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本当はあなたに好きって伝えたい。不遇な侯爵令嬢の恋。  作者: 四折 柊


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25.再会

「ヒューゴ。彼女は……ジリアンはカーソン侯爵の令嬢で間違いないのか?」


 フレデリックは部屋に入るなりイライラとヒューゴに問いかけた。一瞬彼は首を傾げたが「ああ、そうか」と頷いた。


「ジリアン嬢はカーソン侯爵夫妻の姪で今は養女になっている。前侯爵夫妻が亡くなったあとジリアン嬢は引き籠って社交界には出ていなかったが、最近結婚相手を探す為に夜会に出るようになったな。フレデリックとジリアン嬢はどういう関係なんだ?」


「それよりヒューゴはジリアンと懇意にしているのか?」


「彼女に婚約の打診をしたが」


「……」


 フレデリックは今なら目だけで人を殺せそうな気がした。そう、目の前の男を。


「そんなに睨むなよ。私はすでに断られている。お前、女性に興味がないと思っていたけどジリアン嬢とそういう仲なのか?」


「彼女に求婚したが断られた……」


 ヒューゴは目を丸くして呆気に取られている。そしてなるほどと頷いた。


「お前が断られた? まあ、あの家から出るのは大変だろうな」


「ジリアンのことで知っていることを全部教えてくれ」


 ヒューゴの話によるとジリアンは両親の死のショックで部屋から出ず我儘贅沢に過ごしているという噂らしい。だがほとんどの人間が信じていない。ドレスや宝石を強請って困るとエヴァが触れ回っているらしいが、普通若い女性ならドレスや宝石を手に入れたら付けて見せびらかしたいはずだ。それなのに引き籠っているとはおかしいではないか。ジリアンの立場を考えれば本人は弁解できないのだから何とでもいえる。彼女がメイド服を着て出歩いていると言う目撃談もありその境遇は察せられていた。ただ社交界では面白がってエヴァの言葉のままの悪女としての話が流れている。嘘をついているエヴァは密かに嘲笑されているが本人は上手く立ち回っていると思って気付いていないらしい。


「ジリアン嬢の話は公然の秘密だから、他国のフレデリックの耳には入りにくかったのだろう」


「カーソン侯爵夫人は随分と迂闊だな。それでなんでヒューゴは求婚したんだ? お前には恋人がいるだろう? 別れたのか?」


 ヒューゴは頭を抱え顔を歪ませた。


「まさか! 私は彼女と別れるつもりはない。結婚したいが両親が許してくれなかった。ジリアンに求婚したのは打算だ。父からは子爵位をもらうことになっていたので、事情はあれど侯爵令嬢であるジリアンと結婚すればとりあえず両親は納得させられる。ジリアンの境遇なら私の事情を話せば白い結婚でも受け入れてくれると思った。恋人は不本意だが愛人として側に置くつもりで……」


「ふざけるな」


 ヒューゴの勝手な言い分に腹が立った。彼の恋人は平民だ。ウイルソン公爵は選民意識が強い。息子が平民と結婚することを許さないのは想像に難くない。だから貴族と結婚して恋人は愛人として置くように言われたらしい。だからと言ってジリアンを利用しようとするなど許せない。


「今日カーソン侯爵がジリアンとの話はなかったことにしてイヴリンと婚約して欲しいと言ってきた。両親は子爵位を継がせるより侯爵家の婿入りに乗り気で承諾してしまった。イヴリンは可憐な振りをしているが気性が激しいのは見ていればわかる。婿入りして恋人を愛人にしたらイヴリンが何をするか分からない。きっと危害を加えられる。私はどうしたらいいのか……」


「もしも駆け落ちを考えているのなら手を貸してやろうか?」


 フレデリックは思案した。カーソン侯爵夫妻、とりわけエヴァの性格からジリアンをまともな家に嫁がせないだろう。ヒューゴの状況を利用してジリアンを手に入れる。ヒューゴが顔を上げ縋るようにフレデリックを見る。


「助けてくれ。頼む! 私は家を、いいや国を捨て彼女と駆け落ちをする。だが私は両親に監視されているんだ」


「それならばまずはイヴリンとの結婚は受け入れろ。そしてカーソン侯爵家に出入りして内情を教えてくれ。あの家の弁護士とも接触して欲しい。その代わりにお前が恋人と住む場所や逃げる算段を手配してやる」


 ヒューゴにはイヴリンとの親交のためにという建前で侯爵家を探らせたが使用人は一様に口が堅く新しい情報は得られない。その後弁護士と接触する機会が得られたと言うので引き合わせてもらった。弁護士のことは事前に調査してある。彼はジリアンの父親の友人だった。平民でありながら努力で弁護士になった。ジリアンの父親に援助を受けていて恩を感じている。人柄はよさそうで彼に事情を打ち明ければ力を貸してもらえると踏んだ。


「ジリアンを救い出したい。力を貸して欲しい」


 フレデリックは弁護士に頭を下げ誠心誠意頼んだ。弁護士は訝しそうにフレデリックを見たが今までのジリアンとのやり取りなどを包み隠さず話した。もちろん自分の身分も打ち明けた。弁護士は納得すると自分の知っている話を教えてくれた。どうやらフレデリックのことを信用してくれたようだ。


「現在、ジリアン様は使用人棟の屋根裏部屋に軟禁されているようです。他家に嫁がせるために証拠となるような明らかな虐待は行われていないことは確かです」


「なぜそのことを知っているのですか?」


「使用人の中に私の手の者を入れています。ひどい状況であればジリアン様を逃がすつもりでしたがそこまでではないと判断し様子を見ています」


 彼はずっとジリアンを見守っていた。安易に連れ出すのは悪手になると今まで様子を見ていたのだろう。弁護士の冷静な態度は頼もしいが今すぐジリアンを連れ出したいと思っているフレデリックには生温く感じた。


「カーソン侯爵夫人は自分の過去の不幸をジリアン様にぶつけることで憂さ晴らしをしています。甚だ理不尽なものですが、彼女は一応貴族としての教育も受けているので世間体を重んじ証拠の残る行為は行っていません。まあ、小心者ですからね。私はジリアン様と直接話すことが出来ず、彼女が平民になることを望んでいるのか貴族でいたいと思っているのか分からなかったので、強行な行動には出ませんでした。ジリアン様の選択肢を残して置きたかったのです。強引に連れ出すことも出来ますがエヴァは追手をかけるでしょう。そこで私が捕まればジリアン様は更に立場が悪くなる。それでそれは最後の手段として考えていました。だが今、カーソン侯爵夫人はジリアン様をあまり評判の良くない家に嫁がせようとしているのでそろそろ手を打とうかと考えていました。」


「それならば協力して欲しい」


 弁護士はジリアンの父親の親友で元共同経営をしていた男を紹介してくれた。ジリアンの父親が爵位を継いだ時に商会はその男がすべて引き継いでいた。弁護士と商人は密かに連絡を取り合いジリアンを見守っていた。エヴァが知れば妨害される可能性もあるので表立って動くことはせずに見守っていたそうだ。


「どうか私に協力して欲しい」


「ジリアン様のためになるならいいでしょう」


 その商人はエヴァがジリアンの両親の持ち物を売ったり処分しようとしたものを買い取り保管していた。


「それは私に売って欲しい。ジリアンを我が家に迎えた時に渡してやりたい」


「お金は要りません。初めからジリアン様に贈るために保管していたものですから」


 商人は嬉しそうに微笑んだ。親友の忘れ形見の娘の行く末をずっと気にしていたようだ。


「結婚したらジリアンに会いに来て欲しい。きっと彼女は両親の話が聞きたいだろう」


「ぜひ。くれぐれもジリアン様をお願いします」


 ヒューゴにカーソン侯爵家に出入りしているドレス工房の女主人に、隣国の伯爵子息の話を吹き込ませた。悪評取り巻く子息の婚約者を紹介した人には多額の謝礼金が出ることとジリアンの結婚相手をエヴァが探していたことも吹き込めば、女主人はしたり顔で頷いた。貴族の思惑を読むのに長けた人間で有難い。


 女主人がエヴァにその話をすればエヴァはすぐにその縁談を整えたいと言って来た。ヒューゴ経由で女主人にはたっぷりと謝礼をはずみ口止めをした。


 もちろんその悪評取り巻く伯爵子息とはフレデリックのことだ。エヴァが喜びそうな内容を敢えて大袈裟に語ってもらった。

 エヴァはそれでも用心深く弁護士にその噂の真意を調べるように頼んだ。フレデリックの協力者である弁護士は調査を行った振りをして真実だとエヴァに伝え、ジリアンとの婚約と婚姻の手続きを一手に引き受けてくれた。


 カーソン侯爵家には支度金名義のお金を惜しまずに渡した。フレデリックにとっては大した金額ではなかったし手切れ金だと思えば安すぎるほどだ。イヴリンの婚約が決まり機嫌のいいバナンとエヴァも大金が入り満足していた。そして全ての手続きが無事に完了した。

 

 実はそのやり取りの間にヒューゴの恋人がイヴリンの手配した者の手で危害を加えられそうになっていた。イヴリンは両親に甘やかされあたかも自分が王女にでもなったかのように振る舞う。物事が自分の思い通りに行かないと子供のように癇癪を起す。婚約が決まったあとヒューゴに愛人がいることを公爵夫妻から聞かされていたようで、排除しようとした。


 恋人は何とか無事であったが、心配したヒューゴに頼まれて恋人を預かり、先に彼らの次の生活拠点にと用意した屋敷に移動させた。もちろん念のために護衛も雇っておいた。ヒューゴは彼の両親を騙す為に恋人と別れイヴリンとやっていくことを決心したように振る舞わせた。


 そしていよいよジリアンを迎えに行く。フレデリック自身がいくことは出来ないのでタイラーに頼むことにした。フレデリックはタイラーの人柄も腕も信用している。タイラーは傭兵上がりで圧が半端ないが見かけによらず人情に篤いいい男だ。タイラーにはジリアンの事情を説明し、エヴァが納得しそうな演技をするように指示した。もちろんジリアンは丁重に連れて来るようにと。

 婚姻は成立しているとはいえ豪華な迎えを出せばエヴァがごね出すかもしれない。だから見栄えのしない馬車を用意した。馬車だけの移動だと時間がかかるので汽車の一等車の切符を用意しそれで移動するように頼んだ。自国の駅にはフレデリックが迎えに行く予定だ。


 ヒューゴは公爵夫妻が油断したころで出奔することになっていたが、隙が見つからず実行した日がイヴリンとの結婚式の前日の夜になってしまった。

 その結果、イヴリンは結婚式を直前にして花婿に逃げられた憐れな花嫁として長く社交界の話題となる。


 フレデリックはジリアンが来る日の早朝、はりきって身だしなみを整えていた。ところが仕事のトラブルで別の国に行かなければならなくなった。もう泣きたいくらいだ。両親にジリアンを迎えてもらおうと思ったが領地で災害があり急遽二人ともそちらの対応に向かった。執事や使用人にはくれぐれもジリアンを温かく迎えるように頼み、後ろ髪を引かれる思いで出発した。行きがけにフィンレー公爵邸に寄りシャルロッテの体調が良ければジリアンの様子を見に行って欲しいと頼んだ。急いでいたので詳しい話が出来ず、シャルロッテは不満を露わに頬を膨らませていたが最後は結婚の報告に笑顔で「おめでとう」と言ってくれた。きっとシャルロッテならジリアンと仲良くしてくれるだろう。


 フレデリックはそのままトラブルの対応に追われようやく帰国のための船に乗っていた。


「うっかりしていたがジリアンからは告白のいい返事をもらっていないのに婚姻まで成立させてしまった。怒られるだろうか?……」


 それでも彼女を諦める選択肢は存在しない。ジリアンがこの結婚を受け入れてくれることを祈るような気持ちのまま急いで屋敷に帰った。


「ジリアンは?」


 玄関の扉を乱暴に開け開口一番ジリアンのことを問いかければ執事は呆れた目でフレデリックを眺める。後ろでは生温かい目でフレデリックを侍女のリリーが見ている。


「ジリアン様は今お庭にいますよ」


 フレデリックはそのまま足早に庭に向かう。女性の後姿が見えて思わず呼び掛けた。


「アンさん」


「リックさん……」


 ジリアンは目を丸くした後、瞳を潤ませた。唇を震わせながらフレデリックの姿をじっと見る。そしてその唇を開いた。


「会いたかった……私……リックさんが、好きです……」


「ジリアン!!」


 フレデリックがずっと焦がれるように欲しかった言葉だ。ジリアンから聞きたかったその言葉にフレデリックは喜び、思わず手を伸ばしジリアンを強く抱き締めた。自分の腕の中にジリアンがいる。その温もりは実感をもたらしフレデリックの目頭を熱くした。






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