狼とドライアード 3(シルバーバックの話)
シルバーバックの話:
ヒルダとファングは本当は仲がいいんだが、二人とも恐ろしく気が強い。
何かの拍子に喧嘩をすると、最後はファングが黙り込み、ヒルダは癇癪を起こして怒鳴って出ていって終わりだ。
昨日の喧嘩も派手だった。ヒルダはもう二度と戻らないと啖呵をきってイスタの町まで出て行ってしまった。
ファングは不機嫌に黙り込んで、酒をあおるばかり。
オッドアイはいつも最後まで放っておいてどうなるか見てみたらどうだ、と言うんだが、そういう訳にもいかない。
今日は非番の日だったのでイスタの町までヒルダを迎えに行った。ヒルダも迎えが来ることを承知しているので、行き先はイスタの町止まりだ。まあ、大抵は。
何とかヒルダを説得して俺はキサの駐屯地まで戻る荷馬車にヒルダを乗せた。ヒルダも冗談で出ていった訳ではないので説得には夕方までかかった。
荷馬車に乗って駐屯地に戻る途中、ヒルダが突然、御者に呼びかけた。
「ちょっと、馬車をとめてくれない?」
御者は馬車を止めた。ヒルダは急勾配になっている山の上の方をじっと見つめている。
がさがさと音がして、何かが降りてくる。見ていると、人影だ。途中まで降りてきてこちらに気づき、当惑して立ち止まっている。
ヒルダが手招きすると、こちらにゆっくりと近づいてきた。ヒルダは深くフードをかぶった人影を遠慮なくじろじろと見つめた。
「私達はこの先のキサの駐屯地まで行くんだけどね、乗って行くかい?」
ヒルダがそう言うと、その人影は頷いた。ヒルダがそこら辺の小麦粉の袋やらカボチャやらを片づけて場所を空けていたので、俺はその余所者が荷馬車に上るのに手を貸そうと、手を差し出した。
透き通るような真っ白な細い手が慣れたように差し出され、俺は思わずどぎまぎした。余所者はそのまま俺の手にすがって荷馬車に乗ってきた。
「悪いけどそのフード取って欲しいんだけどね。話がしづらくってかなわない。あんた、女だろ?」
余所者は頷くと、深くかぶっていたフードを取った。
その余所者の容姿は際だっていた。透けるような白い肌に、黄金の艶やかな髪。濃い金色の睫に瞳はエメラルドの緑だった。
「別嬪さんだね」と、ヒルダは頷いた。
「あんたは、魅了の民なのかい?」
「そうです」
「名前はなんていうんだい?」
「・・・イオ」
「魅了の民の中の、ドライアード?」
イオは頷いた。マントの下から見える衣服はかなり上等なものだった。
「こんな田舎に何の用だい?」
「その、エルンシアに用事があって・・・・」
「ふーん、エルンシアにね。でもここの国境は閉鎖されているんだよ。知らなかったのかい?」
「いえ、あの、ここに来るまでは知りませんでした。私、一度駐屯地まで行ったんです」
「一度、行ったんだね。あいつらどうせ命令だからって事情も聞かずに追い返したんだろう」
「いえ、あの」と、イオは返答に困っている。
「とりあえず、今日は遅いから駐屯地に泊まりなよ。まあ、国境を通してあげるってわけにはいかないかもしれないんだけどさ、食事をしてゆっくりと休めばいい考えも浮かぶかもしれないし」
俺はイオの顔を見た。元からの顔色なのかと思ったがそういえば青ざめて疲れているように見える。
「それがいいかもしれないな」と、俺は言った。
駐屯地に着くまでヒルダとイオはずっと喋っていた。もっともヒルダが話役でイオが聞き役だったが。