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8.私に出来ること

 最初はお使いの日が来ると憂鬱だった。かなりの距離を重いものを持って歩くのだから。だが今では体力もつき苦ではなくなりむしろ「はい。喜んで」だ。ジリアンはこの日が来るのを楽しみにして一週間を過ごしていた。


 グリーンの商会の店番のダイナは気さくなおばちゃんといった感じでいつも笑顔でジリアンを出迎えれくれる。そして世間話がてらに他の貴族の噂話も教えてくれる。世間知らずの自覚があるジリアンにとっては有難い情報源だ。

 いつかカーソン侯爵邸を出る日のためにどんな情報でもあったほうがいい。ダイナはお駄賃よとまるで小さい子にご褒美を与えるようにジリアンにお菓子をくれる。照れくさくもあるが純粋に嬉しかった。


 ジリアンにはお休みもお給料もない。エヴァはジリアンが今まで不当にカーソン侯爵令嬢として過ごしきたその年数分を労働で返せと言った。給料を与えないのは屋敷から逃げ出す手段を奪う意図もあるのだろう。


 最低限必要なものや食事は与えられているので生きていく上では困らない。エヴァは果物やお菓子類は娯楽と捉え贅沢だと使用人には与えない。ルナや他の子たちは庶民向けの低価格のものを探してお給料から購入しているが、基本的に王都のお菓子の相場はかなり高額なのでそれなりに裕福でなければ手が出せない。

 そんな中ダイナからもらう飴やクッキーは貴重な甘味だ。ルナにも分けたらすごく喜ばれた。なにしろグリーン商会が扱うものなので高級品なのだ。多めにもらえた時は他のメイドや侍女長や料理長にも渡した。自分の力で得たものではないが今のジリアンに出来る最大の恩返しだった。


 もちろんダイナにも物凄く感謝している。いつかお礼がしたいと思っていたが何も出来ないまま数年が経っていた。そんなある日、あの出来事があった。リックやダイナがビテン公爵家のお使いの人とのトラブルに対応しているのを見た時、恩を返したいと思いワインを譲ったのだ。ささやかながらバナンやエヴァへの意趣返しも含まれていたのかもしれない。もちろん叱責は覚悟の上だった。


(私って性格が悪いのかも?)


 翌週お使いで商会に行けばダイナとリックが待っていたとばかりに出迎えてくれた。


「アンさん。先日はありがとうございました。カーソン侯爵はあなたに何か罰を? 大丈夫ですか」


 思いつめた顔で問いかけるリックに殊更なんでもないと笑顔を作る。


「大丈夫です。もちろん注意はされましたが今後は気を付けるようにと言われただけで済みました。だから気にしないで下さい」


 これは嘘だがわざわざ本当のことを言って心配させたくない。


「そうですか。それはよかった。今日はささやかですがお礼を用意しています。帰りは馬車で送りますので奥へどうぞ」


「そんな、お礼なんて……」


「遠慮しないで下さい。このままでは私の気が済まない。どうか私を助けると思ってお願いします」


 悲しそうな顔になったリックに申し訳なくなり思わず頷いてしまった。ダイナはニコニコしながらジリアンの手を引っ張って奥へと進んでいく。


「じゃあお言葉に甘えさせてもらいますね」


 奥に通されソファーに座るように促される。革張りのしっかりしたソファーは高級そうだ。

 向かいにリックが座ると、ダイナがテーブルに数個のケーキが乗った大皿ととりわけの皿を出してくれた。そして紅茶を入れてくれた。


「このケーキ、もしかして」


 美しいくデコレーションされたケーキは噂のケーキ屋さんのものかもしれないと思った。ルナから噂を聞いていていつか食べてみたいと話していた。でもきっとそんな機会はないと思っていた。


「今評判のお店のケーキよ。私もさっき味見に一個食べたけど美味しかったわ。アン、遠慮しないで好きなものを取ってね」


(これはが噂のお店の……並ばなくては買えないお高いケーキだ。こんなすごいケーキ本当に食べていいのかしら)


 どのケーキも美味しそうだ。思わずじっと見てしまう。迷ったがフルーツタルトを選んでお皿に乗せた。ジリアンはフルーツが好きだが、屋敷で使用人の食事にフルーツが出ることはない。


「いただきます」


「どうぞ、召し上がれ」


 ダイナとリックがニコニコと見守っている。新鮮なフルーツが乗ったタルトを一切れフォークで口に運ぶ。フルーツは瑞々しくタルト生地もアーモンドの味がしてサクサクしている。こんなに立派なケーキは両親が生きていた時だって食べたことがない。ここまで歩いてきたのでお腹もすいていた。タルトをぺろりと食べてしまった。


「アンさん。遠慮なく何個でも食べてほしい。本当はもっといろいろお礼をしたいのだが、何か望みはないかい? アクセサリーだっていいし、観劇にいくのもいいな」


「お気持ちだけで。私、お休みはないので基本的に外出は許されていないのです。それにアクセサリーを持っていることが知れてしまうと叱られてしまいます」


 リックは眉を顰めた。


「休みがない? それは酷いな。それに女性ならアクセサリーくらい持ちたいだろうにそこまで侯爵は干渉するのか?」


 失言だったかもしれないとジリアンは口を手で覆った。自分の置かれた環境はあまりいい状態ではないが、それを人に話すのはよくないことだ。不用意に発言してしまったことを反省する。リックは話術に長けているので話しているうちについ口が滑ってしまう。


「あの、仕方がないのです。借金があって……」


 エヴァはジリアンに借金の返済をさせているつもりのようなので嘘ではないし、それ以上説明のしようがなかった。


「そんな劣悪な雇用を……借金は一体いくらあるんだい? 私が肩代わりしてもいい」


 ジリアンは目を見開いた。リックの発言は想像の上をいっている。そんなお人好しなことを言う人がいるなんて信じられない。自分はワインを譲っただけだ。


「リックさん、大げさすぎます。私は大丈夫ですから。あ、もう一個ケーキ頂きますね?」


 話を逸らすためにケーキに手を伸ばす。いや、食べたい気持ちも強かったのだが。


「ああ、好きなだけ食べて欲しい。アンさんのために買ってきたんだ」


「こんなにたくさんは食べられませんよ」


 ダイナがお茶のおかわりを入れてくれた。紅茶も美味しい。


「それなら持って帰ればいい」


「それは……。お気持ちだけで充分ですから、もうこれ以上本当に気にしないでくださいね。ではいただきます」


 二個目のチョコレートケーキに手を伸ばす。ルナにも食べさせてあげたかったなと思うが持って帰たところをエヴァに見つかれば詰問される。今回のことがバレてしまうかもしれない危険があるので諦めるしかない。


 バレればリックを巻き込みかねない。彼は隣国の商人で平民だ。エヴァやバナンが怒りにまかせてグリーン商会に圧力をかけるかもしれない。カーソン侯爵家は国内ではそれなりの家格の貴族だ。そうなればジリアンには成す術がない。


「分かった。これ以上無理を言って恩人のアンさんに気を遣わせるわけにはいかないからね」


 頑ななジリアンにリックは眉を下げると引き下がった。

 



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