十五話 幕間
私には才能がなかった。
父から期待があっただけに努力はしたつもりだったが何も実らなかった。
魔法も上手く練り上げることも出来なければ武術も何もかもできない無能。それを誰かに言われることはなかったが時間が経てば誰も私に期待をしなくなっていった。
父も会話を交わすことがなくなっていき、気づけば途方に暮れていた。何かを成し遂げたいわけでもないが期待をどうにか取り戻したい。何か役に立ちたい。
何十年と経っても才能のない私が何かを開花させることなんて奇跡は起こらなかった。
いろんなことを試して駄目だったのだ。誰も私に期待もしてないのだ。それなら諦めたっていいじゃないか。
そう思うと、珍しく兄弟がやってきた。
「どうした?今日は鍛錬をしないのか?」
「あぁ…そうだね…そんな時間だったかな?」
「お前はいつものらりくらりとしているな」
兄弟といってもどっちが兄とか弟とかそんなこと関係ない。問題はどちらが優秀かどうかなのかだ。
それを踏まえても私は何も持ち合わせてないのだから本来は敬語でも使わないといけないのかもしれない。
ただ私が期待されていただけにみんなそういうことは気を遣って言わないのだろう。
「一緒に鍛錬するか?」
「あぁ…それもいいけど、私なんかに構っていても仕方ないさ…」
「…いつでも待ってるからな」
相手の時間を無駄にさせてしまっても仕方ない。ただ私は鍛錬の時間をいまさら怠ることで今よりも期待されないのではないかという恐怖が勝って鍛錬用の武器を持って庭に出る。
素振り、素振り、素振り、素振り。ひたすら振り回すか、たまに突く動作を繰り返す。
動き自体は自分なりには悪くないと思うのだけど周りと比較したときそれはあまりにも劣る。
打ち稽古をすれば私の槍はあっさりと弾かれ喉元に武器を押し付けられ敗北をするばかりだ。
勝ち知らずの忌み子。期待外れの忌み子。
それを胸に抱いたまま毎日飽きもせず…いや、本当は飽きていたのかな。どうせ実らない結果を繰り返すのは私が捨てられないためにやっていた慢性な鍛錬という名の逃げみたいなものかな。
私にも分からない。
兄弟が顔を最後に見せてくれたのも忘れてしまった。それくらい毎日変わらない日々を過ごしているとどうだろうか。
姉か妹か分からないが、たしか父上の子だと覚えていた女性が私の元にやってきた。
「お久しぶりですね。今日も鍛錬をするんですか?」
「そうかな…私にはそれしかできないからね…」
「そんな無駄なことをして意味があるんですか?」
「無駄…そうかもしれないね…私もそう思うよ…」
こうして言葉にされたのは初めてな気がする。それでもどこか救われた気がした。自分のしてきたことは本当に無駄だったんだって認められた気がしたから。
「無駄なのにやってるんですか?おかしいですね?」
「他にやることがなくてね…でもやらないよりはやったほうがいいんじゃないかって思うんだ…」
「無駄じゃないことをやる方が賢明だとは思いますけどね」
そうできれば私も苦労はしてないんだけどな…。でも本当のことだからかな。いや嫌味のように感じない喋り方がそう感じさせてくれるのか…ただただ彼女の言葉に納得をしてしまう。
「それじゃあ私に騙されてみませんか?」
「騙す…?別に私は何も疑ってないんだけどな…」
「それなら私の言葉を信じてみませんか?」
はっきり言って何を言いたいのかは分からなかった。ただクスクスとおかしそうに笑うその姿がどうにも騙すなんて言葉とは裏腹に私に何かを期待してくれてるような気持ちを思い出させてくれた。
「今までの鍛錬のやり方を見せてもらってもいいですか?」
「それはいいけど…見てもつまらないと思うけどいいかな…?」
「もちろん私の方から頼んでいるのですから」
何が面白いのか、クスクスと笑いながら私の後をついてきて。いつも通りの動作を繰り返す。
いつも以上に頑張ろうとか、そんなことは思わずに毎日繰り返してきた動作を見せる。
視線を向ければ退屈そうな顔なんてせずに満面の笑みを私に向けて、たまに驚いたような仕草をしたりしていて。
ただそれでも私の動きはとてもつまらないものだろうと、もしかして私の事を誰かに頼まれて応援してくれているのだろうかなんて思ってしまう。
そうなると兄弟くらいしか思い浮かばないが。
「やっぱり無駄な鍛錬でしたね!」
「そうだね…私もなんで続けているのかわからないよ」
一通りの鍛錬を終えるとかけられた言葉はただ無駄な鍛錬だったという言葉。
私はそれでも救われた気持ちになっていた。明日からは鍛錬をもうやめてしまおうと思えたから。
「それじゃあ私の言葉を信じてもらう時ですね?」
「え…?あぁ、そういえばそうだったね…私に何を信じればいいのかな…?」
「本気で鍛錬をしてほしいんですよ」
「…?」
今までも本気だった。それをどうして彼女はそんなことを言うんだろう?私が真面目に見えなかったのかな…?
「えーとですね。貴方は誰ですか?」
「私かい…?それはただ運よく身分が高い魔族…かな?」
「少し違います。貴方はただの魔族なんですよ」
「ただの…」
「もしかして自分を特別な存在だと勘違いしちゃってましたか?それでしたらごめんなさい。でも特別じゃないからこそ無駄なことさえしなければなんだって可能性はあるんですよ」
言ってる意味は分からないが励ましてくれているのかな?
私は一度も特別だとは思ったことはないしむしろ…むしろ…?
「誰かに期待されて自惚れていましたか?期待なんてどうでもいいじゃないですか。自分のしたいことをしてこそそれこそが生を受けたものの自由というものです」
「私は…」
「それとも劣等感なんて感じちゃってますか?誰かと比べるなんてそれこそおかしな話でしょう?もう一度聞きますけど貴方は誰ですか?」
そうか…私は期待に応えようとしていたんだ。無駄なことだと思っていたくせにそれでも期待には応えたいという不自由な生き方をずっと繰り返してきて…。
私が誰か…?そんなの決まってるんだ。
「私は…ただの魔族だ…」
「その通りです。期待に応え続ける必要なんかどこにもないんですよ。それなら自分のやりたいことを一回だけでいいからやってみたらどうですか?いえ、むしろやってみてください」
くるりと周り楽しそうに私を見るその目は期待なんかじゃない。私が勝手に閉じこもっていた心を解いて自由を与えるだけの魔族だ。
「あれ?どうしてまた矛なんかを持ってしまっているんですか?」
「どうしてかな…?私は考えるのが苦手なんだ…だからその一回を続けようと思うんだ…」
「面白いですね。それが貴方にとって楽しいことなんですか?無駄だってあんなに言われたのに」
「楽しいかは…分からないかな…私にとっての今までが間違いなく一緒にあったものがこれだっただけなんだと思う…」
一回。毎日なんて惰性的に繰り返すことなんてしなくたっていい。一回だけでいいという言葉。
それを思い私は一撃を突く。上手くなんて行かないことはわかっていた。はっきり言って普段の動作を繰り返した方がもっとまともな一撃だった気がする。
「今日見た中で一番素敵な攻撃でしたね今のは」
その言葉を裏付けるように一番の笑顔で彼女は笑っていた。
褒められたことなんて今まであっただろうか。
『どうして出来ない?』『動きが単調すぎる前に言ったことは忘れたのか?』『動きは覚えているんだろうが代わり映えしないな』
鍛錬を続けてきて誰かに褒められたことなんて…あっただろうか…?
「そうか…私は…初めて自分で行動したのかもしれない…」
「まぁまぁ?泣いてるのですか?これは嬉し涙ですか?悲しいからですか?あぁ…微かに笑っていらっしゃいますね。嬉し涙ですか!」
本当に不思議な魔族だ。私をただの魔族と言ったのにそんなただの魔族に興味を持って話しかけてこんなに表情をころころ変えて。
それでも私は感謝しなければ。どう感謝すればいいのか分からないけど伝えたい。
「その…私にどうして声をかけてくれたんだろう…?」
そうではないだろう?どうして気持ちとは違って疑問を投げかけてしまうのか
「だって私たちは血の繋がりを持っているではないですか?あれ?もしかして私のこと覚えてませんか?」
「あ…いや…父上の子というのは覚えているんだ…ただ名前は…」
本音をそのままいうときょとんとした顔の後に楽しそうに笑い始める。
「別にそんな申し訳なさそうな顔をしなくてもいいんですよ。私だって興味のないことは覚えてないことの方が多いんですから」
否定もできないが、それが尚の事申し訳なく思う。私は自分のことばかり考えてしまっていたんだと思い知らされてもいる。
「私の名前はレアラ。きっともう忘れるなんてことはありませんよね?」
「も、もちろん…私は…」
「知っていますから大丈夫ですよ。私は興味のない魔族に声をかけるなんて無駄なことはしませんから」
どこか気恥ずかしさも感じたが知ってくれているのなら十分かとも思って。どうしようかと思って感謝の言葉を告げるのをまだしてないと思い出して言葉を発そうとする前にレアラは笑顔を崩さずに私の言いたいことを言う前に悪戯心があるように話しかけてくる。
「貴方のその自由をいつか羽ばたかせたときに貴方から私に声をかけてください。待ってますよ?」
「あ…あぁ。必ず。私はレアラとまた話せるように頑張るよ」
「頑張る必要なんてありませんよ。ただ貴方が話したいと思ったときに自由にすればいいんです」
そう言って満足したのか楽しそうに城の中に入っていく後ろ姿を見えなくなるまで眺めていた。
多分期待してないんだろう。私がレアラに話しかけることすら期待せずに、私がこれからどうなるかも期待なんてしていない。ただ少しの興味を持って話しかけて満足したからどこかへ行った。
それこそ彼女が言っていたように自由を体現しているように。
私は何をしようか?なんて考えても自分では何も思い浮かばない。だから信じてみよう。
この一回。一撃をそのまま愚直に。どうせ誰からも期待なんてされていないのだから自分の好きなように。
それを何日と繰り返しただろうか。数年は経っただろうか数十年だろうか?
それまでにレアラに話しかけようとは思えなかった。まだ自分の中で納得がいってなかったから。
でもきっといつか話しかけれるようになるといいと思い今日も鍛錬に出ようとしたとき父上から招集命令が届いた。
珍しいこともあるものだ。内容は血統一族全員の招集だったからきっとそこにはレアラもいるのだろうと思い少し自信を無くしかけたけど。彼女ならきっとそれすらも何も思わずにいてくれるだろう。
招集され集った場所は父上の寝室であった。
そういえば父上は子が出来たら一族を集め顔合わせをするのであったなと思い出した。むしろそれすら忘れるほどに鍛錬に没頭していた自分の知らない自分を知った気がした。
「よくぞ集まった。完成品だ」
父上の言葉はどうにも理解しがたいがこの子もきっと期待されていくのだろうと感じた。
私はそれよりもレアラを気にして見ていたら。笑顔のまま子供の方を指さされて見てみれば。なんとも…言えなかった。
私が今まで思ったことのない感情が湧き出たといった方がいい。美しかった。
それがどういう意味なのか自分でも分からない。ただ父上が言った完成品というのは今までが不出来だったということだろうか?
それなら期待していたわけではなかったのだろうか?
招集の後は解散し、兄弟が久しく声をかけてきた。
「久しぶりに一緒に鍛錬しないか?」
「いや…私は…」
断ろう。まだ私は何も為していないのだから。そう思っていたらレアラが近づいて来て楽しそうにしているのが見えた。
「そうですか。お二人で鍛錬とは仲がよろしいのですね。私たちはそうでなくてはなりません。リビリア?貴方も一緒に見ていきましょう?」
「別にいいけれど、テトから誘わないと帰ってしまうわよ?」
「それもそうですね。テト?聞こえているのでしょう?無視しないで?私泣いてしまいますよ?」
「ハッ!そんな笑顔で近づいて何が泣くだ?笑わせるな!」
どうしたものか…何故か知らないが断れない雰囲気になりつつある気がする。
私の情けない姿をみんなに見られてしまうのか…。
「楽しみですね。そう。こんなに楽しいことはなかなかないです。国王陛下も呼んでおいた方がよかったかもしれませんね」
「無理よレアラ。父上は妄想に囚われているもの」
「リビリアは相変わらず手厳しいですね」
どういう意味かは分からないが。少なくともここで退くという選択肢はなさそうだ。何より皇竜の存在が早くしろという圧が凄すぎる。
城内の鍛錬場で兄弟は手甲を打ち鳴らしいつでも万全という体制で私に向け殺意を向ける。
いつも気づけば倒れていたことを思い出すと不安になるがその中で鍛錬の圧を感じさせない声が響く。
「貴方の矛はどこまでも自由なはずですよ」
そうだ。私は何を恐れることがあるのだろうか?負けたとしたっていいんだ。それがたとえどんなものであれ私は私を貫くだけなのだから。
そして私は一撃に全てを乗せて向かい。勝負は一瞬でテトによって止められた。
私の矛を持ってない腕は砕けていて、兄弟は血を流し、悔しそうに。でも楽しそうに笑っていた。
「やはり貴方の矛はどこまでも自由でいられるんですねギュスターヴ」




