえで聞いてみれば楽しそうにしている。


「フィン様はやはり勘違いされています。安全?そんなことないではないですか?今こうしてフィン様に命を握られてしまいましたから」

「じゃあもう一つ質問だよ…『僕はいつ死ぬのが決まってる?』」

「四十年ですね」

「結果的に安全みたいだけど?」

「結果を変えるのではなかったのですか?」


 元々僕が肉塊だったことも肉塊を作り始めたことも知ってるなら当然自分が助かるようにしているのか。

 しまいにはこちらは死んでしまったら記憶がリセットされるなんて欠陥品だ。


 どうせ聞いても欠陥品なのは分かる。リビリアの反応が過剰すぎたのは僕が記憶を保持していることに相当喜んでいたのだ。聞いて困ることではないが聞けば気持ち悪いのは変わらない。


 いっそスピラにでも頼んでみるのがいいかと思うがその間にこいつはこいつでストックを増やしていくんだろう。そもそも何十年もかかるほどストックを作るほど自分の命が大切なようだし。


「『お前の今の体はいつ死ぬんだ?』」

「明日ですね。少しは察していらしたのではないでしょうか?」


 リビリアに作り方を聞いてもオリジナルを知ってるのは結果的にこいつだけだろう。完成品の作り方を聞いてもどうせ僕ではどうにもできないことか?いやどこまで保険をかけて生きながらえようとしているんだ。


「こちらも一つ質問をよろしいですか?」

「どうせ欠陥品の気分はどうかとかそんなことでしょ。君にしかできないことと考えたら君の血統魔術こそが完成品なのかな?」

「そこまで分かっているなら十分ではないですか?血統魔術を魔力暴走せずに模倣できただけでもリビリア様は素晴らしい才能です」


 むしろ万魔の守護者…いやそれはレアラの作った万魔か。

 リビリアですら欠陥品止まりで再現できたのがすごいのだろう。だがリビリアですら欠陥品でしか成功しなかったと考えたらどれほど魔法を極めなければならないのか。


 こいつはこいつで僕の万魔が万能ではないことを知ったうえで喋っている。体が死ねば命令は解除されて新しい体でまた好きなように生きるのだろう。


 深呼吸をして冷静に考えなければならない。こいつに命令できる今のうちにできることはなんだ?次の生まれ先でも聞いて先回りか?そうして一つ一つやっても僕が先に死ぬ。

 リビリアが完成品を作るまで何度も…いや…。


「お前…僕のストック数を制限したのか?」

「リビリア様は実に見事な才能でしたので」

「『フィブラはどこまで関係している!?』」

「フィブラにはリビリア様に進言するよう手筈しただけですよ。フィン様は勘違いされております。フィブラは四天王統括の立場を持った魔族です。四天王とは実質的には無関係です」


 駄目だ、こいつの声による苛立ちと八方塞がりに陥る感覚が迫ってくる。スピラはよくこんなやつと会話していたな。同じ立場になってると考えるだけで寒気を感じる。


 とにかく自分の命に保守的になられているこいつを殺すことは不可能に近いということは分かった。

 今回は一旦それで良しとしよう。ただ今後も関わるのだとしたら今のうちに芽は潰さなければ何度も関わることになるだろう。


 スピラを呼びたい。今すぐにでもこいつが吐いた汚い空気に充満された空気を換気するかのように別の何かを感じたい。


 ただ恐らくスピラに限っては何度もこいつに手玉に取られたのだろう。殺すという手段を取らなかったにしても更なる絶望を与えて堕落を加速させるだけに過ぎないか。


 もっと落ち着け。こいつの最終的な目的を考えなければいけない。

 魔族の繁栄と聞こえは耳心地の良い物を並べてるがこいつが自分を繋いでいってる命がある限り魔族は滅びはしない。それどころかこいつが別の誰かを作り上げるなんてことすら出来る。


 リビリアが出来たのだ。こいつにできないわけがない。


 ここまで計算してるなら今から魔族が総出を上げてもこいつが生きて増える方が早いのだろう。均衡を保つためと…均衡とはこのことか?


「『お前がしてきたのは自分の命を脅かす存在の数を絞ってきたのか?』」

「そうですね繁栄とは間引きが必要ですから」


 命令以上に喋るのは最初に肯定否定した後何を喋るかも考えているから自然に聞こえるのだろう。

 僕が命令する内容すら考えを先に読んでいるならもうどうしようもないだろう。


「『お前の次に生まれる場所はどこだ?』」

「亜人の国にて生まれる予定ですね。場所はラニア王国のスラム街に埋めてある地面です」


 次に生まれても僕が間に合わない位置だろう。それまでにテトを向かわせて拘束する可能性も考えたが亜人の国となると地面を探して回る前に戦闘で掘って探してる時間なんて無い。


「これからお前はどうするつもりだ?」

「フィン様が今のフィン様で無くなる時まで様子を見ようかと思います」


 こいつだけは殺さなければならない。それが出来ないなんて呆れるほど無力を感じる。


 今の僕で無理なら次に期待するべきか、リビリアがどれくらい完成度を上げてくれるかは分からないが少なくともこの命では何の役にも立たないのだから。


「たとえ僕じゃなくても誰でもお前を殺すようにしてみせる」

「結局叶わぬことをやって寄り道になりますよ。ただフィン様を止めることは出来ない故、その道も同じ結末に変わりはしないことでしょう」

「『僕に付いてこい』」


 せめてレアラやテトに説明するために連れて行ってこいつ自身の口から喋ってもらおうと思ったが中々動こうとしないその姿を見て僕は動揺を見せてしまう。


 足がピクピクと動いて動こうとはしているんだ。ただそれが上手く動いてないような。まるで地面と足が固定されてるかのようになっている。次第に体の限界が来ているのか足から生々しい音が聞こえ回廊の付箋が足をそのままにしながら上半身で動き僕の元へ来ようとしている。


「お前…」

「フィン様は勘違いされております。全ての結末は何もかも同じなのです」


 痛みを感じていないわけではないだろうが変わることのない不快な声音を淡々と告げて動かなくなる。


 足の方を見れば床の方に魔術が刻まれており動けないように仕組まれているのだろうと推測して動いた場合は今の回廊の付箋のように足だけを置いて行かなければならないのだろう。


 最初からここから連れ出そうとすれば死ぬようにしていて、ここで話すにしてもレアラ達を呼ばなければいけなかった。


 僕がレアラに明日まで眠っているように命令したのも知っていたかのように動かれたと思うと気分が悪いが、テトを呼ぶ手段もあったはずだ。僕のミスだろう。


 書庫を出て深く息を吸い込み今までの気持ちを少しでも変えようと思ったが気分が晴れることはない。


「フィ、回廊の付箋はどうなった?」

「付いてこいと命令したら自害するように仕組まれていた」

「そうか…」

「奴の話しだと生きてるから問題ないよ。僕のように生き返るから。それも含めて全員が…レアラが起きたら話さないといけないことがあるからみんなが起きるのを待とうか」

「それは、回廊の付箋が同じようにか…考えればその可能性もあるのであろう。だが全員とはアキ達人間も含めるのか?」

「含めるよ」


 話さなければいけないことを頭の中でまとめようとするがどこから説明したものか。


 回廊の付箋が元凶であると話したところで果たして信じてくれるものだろうか。それ以前に僕の言葉をどれほど信じてくれるのかも怪しいものだ。


 スピラに案内してもらうようにお願いして城内に戻ろうとしているとそんな長い間話したつもりはないが日の光が差してきたのかなと明るさが目に感じてスピラが前方で僕を守るように立っている。


 何事かと光を見ればそれは炎だ。なんの?と疑問に思うも炎で視界がいっぱいになっている。


「スピラこれは?」

「知らん。古木の竜が王城の上で絡まっているかと思ったらいきなり炎を吐きおった」


 テトが僕に対して何かしたいと思った?いや、それよりも古木の竜が単体で僕を攻撃する意思を見せてきたと思う方が自然か。


 かといってこちらは攻撃される理由が分からない。古木の竜は今回の件に関して無関係だと思っていたが。


 スピラを見ても竜と会話することがそもそも出来ないからか特に話し合うこともなく攻撃を防ぐだけだ。


「爺!なにをしている!」


 本当になにをしてくれているのか通訳をこれからお願いしなければならない。

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