空蝉 <ドスの遺したメッセージ>
この作品は「春の推理2024」参加作品です。
設定は某刑事ドラマのパロディですが、めちゃめちゃ真面目に書いています。
長身にソフトカーリー、レイバンのサングラスにジーンズの上下、大股でヤジ馬を割け入る姿はここ淀橋署管内では、すっかりお馴染みで……整理に当たっている派出所の巡査の「ご苦労様です!」の声掛けにサッと敬礼で返し、アパートの鉄階段をカンカンと上がって行く。
バリケードテープの向こうにはアパートの住人が鈴なりだ。白の手袋をポケットから出してはめながらワラワラと居るヤジ馬の顔をぐるっと目でトレースし、紫門刑事は“現場”へ入った。
「遅くなりました!」
「そうでもないさ、オレも今来たところだ」
ガイジャの傍らに屈みこみながら谷山警部補が応える。
ガイシャはベッタリと血に染まった白の腰丈ネグリジェを着けている若い女性で、透けて見える胸やうなじは青白磁の様で、その“硬直”を表出している。
血の色より明るいルージュの赤と、つけまつげやアイシャドウに囲まれた半開きの目からこげ茶の“ガラス”が垣間見えて柴門刑事は思わず顔を背ける。
「右腹部に刺切創、凶器は持ち去られた模様、ガイシャの着ているベビードールの大量の血痕から死因は重要臓器の損傷もしくは失血、出血性ショックと思われる。 テーブルの上の灰皿には2種の吸い殻、そのうちの1種には口紅。飲みかけのビールの入ったコップが2個と野菜炒め……この事から犯人とガイシャはかなり親しい間柄だったと思われる。刺切創の深さから見て犯人は成人男性と考えてもいいだろう。土間へ続く血痕から犯人は凶器を携帯して出ていった……大丈夫か?チノパン!」
谷山警部補から声を掛けられた柴門刑事は顔を背けた訳を取り繕う。
「スイマセン!『ベビードール』って言葉が古くて可笑しくなってしまいました」
「ま、お前さんみたいなのは使わない言葉かもしれんな」
そう言いながら谷山警部補は鑑識課員と目配せすると、手袋をはめた手をガイシャの顔に当て、その瞼をググっと下げて改めて合掌し、柴門もそれに倣った。
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“淀橋署刑事課強行犯捜査係”の刑事部屋
石原刑事が“手帳”を読み上げる。
「ガイシャの身元が割れました。
名前は鈴木素子 スナック曙のホステスでした。 ママの話だと素子は身持ちが堅く、浮いた噂は全く無かったようです。ただ田舎に腹違いの弟が居て、その面倒は時々みているとか……」
「その“腹違いの弟”と言うのが気になりますな」と篠崎刑事長。
「そいつが実は素子の情婦で……今度の“ヤマ”の犯人と言う可能性もありますね」と鳥刑事。
頷いた渡警部はメンバーに指示を出す。
「いずれにしてもその“弟”が実在するかどうかも分からんのが今の状況だ。『ムリ』と『プリンス』は素子の身辺を、『チョーさん』は素子の郷里を訪ねてくれ」
「私とチノパンは犯人の行方を追います」との谷山警部補の声で皆、次々と刑事部屋を出て行き、渡警部はこの靄ががりの状況に思いを馳せながら手に持っていた万年筆のキャップを閉じた
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慌ただしく電車が出入りする駅のホームのベンチで谷山警部補がタバコをくゆらせていると労務者風の男が横に腰掛けた。
「エヘヘヘヘ ダンナ! アッシにも1本下せえ」
谷山警部補が『ハイライト』を箱ごと渡すと、男は箱の中から、重ね折りたたんだ数枚の“伊藤博文”をタバコと一緒に引き出し、タバコは口に咥え、“伊藤博文”を中へ押し戻した箱はポケット捻じ込んだ。
谷山警部補がそのタバコに火を点けてやると、男はうまそうに吸って、手に持っていた競馬新聞に赤ペンで書いた。
『高橋三郎 龍神会三下 元 スナックボーイ』
谷山警部補は行きかう電車の方に目を向けたまま尋ねる。
「そいつは今、どこに居る?」
「勘弁してくださいよダンナ~ アッシのねぐらに火が点いちまう!」
谷山警部補は男の肩をポン!と叩くとベンチを立って歩き始めた。
柴門刑事は手に持っていた牛乳の空き瓶を売店のカウンターへ返すと、歩いている谷山警部補に合流した。
「どこに行くんです?」
「けやき橋通り商店街の中にある木賃宿だ」
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部屋に入ると荷物はボストンバッグ一つきりで、小さな座卓の上の灰皿には燃えさしのお線香があり、白いハンカチの上にルビーのピアスが二つ並べて置いてあった。
「タニさん! これは……」
谷山警部補が腕組みをしようとした時に彼のポケットの中の無線が鳴った。
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白いスーツと派手なアロハシャツを血に染めた高橋三郎は霊安室に横たわっている。
立ち会っていた鳥刑事はやって来た谷山警部補と柴門刑事に声を掛ける。
「バカなヤツです。ドス1本で十川組の菅井へ向かって行くなんて!! 結果、菅井の足元でハチの巣です。」
「そのドスは?」
「鑑識に回っていますが……」
「恐らく鈴木素子の刺し傷と一致するだろう」
「二人目の殺しにゲンを担ぐつもりだったのでしょうか?」と鳥刑事は首を傾げる。
その鳥刑事の言葉に柴門刑事は思わず口を挟む。
「鳥さん! オレはそうじゃ無いって思えてしまうんです!」
「どういう事だ?!」
「うまく言えませんが……鉄砲も持たないテッポウダマなんて、鳥さんがおっしゃる通りバカげてます。だから高橋ははなから死ぬ気じゃなかったんでしょうか?あのドスを抱いて……」
柴門刑事の言葉に谷山警部補が珍しくため息をついた。
「凶器は必ず鑑識に回され、遺体の『守り刀』にはなり得ない。この髙橋と鈴木素子の間に一体何があったのか?……」
その日のうちに渡警部の口から『ホステス刺殺事件は被疑者死亡の為、捜査打ち切り』との決定が伝えられ、谷山警部補と柴門刑事は何日か振りで明るいうちに淀橋署を出た。
二人で公園脇を歩いていて、柴門刑事が何気なく道路端に目をやると、側溝の壁に背を預けたセミがこと切れていた。
柴門刑事の視線を谷山警部補は追い、その先に死んだセミを見た。
「ミンミンゼミだな、こんな汚れた空気の中でも鳴き続けていたが……」
「いつの間にか聞こえなくなっていましたね」
柴門刑事はしゃがんでセミの躯を側溝から摘まみ上げた。
「そのままにして置けばアリがきれいさっぱり持ち去って行くぞ!」
「いや!……なんだかこいつが……あの“ベビードールを着たオンナ”みたいで……だから埋めてやります」
谷山警部補は柴門刑事の手の上で動かないミンミンゼミに視線を落とした。
「なるほど、こうやって見ると透明な羽はそれらしく見えるな」
柴門刑事はセミを置いた穴へ土を掛け、スニーカーのつま先で押し固めた。
「結局、何にかに齧られ、土に溶けていくのかもしれないけど……」
「チノパン!空蝉って分かるか?」
「うつせみ??」
「セミの抜け殻の事だ。オレは子供の頃、雪解け水をその背中に溜めているセミの抜け殻を何度か見た事がある。 “実体”は既にこの世から消え失せているのに、その抜け殻だけがどこにも動けずに取り残されている無情を、な……」
柴門刑事は頷きながらも、この汚れ切った“昭和の世界”に思いを馳せていた。
土も川も海も空も公害に塗れ……スモッグで汚れた空気を吸い、廃液が垂れ流された川の水を飲み、ひょっとしたら背骨が曲がっていたかもしれない魚の切り身を安酒で流し込んで、ため息の代わりにニコチンタールたっぷりの煙を吐く。
そうして“不都合には目を逸らし”只々“未来”を信じて脇目も振らず一心不乱に走り続ける彼ら……
その先には彼らが思い描いた未来など無かったと言うのに!!
所詮、どこまで行っても人の世は汚れに満ちている。
ならばこの悲しい二人こそ!!
“空蝉の天使”なのかもしれない。
昭和デカ 『空蝉』 完
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この作品における人物、
事件その他の設定は、
すべてフィクションで
あります。
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私、黒楓はノリノリで書いていますが……
多分、刑事ドラマファンの方々からも怒られないと思います(^^;)
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ちなみに本作品の関連作“昭和デカ”シリーズはこちらです。
<昭和デカ>
https://ncode.syosetu.com/n9518hw/
<昭和デカ 死に染まる手>
https://ncode.syosetu.com/n9839hw/
<とんかつ>
https://ncode.syosetu.com/n2352im/
合わせてお読みいただけば幸いです<m(__)m>