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轢いた人を異世界転生!? トラ転ドライバーなんてお断りだ


「ふぁ〜……。相変わらず、この道は混んでんなあ」


 男は大きなあくびし、変わり映えのない日常に愚痴をこぼす。

 西狩 司(にしかり つかさ)は、この日もいつものように荷物を指定の場所まで運んでいた。

 

 運送業の彼は、一日の大半をトラックの運転席で過ごす。

 脳死でブレーキとアクセルを踏み、ついでにハンドルも切る。もはや感覚で運転しているようなものだった。

 

 だからと言って適当に運転しているつもりはない。

 二十五、六歳でこの仕事に就き、それから約十数年。司は無事故無違反でここまでこれたことが(ほこ)りであり自慢であった。


 

「♪ふんふ〜〜ん ふふ〜ん」


 鼻歌混じりに運転をする。

 トラックの運転席。そこは狭いプライベートな空間と言ってもいい。

 愚痴を吐いたり、大声で歌ったり、飯を食ったり、うたた寝したり…。誰からも干渉されない空間だ。

 


「ドラレコ見られたら嫌じゃないっすか?」



 いつだったか後輩にそう言われたが、まあ事故も違反もしないから確認もないだろうし、別にドラレコくらい見られても良いと思っていた。

 司には何も恥ずかしいことなんてないのだ。


 司は独身だった。

 この歳になると、友人と繋がっているSNSでは『第一子、第二子が誕生した』などと、おめでたい報告が定期的に上がる。

 司はと言えば…、最後の彼女も何年前だったか。もうとっくに忘れてしまった。

 

 守るものもなく恥もなくなった司にとって、ドラレコの映像を見られるよりも、このプライベートな空間で窮屈に運転しなければならない方がストレスになるだろう。



 ――――――



「ありがとうございました」


 荷物を指定の自宅に引き渡した司はまたトラックに乗り込む。


「あと少しで終わりか」


 夕暮れ時の住宅街。

 学校帰りの子供や買い物帰りの主婦、幅スレスレを走り抜けていく自転車に電動キックボード。

 こういう大通りから逸れた住宅街は、司を始め多くの運送スタッフが嫌っている場所だった。


 さすがの司もこのような場所では少し運転に身が入る。

 せっかくの無事故無違反に傷を付けたくはない。


「よしよし。もう大通りか」


 司がまた脳死状態に戻ろうとした時だった。

 

 前方に制服を着た高校生らしき男が飛び出してきた。


 まずいっ!!

 と思うよりも先に、全体重を乗せる勢いでブレーキを踏み込み、全握力を込めてハンドルを切っていた。


 急ブレーキをかけた反動でトラックが大きく揺れ、あちこちに身体をぶつけた。


「いってぇ…」


 そう言うと司はすぐにハッとし、即座にシートベルトを外す。


「大丈夫ですか!?」


 そう言いながらトラックから飛び降り、急いで前方へ向かう。


 ────おかしい……。

 だれも、なにも、無い。


「運転手さん、大丈夫ですか?」


 そばで見ていたという主婦が声をかけてきた。


「私は大丈夫です! 轢かれた方はどこへ!?」


 司は焦りと後悔と申し訳なさで必死な形相をしながら主婦に尋ねる。


「轢かれた…? そんな人いないです、トラックが勢いよく勝手に急ブレーキをかけてましたよ? だから運転手さんの心配をしているのですが…」

「そんなはずありません! 確かに目の前に飛び出してきたんです! 制服を着た! 男の子!」


 必死な訴えが逆に「司は関わってはいけない人」だと主婦に思わせてしまったようで、苦笑いをしその場から逃げるように去っていった。


 でも確かにいたのだ。

 あの距離感、あのスピード、あの感覚…。

 

 辺りを見回すが、どこにもその男性らしき姿がない。血痕もない。

 普通なら動けるはずもない。動けたとしてもどこかに血痕の一つや二つくらい…。


「いや、そんなはずは……」

 

 そこにはブレーキ跡だけが生々しく残っていた。


 ――――――


 あれから数日が過ぎた。


 あの日すぐにドラレコの映像も確認したがやはりなにも轢いてなどおらず、司のトラックが突如急ブレーキをかけたという奇妙な映像しか残っていなかった。


 幸い怪我もなく、トラックもどこかにぶつけたという事故もなかったのですぐに配達に戻り、きっと疲労からくる見間違えだと思いその日は就寝した。

 


 やはり見間違えだった、と何事もなかったようにこの日もトラックの運転している。


「♪ふ〜〜ふん ふふ〜〜ん」


 陽気な鼻歌が運転席に響く。

 天気のいい昼下がり。

 平日のこの時間は比較的歩行者も少ないので司の気分も晴れやかだ。


「ありがとうございました」


 いつものように荷物を届ける。

 見晴らしの良い道を真っ直ぐに走る。目の前にある十字路の信号は青だった。


 司はまた鼻歌を歌いながらその十字路を越えようとした。

 

 その時だった。

 

 ダボっとした黒いパーカー、ズルッとした黒いスウェットの全身黒ずくめの男が十字路の左から突如姿を現した。


 司はまた急ブレーキをかける。

 

 …………今度こそやっちまった。


 ハンドルに頭を乗せ項垂(うなだ)れる司の脳裏では最悪の展開を思い描いていた。

 ともあれ人命救助が先だ、と頭を上げフロントガラス越しに目の前の光景を見る。


 (おいおいおい……)


 司はまた勢いよくシートベルトを外し、道路をくまなく確認する。


 (冗談だろ……)


 その光景は、前回と全く同じだった───。


 ――――――


「西狩くんが有休を使うなんて珍しいね」

「すみません、ちょっと疲れてしまったようで一度休暇をいただきたくて…」

「かまわないよ。それにしても、いつも安全運転な西狩くんが、この短期間で二回も急ブレーキの指摘をされるなんて。何かあった?」

「いえ…、特には…」


 上司に頭を下げ、三日程の有休をいただいた。


 ――――――


 司はとにかくベッドに横たわっていた。

 肉体的、というよりも精神的に参ってしまっている。

 

 日頃の安全運転。

 確かに慣れてしまって気の緩んでしまった瞬間があったかもしれないが、十何年と決しておざなりな運転などはしたことがない。


 それが、この短期間で何度も厳重注意をされてしまうとは。

 自尊心にかなりの深傷を負った司は、鬱のような症状に近かった。


「お祓いにでも行った方がいいのか……」


 普段は占いだとか霊だとかそういう類のものは全く信じていない司だったが、この時ばかりは何かに(すが)っていたかった。


 深夜一時半。

 真っ暗な部屋の中、司はふとテレビをつけた。


 適当にチャンネルを変える。

 よくわからない長いタイトルの、よくわからないアニメの放送が始まったばかりだった。


「たまには……、現実逃避もいいな……」


 スマホを触りながらそのアニメを垂れ流した。


 ♦︎男の主人公が道を歩いている

 ♦︎目の前で小さい女の子が突然道路に飛び出した

 ♦︎その後ろにはブレーキの間に合わないトラック

 ♦︎主人公はその子を(かば)ように即座に道路に飛び出す

 ♦︎主人公の男はトラックに轢かれてしまった


「なんだこれ……」


 司は苦笑しながらそのアニメを見ている。

 

 その主人公はどこか異国の、この世ではない違う世界で生まれ変わったらしい。

 転生……、とか言っていたか。


「今はこういうのが面白い時代なのか」


 くだらない、と思いながらも冒頭の『トラックに轢かれる』というシーンが頭から離れなかった。


 興味本位で調べてみることにした。


「トラック…、轢かれる…、生まれ変わる……」


 その結果に目を見開く。

『トラックに轢かれて異世界転生』というような言葉がずらっと出てきた。


「なるほど……。トラックに轢かれる、というのはよくある舞台装置なわけか」


 たまったもんじゃないなと、司はテレビを消した。


 ――――――


 あっという間に有給も終わり、またいつものようにトラックを動かす。


 司はいつも以上に真剣で、周りから見ると『目がキマっている』状態だっただろう。


「今日は大丈夫だ…」


 そう(つぶや)き、淡々と業務をこなしていく。

 無事に全ての配達を終え、安堵しながら営業所に戻る時だった。


 また目の前に若そうな男が飛び出してきた。

 そのまま通りすぎてやろうかとも思ったが、やはり本能がそうはさせず、思いっきりブレーキを踏み込んでいた。

 

「クソがっ……!!」


 司は運転席で叫ぶ。

 異様な結末にももううんざりだ。


 ふとあのアニメのことを思い出した。


 

(…………まさか、俺がその舞台装置とでも言うのか?)


 

「クッ……、ハハハハ!!!」


 気が触れたかのように司は高笑いをする。


「そうだ…! 俺が舞台装置と言うなら俺自身が事故をすればいいんだ! そうすれば、こんな現実ともおさらばできる!」


 完璧に気が触れていた。

 

 瞳孔を開かせ、そのまま全力でアクセルを踏み込み数メートル先にある電柱に衝突させた───。



 ――――――


「ここは……」


 綺麗な場所だった。

 広大に広がる波のない静かな海。その海に反射した青空と雲は、まるで空が二つ存在しているかのように見えた。

 その上に司は立っていた。


「なんとか湖、みたいだな」


 空から一筋の光が司の前に降り注ぐ。

 すると、背中に大きな羽を生やし、純白のドレスのような服を着た女が光の中現れた。


 綺麗な人だった。

 六本木や銀座の高級クラブに行ってもこんな美女はお目にかかれないだろう。


「ここは、あの世とこの世の狭間(はざま)。そして、転生の間です」


 声まで綺麗だった。

 カナリアのさえずり、とはこういう人の声のことなのだろう。


「俺は……、やはり死んだのか?」

「ええ、残念ながら」


 そうか。死んだのか。

 普通なら取り乱したりするんだろう。

 しかし、もうそこに感情などはなく、司は事実のみを受け入れた。


 これが死、か。


「転生の間、と言ったか? 俺は何に転生出来るんだ?」

「お待ちください。貴方のことを知る必要があります。すぐに終わります」


 女は胸の前で手を組み、そっと目を閉じた。


「もう舞台装置なんて懲り懲りだぜ……。出来るなら、どっかの貴族とか王様とかにしてくれよ」


 司はほとほと困ったような表情をして頭をかいた。


「終わりました」

「そうか。で、俺は何に転生するんだ?」

 


「残念ですが、貴方はまだ転生できません」


「……は?」


 司は口を開けて立ち尽くした。


「貴方の役目はまだ終わりではなかったのです」

「言っている意味がわからないんだが?」

「今も様々な異世界が転生者を待ち望んでいるのです。貴方は、その選ばれし転生者を異世界へ送り出すための逸材。その役目がまだ残っているのです」

「おいおい、姉ぇちゃん。何を言ってるのかさっぱりなんだが……」


 司が言いかけているところで、その女は光の間を昇っていった。


「おい! まだ話が…!」


 女は最後の言葉を残し、光に包まれるように消えていく。

 

「大丈夫です。一度死んだという記憶も、ここでの記憶も残りません。『西狩 司』という人間として、また日々の生活に戻れます」

 

「おまっ……! それってなにも大丈夫じゃ…………

 

 

 ――――――


 

「ふぁ〜……。相変わらず、この道は混んでんなあ」


 男は大きなあくびし、変わり映えのない日常に愚痴をこぼす。

 西狩 司(にしかり つかさ)は、この日もいつものように荷物を指定の場所まで運んでいるのだった。



最後まで読んでいただきありがとうございました。

評価、ブクマが励みになりますのでよろしくお願いします★

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