十八話
ヘレスの魔術は神聖術と呼ばれるものだ。結界のようなものを張るだけのもののはずだが、それを押し出す形で僕に迫らせて衝撃を受ける。
結界をそんな使い方するなんて本当に神官なのだろうか。
「なにをしてるのであるかヘレスさん!」
「フィン大丈夫か!?」
ヘレスをダルガンが、アキが僕の元まで来て止めようとするが。ヘレスの敵意は消えてない。魔眼で視れば何か術式を練り上げてるようにも見える。準備だけしていつでも発動できるようにしてるのか。
「大丈夫だよアキ…。ヘレス、僕は別にヘレスを批判してるわけじゃないよ教会に指示されてたっていうのは本当なんだろうし」
「批判してないって言うならおかしくないかなー?わざわざなんで今のタイミングで戦いに向かわせようとしてるのかなー?」
「アキにしか出来ないことだから」
「じゃあフィンちゃんはさー、フィンちゃんにしかできないことがあったらそれを実行するってわけ?さっきアキちゃんは帰ろうとしてたよねー?」
「僕は僕にしかできないことがあるならそうするよ」
再度溜息を吐きながらヘレスは肩の力を抜いたように見えた。
それを感じたのかダルガンも距離を離れた瞬間ヘレスは術式を再度展開して今度はダルガンを結界を押し出して飛ばす。
戦闘慣れしてる分ダルガンは飛ばされることはなかったが距離は開いた。
「ヘレス殿…勇者の件聞きたいのだが…」
「あーあ。アキちゃんはこうやってやりたくもないことをさせられていくんだねー?フィンちゃん」
ちらりとアキの方を見ればどういう状況なのか困っている顔だ。実際アキは帰ろうと考えていたと言われると僕もアキが普段心の弱さを見せるようにしてベッドで寝ていたのを見ていたから心が痛まないわけではないが…それでも…。
「アキちゃんは教会が選定した勇者。そして勇者として選ばれた者は前線で魔族と戦争する…そこまではナナシちゃんもダルガンちゃんも分かるよねー?」
別に二人に言ってるのではなくアキに説明してるのだろう。もしくは僕に対して怒っているのか。
「ただ異例もあるんだよー…アキちゃんはフィンちゃんに言ってあげたのかなー?異世界からきたこと」
「あ、あぁ…フィンは信じてくれたけど…」
「あはー。じゃあそれも知っててフィンちゃんはただの平民だった子を戦に参加させたがってるのかなー?もしかしてそんな魔族の見た目をしておいて魔族滅亡派の1人だったわけー?騙されたかなー」
残念ながらその滅亡派とやらは分からない。ただ教会も一枚岩ではないってことだろう。言い分から察するに共存とか平穏派がヘレスなのか。
「ヘレスさん落ち着いてくだされ。それにフィンさんは魔族では」
「人間かもねー?でもやたら魔族を殺したがるのはなんでかなー?教会に強硬派がいるのはアキちゃん以外は知ってるんでしょ?」
「それは…」
僕がその一人と言いたいのだろうか。だとしたらその逆に位置していたヘレスが今まで僕に優しく接していたのは派閥の意向とやらも影響してるのかもしれない。
「ヘレス…僕は――」
「黙ってくれるかなー?そのままアキちゃんに聞けばいいんじゃない?また殺し合いしに行きたいのかそれとも国に帰って平穏な暮らしをしたいのか」
しまったな。ヘレスに説得するべきではなかった。そもそもヘレスに何か言うよりアキにちゃんと説明してから自覚をもって戦いに出てもらうべきだったのだろう。
「俺…俺は…」
ヘレスと僕を交互に見て泣きそうな…いや、泣いている。唐突なことに頭が追い付いてないのか。
僕の判断ミス続きだ。ナナシよりももっと厄介だったのはヘレスだった。
とはいえヘレスの。教会の意図が勇者の保護を第一としていたなんて想像できなかったろう。
万魔の力を使うか?いや使ったとしても勇者には通じない。仮にここの三人をなんとかしたとしても勇者が味方にならないのなら万魔の力なんて無意味だ。
泣き崩れるようにして膝をついてアキは小さく呟く。
「俺は、戦いたくない…」
終わりか。
それはそうか。アキからその言葉が出るなら僕はどうしようもない。
今までなんとか勇気を振り絞って戦ってきたのだろうか。僕みたいに魔王の子としてリビリアから命じられて使命を持ったわけでもない。
ダルガンのように人間の国で立派な戦士だったわけでもない。
ナナシのように確固たる意志を持って任務に挑んでいたわけでもない。
そういえば旅立ちの時も僕がついていく前はかなり悲壮的な顔をしていた気がする。
「だってー?フィンちゃん。どうするのー?」
優しかった顔とは裏腹に僕に意趣返しが出来て満足といった顔を見ても別に苛立ちとかは感じない。
それならそれで仕方ない。リビリアの作戦は失敗した。残り3人の万魔は僕の方でなんとか処理しておくしかない。リビリアは確か僕が万魔を倒せば僕が魔王としてなると言っていたが最終的に僕も含めて死ねばリビリアしか魔王の血統はいなくなる。
「ナナシさん。ダルガンはどうするの?」
「む…?」
「フィンさん?」
「地図はここに置いておくよ。アデルバの位置は教えたとおりだから真っすぐ進めば帰れると思う」
僕自身地図がないと外をまともに歩いたことがないから道には迷うだろうが。どこかにたどり着けばフィブラが気づいてくれるはずだ。
「何を言ってるんだフィン?フィンも帰ろう?」
アキの言葉は懇願のように言ってるが、元々種族が違うのだ。いや、世界も違うんだっけか。
「魔王の子が1人死んだからしばらく戦争は起きないと思うから安心してアキ」
さすがに内情を細かくは話せないが、これくらいは教えても大丈夫だろう。
ナナシとダルガンはどうするかを少し様子見たが僕については来そうになかったのでそのまま1人で歩く。
森の入り口までは同じ経路だから時間差で後ろをつくようにはなるだろうが、この調子ならもう会うこともないだろう。
そのまま進んでいくと後ろから「待って」と声が聞こえた気がしたが、もう未来のない命だ。
仮にアキの説得に時間をかけても国まで戻ってしまえばヘレスに限らず教会そのものが妨害してくるとなったら僕が万魔の力を使って暴れまわって結局アキに討伐されてしまう。
しかし本当に困った。勇者抜きで倒せる相手だろうか。ギュスターヴでさえ圧倒的強さを見せていたのだ。いやむしろギュスターヴに限っては僕との戦闘そのものに躊躇していた様子から見えた隙を突いたに過ぎない。
参考にするならテトだろう。周りの竜を黙らせることは可能だけどテト自体の戦闘能力が桁違いすぎる。
リビリアの元へ戻ったら失望されてしまうかも…いや、リビリアならもしかしたら1人倒したことを褒めてそのまま終わりかもしれない。
隔離塔は壊されると言っていたし、新しく居場所ができればいいが。
そんな弱気でどうする?テトには勝てない。これは事実だ。
だがゴドーとレアラならまだなんとかなるんじゃないのか?
フィブラと連絡を取れたらテト以外の場所を聞こう。そして戦略を立てて挑もう。
思考はあまりまとまらなかったが結構な時間あるいたのか森を抜けて荒れた道が見える。
道…で合ってるよね?方角的に南に向かうなら右に行けばいいはずだ。
たしか書物では太陽の位置で方角が分かるのだとかあったけれど、あいにくと内容は覚えてないかな。
外にでるなんて思ってもみなかったから中途半端な知識ばかりしか持ってない。食べてみたいと思ったものとか。行ってみたい街とか。
僕はリュックの中身を開けて中身を確認するが爆弾はもうないし衣服くらいしか残ってない。
なんちゃってポーションのための瓶はあるが割れて使い道はないだろう。それとも尖ってる部分を使えば刃物くらいにはなるかな。
とにかく衣服を取り除いて中身を外に捨てて、荒れた道を進む。
時間間隔が狂っているのか、気づけば夜だった。
いやそうじゃない。人間の国でみた綺麗な空を見てしまったがゆえにこの瘴気で汚れた空の感覚を忘れていたのだろう。
休んでもいいことはないので浄化の術式を施して気分転換しながら進んでいけば、おそらく朝になっている。
どこか虚無感が心に残ってるのは何故だろうか?
勝てない戦いを前にしてるから?それとも今までが騒がしかった分静かになったからかな。
ただ盲目に歩き進んでいると時間がどれほど経過したかは分からないが3日程だろうか。
淀んだ太陽の揺らぎが昇っているのを見てやはり魔領は汚いなぁと思ってると空に竜が飛んでるのを見て冷や汗を搔きながら全力で岩影に隠れようとするが竜はすでに僕を補足してたのか僕の方まで近づいてくる。
乗っているのがテトで無ければ問題はないはずだと思い。万魔の力を使える準備だけして顔を覗かせると乗っていたのはフィブラだった。
「フィン様。お久しぶりですね」
「フィブラか…テトの竜かと思って焦ったよ」
「そうですか、まぁ竜といえばテトと言っても過言ではないのでその慎重さは素晴らしいと思いますよ」
心のこもってない声で言われても嬉しくはないんだけどな。
「その、言いづらいんだけどさ」
「勇者が撤退を選んだのでしょう?1人で歩いてるのを見れば大体わかります」
「そっか…それじゃあフィブラ。ゴドーかレアラの居場所まで連れていってほしいんだけど?」
「…本気ですか?」
まぁ正気じゃないだろうと思われても仕方ない。僕が単体で行くというのは死んでもおかしくないんだから。
「まぁ。それなら少しでも勝てる見込みがあるのは万魔の壁ゴドーでしょうね」
「え…?勝てるの?」
「負けるために行こうとしてたんですか、自殺するなら別に万魔と戦わなくてもいいでしょうに」
「そうじゃないけど…でもそっか。うん出来れば連れていってほしいかな」
「リビリア様のところに戻らなくてよろしいので?」
本音を言えばリビリアにどうすればいいのか聞いた方がいいんだろうけど。それでも僕が戻ってもやることはないだろうと思えばリビリアのために戦った方がまだ役に立てるだろう。
「冗談です。リビリア様はまだ交戦中なので戻られてもフィン様はすることないでしょう」
「交戦って、あれからずっと?」
「知識レアラが裏にいる状態で皇竜テトが自由に動けるとなったらさすがのリビリア様も長期戦しかないですからね」
「フィブラがいても駄目なの?」
「今回に限っては四天王は不戦です。統括である私がリビリア様の味方をすれば四天王全てを敵に回してむしろ逆効果になるでしょう」
それじゃあテトが乗っていた古木の竜は参戦してないということか。それでも以前戦闘が長引けば不利になると言っていた気がするけどそれはどうなのだろう。
本当に僕が参戦しても状況は変わらないだろうか
「僕がテトの竜を牽制しても情勢は変わらないのかな?」
「むしろフィン様が出陣された瞬間に皇竜テトは無慈悲にフィン様を殺すでしょう。レアラとゴドーならばフィン様に慈悲はかけるでしょうがね」
そうなのだろう。事実殺されかけたし。
しかしレアラとゴドーは慈悲をくれるのか。それを考慮してゴドーなら倒せるかもしれないとフィブラは言っているのかもしれない。
「とにかく移動しましょうか。不戦とは言いましたがフィン様とリビリア様に連絡を取る行為はわりとグレーな境界なので」
「うん。ちなみにどこに行くの?」
お互いに竜に乗り空へ飛べば自分では意識してなかったけど結構な距離を歩いていたんじゃないかなと思う。
「すでにギュスターヴが討たれたことは全員が知っています。そしてそのことに一番激怒しているのは万魔の壁ゴドーです。魔王城へ繋ぐ要塞にゴドーは待ち構えていますよ」
「うへ…激怒してるって…もしかして僕が犯人てばれてたりするの?」
「いえ。フィン様は死亡している扱いになってるので」
そうか。隔離塔は壊されるって言ってたからそのまま破壊されて死んでいると思われていたのか。
いや…それはおかしいテトが僕を視認して名前まで呼んでいる。
「テトが生きてる僕を見てるんだけど」
「フィン様は皇竜テトを過大評価しすぎていますね。戦闘以外ははっきり言って無害ですよ」
その戦闘が脅威の時点で恐ろしいのだが。
「それじゃあテトは僕が生きてることをレアラ達に言ってないってこと?」
「言ってないことは間違いないです。これは私の予想に過ぎないことを前もって言いますが。ギュスターヴに伝えたから他の者にはもう言わなくていいとなっていると思います」
そんなことあるのだろうか?
ただこんなことで嘘をつくとは思えないしフィブラの言う通りレアラとゴドーは僕を死んでいると思っているんだろう。
それなら要塞に着いてもある程度自由に活動できるだろう。
「あと、ごめんなんだけどギュスターヴ戦の時にお金が粉々になってたみたいで…」
「別にお金なんて魔王城からいくらでも取れますから大丈夫ですよ。私のお金ではないですし」
そう言いながら魔銀をいくつか渡してきたのでリュックの中に入れておいた。
これで要塞についても宿や、武器の調達はなんとかなるだろう。
できれば術式が込められたものがあればいいんだけど要塞とはどんなところだろうか。
僕が知ってる限りだと魔王城までの要塞はいくつか存在していたはずだけど。
しばらく空の旅路をぼんやりと下を見ながら待っていると魔王城と比べても遜色ない大きさの要塞が見えてきた。
「あれは…要塞レディオン?」
「知っていましたか?」
魔王城の次に魔族の数が多い場所だ。城下町の方が賑わってると聞いたことはあるがその中でも噂されてるのは要塞レディオンの美しい花畑が存在すること。




