狼とドライアード 19(イオの話)
イオの話:
狼に変化したヒルダさんが、ファング隊長に飛びかかった。喉をめがけて。ファング隊長は戦斧で振り払った。ヒルダさんは、体を捻って斧に正面から当たるのを避け、斧と腕をそのまま登って隊長の喉に噛みつこうとした。
隊長は反対側にさしていた斧を抜くと何とかヒルダさんを振り払った。でも少し噛まれたらしい。首筋から血が出ている。
すかさず、シルバーバックさんとオッドアイさんが隊長に斬りかかった。隊長はシルバーバックさんの斧を弾きとばした。そしてもう一方の斧をオッドアイさんの方に向けて牽制している。
壁に叩きつけられた筈のヒルダさんの姿が見えない。物陰に隠れたみたいだ。隙を窺っているのかも。
「レンシア!」
隊長が怒鳴り、酒場中の人狼がこちらに注意を向けた。
酒場のドアが開き、狼が一匹、素早く人狼達の間を縫って駆けてきた。レンシアさんだろうか。
「吠えろ、レンシア」
レンシアさんは姿勢をいったん低くしてから、頭を高く上げ、遠吠えを始めた。その瞬間、人狼達の動きが止まった。
でも、遠吠えが終わると、また動き出す。続けてレンシアさんは遠吠えを始めた。
気が付くと、ファング隊長がこちらを見ていた。
「俺達の遠吠えには、悪意ある魔法を解く効果がある。しかし、一時的にしか利かないらしい」
ファング隊長は戦斧の背を手で一度叩いた。
「遠吠えをずっと続ける訳にはいかない。わかるな、イオ」
私は頷いた。この悪夢を一刻も早く終わらせなければ。隊長は戦斧を持つ手が重いとでもいうようになかなかあげてくれない。
「どうしても気が進まない時があるんだよ」
ヒルダさんの声が脳裏によみがえった。隊長は、丸腰の私を斬るのが嫌なのだろう。
「そういう時は敵が武器を振り上げるのを待って攻撃する事もあるんだよ」
私が隊長に斬りかかればいいのかもしれない。でも短剣の一つも私は持っていない。
「ファング隊長」
私は隊長に声をかけた。そして、もう一度、呪歌を歌う振りをした。
隊長は驚いたように目を見開いた。そして滑らかな動きで戦斧を振りあげた。