三十七話
砦としての機能はもうすでにないだろう。
ゴドーと戦った血だまりの戦場はすでに瓦礫の底にあり、僕が最後に見た光景とは違って頑丈だと思っていた南砦は入口を中心とするならそこから見事に壊れ埋もれていた。
ヴェル。ケミリ。ジョルジュ。レイモンド。彼らともっと接していたら僕は何か大事なものに気づけたのだろうか。
それこそダルガンの言う心というものの在り処を知ることができたのだろうか。
僕は瓦礫の上を転げないように注意しながら登って、庭となりそうな場所を探す。
あるとすればもっと奥の方だろうか?なんて思い、進んでいけば庭らしき場所へと降り立つことができた。
周りを見ればほとんど壊れた瓦礫が飛んできて地面が抉れていたりとするが鍛錬場とは違って手入れが行き届いてる草木を見て花畑を探すがどうにも見当たらない。
枯れたのか…。そんな風に思ったが茂みがちゃんと手入れされてあることとその茂み、草木?
それらが結構な範囲で広がってることに疑問を抱いて周囲を歩いていると草の入り口のような場所がありそこを潜れば黄色い花が沢山咲いていた。
なんという名前の花だろうか?立派な花畑の庭園があるという話しが資料には書いてあったがそれがどんな花なのか実際に目にしてみればなんてことはない。花だ。
中心には庭園を楽しむために用意されたのか日除け用に組み上げられた木材と、椅子が5個?
なんで椅子がこんなにあるのかは分からないが誰かがちゃんと手入れしていたのだとしたらいずれ枯れるであろうこの花を最後に楽しむのは僕かなと思い、花を見ながら中央へ向かう。
綺麗…だとは思う。よく見ればまだ蕾の状態なものもある。最近咲いたのかな。だとしたら幸運だ。
椅子に座り。まだ多少は淀んでいる太陽の光に照らされている花を見ながら息を吐く。
ゴドーにこんな趣味があるとは思えないが…何のために植えたのかは分からないな。
ましてこんな要塞に植えたとなるともしかしたら他の誰かが植えたのかもしれない。
僕は一日しか経ってないが多少は魔力が回復したかなと思い魔眼を発動しようとするがまだ頭痛が酷い。ただ我慢すれば魔力を可視化することはできそうなので周囲をもう一度見るが特に変わった様子はないのでそのまま魔眼を解除して息を再度吐く。
別段変わった様子はない。ただこれだけ立派な花畑だとすれば恐らく瘴気から守る結界か何かあるかと思ったが魔眼では認知できなかった。
地面…土に何か仕込んだのかな?と思うがこれ以上魔眼を使う気にもなれなかった。
別にこれを知ったからと言って何かに活用できるとは思えないし、僕がこれから花を愛でるなんてこともないだろう。
人間は戦いに勝利したとき酒を嗜むと聞く。魔族にそういう習性は聞いたことがないが魔道具を扱う連中が活用してた建物は酒場…アルコール臭がしたこともあって魔族でも酒は飲むはずだ。
試しに持ってきて飲んでみるのも良かったかもしれないなと少し思った。
なんだったかな?情緒?風情?趣深い?とにかくせっかくなら激戦の後に勝利したという実感でも欲しかった。
「たしか…勝利の美酒だったかな…」
血まみれだらけの戦場で美しさを求める酒とはいかがなものだろうか。それともそれに縋りたいほどに心が弱いということなのか。
「フィンは酒を飲むのか?」
少し驚いて後ろを振り向けばアキがそこにいた。
興味深そうに周りを見ながら僕の隣にある椅子に座りこちらを見てくる。
「えっと…どうしてここに?」
「あ…ごめん、1人になりたかったとかだったかな?ダルガンから聞いて南の砦に行ったって聞いたから」
「別に…そういうわけではないけど」
「そっか。なら良かった」
「ちなみにお酒は飲んだことないよ」
「俺も無いよ」
別に聞いてないのだが。勝利の美酒とは戦争の後に飲むようなものなのだからアキとはそれこそ無縁だろう。
それとも単純に飲み物としてわりとありふれた飲み物だったから聞いてきたのかな。
僕はただ花を何も思うことはなく見ていると、アキが興味深そうに庭園を見渡している。
そんなに見たいなら歩き回ればいいのに。
「フィンはどうしてここに?」
「んー。聞いたことがあったんだよ。要塞レディオン…この要塞のどこかにそれは見事な花畑があって魔領でも名所として有名だって」
「そうなんだ。俺もすごい綺麗な場所だって思った。魔族の国でこんな綺麗な場所があるんだってびっくりしたよ」
僕としてはなんで砦、しかも一番厳重にされている南砦の中にこんな庭園を用意していたのか驚いたけど。
アキとしては魔族の国にある花の方が珍しいのだろう。
「一応魔領でも咲く花はあるんだよ?」
「どんな花が咲くの?」
「紫の花ばっかりだけど…」
「だと思ったよ。紫が魔族の象徴みたいなところあるんだろ?教えてもらってたからな」
そう言われればわざわざ黄色の花をここに用意してるのは民衆に黄色を見せないためだったとかなのかな。
本来なら紫の花で魔族を称えるように飾り立てればいいのだから。
「フィンはダルガンとどんな話しをしたんだ?」
「別に、なんか話しを聞いてほしいと言われたので聞いただけだけど?」
「そっか。話しを聞くだけでダルガンは凄い上機嫌だったよ。フィンは凄いな」
「なんというか僕に対してみんな過大評価してない?」
「むしろフィンが自分を過小評価してるんじゃないか?」
そうは言われても、本当にただ話しを聞いただけだ。むしろ向こうから話しかけて来て愚痴を言ってすっきりしたと言われたようなものだし。
「フィンの話しも…少し聞いた。ダルガンと似てるような感じだって」
「そうなんだ」
「俺も聞いていいかな?嫌ならいいんだけど…」
「別に面白い話はなにもないから話すことがないんだけど…」
ほとんど隔離塔で過ごした記憶だ。ダルガンみたいに仲間がどうだこうだとかはない。
「家族は?兄弟とかさ、一人っ子?」
「アキはそんな話し聞いて楽しいの?」
「楽しいかは分からないけど、フィンのこと知りたいなって思ってるだけだよ」
「んー…」
なんと話したものか。適当に話せばいいのだろうが…それでもやはり頭にちらつくのは茶会のことだ。これでアキを連れて行って実は6人兄弟でこちらが3人の姉です。なんて説明した日には混乱するだろう。
「兄弟がいた。父上はいつの間にか死んでたけど会わな過ぎて顔も覚えてないし。兄弟も姉1人を除いてほとんど面識がなかったよ」
「な、なんかごめん…そんな環境だとは思ってなくて」
「別に大丈夫だよ。それにほとんど面識なさすぎてそこまで興味はなかったから」
「でもお姉さん1人とは面識あったんだよな?」
「んー…一応?」
隔離塔で過ごしていた時。いつだったか姉が…リビリアが来たことがあった。
隣にはフィブラが一緒にいて、リビリアがその時喋っていた記憶は特にない。
ただフィブラから告げられた…というより報告に近いことを話されたのを少し思い出す。
たしか話していた内容は僕が魔王の子で今まで送られてきた書物などでどれほど僕が成長してるかの確認。そして言葉遣いを魔王の子らしく振るまえという内容だった気がする。
でもリビリアは確かその時なにかを言っていたような気がしなくもないがかなり前の話しだからあまり覚えていない。
「ちょっと顔を合わせて何か喋っていたような気がするけど覚えてないかな」
「そう、なのか…」
アキの世界ではどうなのかは知らないけどこの世界ではわりと王族関係者だとよくある話らしいし別に気にしなくていいと思うけど。
どうにもアキはしょんぼりとして聞いていいのか聞いちゃだめなのか口を開こうとして閉じるを繰り返している。
「別に聞きたいことがあるなら聞いていいよ?本当に家族関連は何とも思ってないから」
なんなら僕の兄二人をアキが殺してるし。
「それなら…フィンは寂しくなかったのか?」
「寂しい?」
「1人で過ごしてきたってことだろ…?それとも話題には出なかったけど母親がいたとか?」
「いや、1人だったけど…母親はそもそも生きてるのか死んでるのかも分からないかな…寂しい。寂しいとは思わなかったよ。ただ暇だったって思ったかな」
「暇か…まぁ1人だとすることないもんな」
暇の末に資料を読んだり本を読んだりしたのだからある意味で寂しいとか思う以前に本が友達と言ったものだろうか?
とはいえ隔離塔が壊されたとなればあの本や資料は塔と一緒に埋もれてしまったのだろう。
本という友達がいなくなったからといって別にそれでも寂しいとは思わない。いや…この場合寂しいと言った方がいいのかな。
「アキの家族は?」
「ここで俺の家族を話すのか…わりとギャップありすぎて反応困らないかな?」
「別に気にしないよ、誰かの家庭を見たり聞いたりするのは慣れてるし好きな方だよ」
「それじゃあ話すけど」
両親から愛されて生まれたとのこと、弟が1人いたらしいが。家ではあまり話すことは少なかったらしい。
サッカーという球を蹴る遊びをしていて弟はどちらかと言えば家に引きこもりがちだったのだとか。
アキとしては弟とも仲良くなりたいから弟の趣味を知ろうと本を色々読んだのだとか。
本と言っても絵が付いていて漫画と呼ばれるものだったり、あとは動く絵と声だったりでアニメという話しをしだしたり。
ここらへんはちょっと意味が分からないからアキの世界の魔法だと思って聞くのだが…。その機械で弟の趣味を知って自分もそのうちハマりだして弟と話そうと試みたりして仲良く話せたのだとか。
「良かったじゃない?アキは色々なことをしてたんだね」
「あぁ、まぁそれもこの世界に来ちまったからなぁ…」
「と言ってもアキはすでに兵として働いてなかったっけ?」
「たまたまな?元の世界だとそれこそ色んな事出来たけどこの世界だと出来ることが限られていたからさ」
多分人間の国にいた時点でそのうち教会が拾って悠々自適な生活をできたろうに。むしろ困難な方へと進んでいる気がする。
ヘレスの態度から明らかに戦闘させるつもりはなかっただろうし。
「初めて魔物と戦った時なんてずっと手が震えていたよ」
「むしろ初めて戦って生き残っていたらそれは運が良いって思った方がいいよ」
「あぁ。俺もそれは思ったゴブリンだったんだけどさ…魔物だと思っても人型っていうのが凄く俺の世界で忌避感みたいなものがあってさ…」
ん…?
「そのあともゴブリンを倒したりしたけど、なんて言えばいいのかな。フィンはこの世界の人だから分かりにくいかもしれないけどとにかく生き物を殺すのって動物を殺すのとも違うわけでなんか凄い嫌な感じがあったんだ」
…。
「その魔物ゴブリンって誰が言ったの?」
「兵士が言ってたよ。わりとよくいる魔物らしくてさ、俺の世界でも結構知られてる存在だったりはするんだけどフィクションの話しだったからさ。まして本当に緑色の肌してるとか色んな事に驚いたかな」
とりあえずもう少し話を聞いておくべきか。
「アキは兵になる前はなにしてたの?この世界に来てから」
「ん?あぁそっか。この世界に来たときは右も左も分からなかったからさ。でもあの俺と最初に出会った街覚えてるかな?あそこで呆然といつの間にか立ってたよ。それから周りの人に聞いても何もわからないことだらけでさ。そんな時に食事をくれた人がいたんだ、これも運が良かったんだと思う。その人が色々説明してくれてこの国で生きるにはどうすればいいかとか困ってる人は放っておけないとかで名前も名乗らずにお金をくれたりしてさ」
ここまで聞いた時点でもはや確信犯なのだろう。
最初から教会の…いやヘレスからしたら強硬派の連中の仕業なのだろう。
強硬派の手のひらの上に乗って踊らされていたのだろう。
「それから最初は色んな所で働いてみたんだけど文字とか読めなくて困って、物価…お金の価値とかも分からなくて。だから運動には自信があったから最初は警備兵だけでもお金稼げるって教えてもらってさ」
ダルガンはいつから知り合ったのか…ダルガンが強硬派だとは思えないが明らかに兵になるように誘導されていったんだろうな。
「でも才能があるってことで嫌だったけど魔物退治にってことでさっきのゴブリンの話しになるんだよ…ごめんなあんまり話し上手じゃなくて」
「んーん。問題ない…いや。うん…」
「ん?なにか分からないことあったか?」
ヘレスはこの事を知ってるのか?もしくは国そのものが強硬派と繋がっていると考えるのが妥当ではないのだろうか…。
ゴブリンは魔物じゃない。亜人だ。
ただ魔物と言えないこともない。ゴブリンの中には野生で育った親から捨てられた野生児が集団になってるパターンもある。その場合魔物とそう大差ないだろう。
だが魔物と言ってゴブリンを紹介してる時点で何も知らない新兵をそうやってやらせるものか?
「ちょっと考えていいかな?」
「いいけど…?分かりづらかったらごめんな」
思い出せ。人間の国の書物はある程度漁ったはずだ。
人間の英雄譚だった書物ではちゃんと亜人や魔族を討伐したと記してあったはずだ。
ほかの人間に関する書物でも亜人に対して魔物と称するものはなかったはずだ。魔族に対してもちゃんと魔族を打ち破った英雄として書かれてあった。
それとも僕の読んだ資料が間違っている?可能性は無くはない…。人間の国では新兵に何も説明しないなんてこともあるかもしれない…でも確認しなければならないことが増えた。




