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三十六話

 ヘレスから魔力枯渇と判断されてたとはいえ普通にベッドで眠っていたことに驚きながら起床する。

 本来なら魔族はそんな睡眠しなくてもいいはずなんだけど、体の消耗が理由ではなく魔力枯渇が問題なんだろうなと体を起き上がらせ軽い柔軟運動を行ってから隣のベッドを見ればヘレスはまだ寝ていた。


 体調自体は自分では異変に気づかないし動くのは問題ないだろうと要塞の現状を確認しようとドアをゆっくり開閉して廊下に出て外に行こうとしたときにダルガンが使っていた部屋が開く。


「フィンさんどこかに行かれるので?」

「うん。要塞がどんな風になってるのかこの目で確認しておこうかなって」

「そうであったか…。もし時間があるようなら少し話すのはいかがだろう?」

「ダルガンさんが僕と?いいけど」


 そもそもこの家がどこかの民家だったのだろうから現在地から確認したかったんだけど。ダルガンから話したいことがあるというのも疑問なのでそのままダルガンが使っていた部屋へ一緒に入る。


 ベッドはないしソファがあるからそこを寝床にしてるのだろう部屋で、応接室みたいな部屋だ。

 まぁ魔族の家なんてどこも似たようなものだとは思ってたけど、それなりにいい暮らしをしていた魔族の家を使っているのだろう。


 ソファが二個あることもあり、奥側のソファに僕が座るとダルガンも対面のソファへ腰かける。


「呼び止めてしまってすまない」

「別に急いでるわけじゃないから大丈夫だよ。昨日も話したけど作戦が決まるまではすることは少ないだろうしね」

「助かる」


 ゴドーを見た後ではこの戦士も小さい存在に感じてしまうが、困ったような情けないような顔をしていると余計小さく感じてしまう。


「えと、それでどんな話なのかな?」

「うぅむ…吾輩はな。別に将ではないのだ。ただの一兵卒にしか過ぎない」


 なんの脈絡もなさ過ぎてなんの話をしてるのか一瞬理解に苦しんだが…愚痴か?


「アキさんは…あぁ、吾輩実は敬称をつけるの苦手なのである。ただ顔が怖いとか言われるのでどうしたらいいか友人に相談したら話し方を変えることから始めよと言われ、慣れない口調を使っているのであるが中々難しいものよな」

「別にいいんじゃない?僕も話し方変えるのとか苦手だし、敬称つけるの苦手だったりするよ?」

「それは意外である。むしろ得意なのだと思っていたが…吾輩のことを呼び捨てにしても構わぬが?」

「それこそ難しいよ。思考がまとまらない時は呼び捨てにするかもね?でも急に敬称をなくしていいよとか、今まであったことを変えるのってみんな難しいんじゃないかな」

「そう…そうであるな。もっともだ」


 本当に何を話したいのか分からない。

 相談にしても僕よりもアキと話した方がよくないだろうか?あっちの方が話し好きだろう。


「フィンさんは商人…そうであるな?」

「うん?うん。そうだね」

「名もなき村の出身。吾輩も似たような者であった。ただ吾輩にはフィンさんとは違って戦う道を選んだのであるよ。まぁ元々頭も良くなく商才はなかったであろうが」


 生まれてから肉体が他よりもタフで、それでいて周りと違って肉体労働も人一倍頑張って。それで戦争のために徴兵されたときに兵士から始まり…なんて長々と説明されていく。


 今では兵士なことに疑問を抱いてはないし、むしろみんなを救える立場というのが誇りにも思えていたこと。

 僕からしたら選択肢は他にもあったと思うがダルガンはそうは考えていなかったのだろう。


 あれだろうか?自由すぎて逆にどれを選べばいいのか分からないまま流されていった結果が今という話しという。


「今の状況にも不満はなかったりするのである。帰るにしても戦うにしても吾輩はいずれ戦争に出るであろうから共に戦う者が、隣に立つものが変わるだけで戦うことに変わりはないのである」

「まぁ、そうだろうね。ダルガンさんは戦士であり兵士であるもんね」

「心の底から不満はないのである…だが、アキさんを見てナナシさんを見てヘレスさんを見て…フィンさんを見て分からないなりに考えることがある。吾輩は何もできない…それでも仲間としてみてくれてフィンさんにとっては凄くないことかもしれないが魔術なんてものも使えた…とても…とても…楽しかったのであるよ」


 話してる顔は情けない顔をしているとは思ったが、話すにつれて霧が晴れていくように。楽しそうに語っていることに気づいた。


「フィンさんはその年齢で色んな事を体験してきたのだろうと思う。吾輩は思うのだ。もっと気楽に旅がみなで出来たらどれだけ楽しいのだろうかと…そう、思ってしまうのだ」

「…。ダルガンさんが思うより僕は色んな事を体験してないよ」

「そうであろうか?」

「むしろ僕は誰かと接する機会は少なく過ごしてきたよ。知ってることもただ何もすることがないから知った…そういう意味では僕もダルガンさんと同じようにいつの間にかこうなっていたって感じかな」


 物心がついたときには隔離塔で過ごしていた。


 僕は最初何をすればいいのかもわからずに過ごしていて、たまに来る魔族と言葉を教えてもらっていた気がするし。文字も教えてもらった。

 ただ毎回来る魔族が違うのだ。


 教えてくれる内容は前回の続きとなってるから引き継ぎの仕事みたいなものだったんだろう。世話をする魔族がいてある程度僕が言語も文字も分かるようになってからは書物や資料だけが送られてくるようになった。


 その時に話しかければ嫌そうな顔をされたし、書物で分からないものがあって聞いてみれば溜息を深く吐かれた後に罵倒を含みながら教えられた。


 最初は意味が分からなかったが色んな書類を読んでいくうちに分かった内容は『人間もどき』ということを言っていたのだとわかったときはそもそも人間だと思われているのが何故なのかすら分からなかったりした。


 送られた書物や資料の中に戦争が書かれた内容の物で人間がどれだけ弱い生き物なのかを説明された本を見てから理解をしたのは僕のことを弱く矮小な生き物だと言っていたんだと分かったときは思わず笑ってしまったものだ。


 それは別に人間に苛ついたとか悪感情を抱いたとかではなく、魔族に対しても悪感情を抱くことはなく。本当に僕は何も出来ない弱い存在に違いないからようやく自分のことを知れた気持ちになれたから笑った。


 はたして僕に嫌な顔をしていた魔族がどう思って世話をしていたのかは分からない。物心ついたときに言葉や文字を教えてくれた魔族がどんな顔をしていたかも思い出せない。


 ただ成長しながら言葉や意味を分かっていき。魔法の資料を読んで使おうと悪戦苦闘した苦い思い出もある。それでもようやく魔法を使えたと思ったら最初に魔力暴走を起こして部屋中散らかって、書類を運んでくる魔族が来て医療されるまで痛い痛いと呻いていた。


 魔法をもう一度使う気は最初は起きなかったが。送られてくるものが魔法や魔術に関することが多くなっていくので時間だけはあったので嫌な気持ちになりながらもどうにか魔法を使って暇をつぶすしかなかった。

 いっそ…それで死んでしまってもいいんじゃないかと思っていた。そもそも死というものがどんなものなのかも僕はあまり理解はしてなかったけど。ただ痛くなってもいいじゃないかと思ってはいた。


 結果的に言えば僕に魔法を上手く扱う才能はないと思った。魔術を丁寧に魔法糸で紡いで紙に書いてある術式を暗記して行使するというやり方。


 ほぼ独学に近い形になるのだろうか。魔術に関してとにかく暗記を繰り返していってからは僕の魔術をちょうど使ってる姿をみた資料を持ってきた魔族がいて、その次の日には武術に関する本が送られて増えていくようになった。


 武器も刃は潰されていたが持ってきて隅の方に置かれるので、ただの紙切れを読んで見様見真似で書いてあることを実践する。それが実際に出来ているかの答え合わせは誰もしてくれないのだがそれでも何もしないよりはマシなので。


 ただ息苦しい世界に感じた。窓から見える景色は汚い空、淀んだ太陽。

 そして自分の部屋に散らばる情報だけを記した紙切れ達。


 それがいつからだったか、勇者や万魔。英雄と呼ばれるような書物が増え始めていったりした。

 僕はそれを見て少しだけだが憧れてしまった。僕には無縁だと理解しているのだがその内容が平凡だった者が大成して英雄になっていくという物語に。


 それからだろうか。浄化の術式を定期的にかけるようになったし、武術も自分なりには頑張ったと思う。

 人間の英雄なんて僕からしたらそれこそ矮小な自分と重ねてしまう部分があって共感してしまった。


 青い空が見たかった。明るく、それでいて暖かく眠くなってしまいそうになる太陽を見たかった。


 自分で魔術を考え始めたのもそこから始まり、まずは瘴気をどうにかしようとしたりもして、それが今では無理だとわかればもっと他にやりやすいところから始めようと工夫を始めた。


 今の僕でも昔の僕でも分からないが。多分出ようと思えば隔離塔から出れたと思う。でも出ることを選ばず運ばれてくる知識を溜めて溜めて溜めて…愛を知った。生を感じた。死を感じた。もっと言えば…感情を知った。


 全てを紙切れという情報だけで知った。それがどういうものなのかは物語を見ればそういう風にすればいいという風に書いてあったのでその通りに実践した。


 今も僕はそれで構成されている。知識でしか知らないのだ。だから感情が揺れ動くなんて正直思わなかった。


 だからリビリアの言葉も書物で読んだ愛という物の通りに動いて、まともに会話をしてくれるリビリアとフィブラの存在を疑問に思いながらもとりあえず期待されたのであればその通りに動こうと思った。


 それからはダルガンの言う通りだ。不満なんて無かった。


 ただ知識で知ってるからその通りに動いて今の現状まで動いていたに過ぎない。だから…。


「フィンさん?」

「あ…ごめんね、少し昔を思い出してて」

「そうであるか…ただ吾輩がみんなと一緒にいることが嬉しく楽しい気持ちを聞いてほしかったのである」

「僕も質問していいかな?」

「む?もちろん構わないどころかいくらでも聞いてほしいくらいであるが」

「好きだと慕ってくれる人が死んだらダルガンさんはどうする?」

「それは難しい質問だが…悲しいとは思う。だが吾輩は兵である。恐らく普通の人間なら悲しみ泣き、もしかしたら復讐を誓うかもしれぬ…ただ吾輩は悲しんだ後に自分の役目を全うするのかもしれぬ」


 やはりどこか似てるのかもしれない。でもどうして僕とダルガンが違うのかは分からない。

 魔族と人間の差だろうか。


「ダルガンさんはさ、きっと泣いてるんだと思うよ。復讐は人によって違うかもしれないけどさ。ダルガンさんは悲しいって本気で思ってるんでしょ?涙が出てるかどうかじゃなくて、泣いているんだと思う」

「そうか…フィンさんがそう言うのであれば吾輩はきっと泣いていたのであろうなずっと。いや、今でも泣いているのだと思う。どれだけ楽しいと思ってもちらつくのは死んでいった仲間たちなのだから」

「それだけ優しいなら亡くなった人たちはダルガンさんに笑顔になってほしいと願うと思うかな。だから泣いてもいいけど、もっと純粋に楽しんでいいと思うよ。逆の立場だったらそう思うでしょ?」

「…。間違いない…はっはっは。間違いないであるな!」


 それからダルガンは涙を流しながら笑顔で笑っていた。

 やっぱりどうして僕とダルガンが違うのか分からない。そしてダルガンがどうして素直に涙と楽しさを表現できているのかも分からない。


 似ているはずなんだけどな。


「フィンさんと話して良かった。ずっと心にもやがかかっていたものが晴れた。吾輩は人間の心を失っていなかったんだと思えたよ」

「人間の…心?」

「うむ。まぁ、魔族にも亜人にも誰にでもあると思うが心というものがあるが。吾輩はどうにも鈍感なのか…それが分かりにくくてな。フィンさんは色んな、それこそ聞く限りでは種族問わず心を開かせてきたのだろうなと吾輩が身をもって知ったのであるよ」


 そうか。まぁ解決したなら良かった。

 それにしても誰にでも持ってる心か。僕自身は果たして心を持ってると言えるのか疑問に思うし。リビリアにしたってそうだ。


 ゴドーが復讐に燃えていった存在だとしたらあれは心の化身とでも言うべきか。


 あ…でもリビリアは嘘をつかないのだったな。それじゃあ僕を愛してるということは心を持ってるのか。

 僕にはどんな心があるのだろう?愛かな?もっと好きを知りたい。僕が綺麗な空を求めることに答えがあると思うのだけど。人間の国で半分望みは叶ったし。


 あとはその愛の求める矛先が生き物に向いたら僕はダルガンみたいになれる気がする。そう思うともう少し生きてみようと頑張ろうと思える気がしてならない。


「止めてしまって悪かった!街を見るのであろう?同行は必要だろうか?」

「いや、僕一人で大丈夫だよ」

「どこまで行くのであるか?」

「んー。南の砦かな。少し気になるものがあってね…僕の見てみたかったものがあると思うんだけど結局見れずじまいだったからさ」


 そこまで言うと渋い顔をされてしまった。

 もしかして魔族が結構あそこら辺に集まっているのかと思ったがそうではなく。


「フィンさんが起こした…なんであったか?とにかく爆発であるが規模が規模なだけに我らも大分被害にあったのであるよ」

「それはごめん?大丈夫だったの?いや大丈夫なのは今生きてるから分かるんだけど…被害?」

「アキさんは大分ひどかったがヘレスさんが全員治したので問題はなかったのであるが、フィンさんの見たいものというのも壊れてしまってる可能性があるゆえ。それだけは伝えておこうかと」


 なんだそんなことか。別にそこまで期待はしてないから問題はない。

 書物で読んで見てみたいと思っていた程度のものだし、無くなっていたならそれはそれで他に代用がある場所を探せばいいだけだし。


「行くだけ行ってみるよ。南のどこにあるかは分からないけどこの要塞にあるとだけ知ってるから。無くても困るものじゃないしね」

「そうか…気を付けて行くのであるよ?魔族というよりは瓦礫などで足場が安定してないであろうから」

「うん。ありがとうね」


 話し終わり。そういえばダルガンもどこかへ行こうとしてたんじゃないのかと思ったが、動くつもりはなさそうでソファに座ったまま何かを考えるか思い出すかのように目をつぶって静かにしている。


 僕はそのまま邪魔をしないようにドアを開けてゆっくり閉める。


 さて、それじゃあ残っているかは分からないけど。昔読んだ要塞レディオンにあると言われる名所。花畑とやらを見に行こう。


 残っていたらきっとそれはとても綺麗なことだろうと思う。期待は乗せて、ただ壊れてることも考えて外に出て、空を見る。


 やはり瘴気が薄れていて少しだけだが綺麗な空が垣間見え。こんな空の下でなら花もきっと綺麗に咲いて美しい光景が広がっていることだろうと現在地を確認するが。


 恐らく魔族の少ないところという意味で選んだ場所なのだろう。周囲を見て南区画にある家だと分かり、そのまま南砦に向かう。


 時間が経ったとはいえ砦は悲惨な状態だろうし、壊れていると言っていたので内部に入れないかもしれないが書物に乗るくらいなのだから庭園のような形で外に花畑があると思う。


 見つかるといいな。

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