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本当はあなたに好きって伝えたい。不遇な侯爵令嬢の恋。  作者: 四折 柊


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17.馬車の中であなたを想う

 ジリアンはエヴァに呼ばれた時に嫌な予感がしていた。部屋に行くなり真新しいワンピースを渡され着替えるように言われる。その時に見つからないように持ち歩いていた両親の形見のハンカチを忍ばせた。ジリアンにとってお守りのような存在だ。


 エヴァは嬉々としてジリアンの婚約が決まったこととその相手について話した。聞くにつれ血の気が引いて眩暈がしそうだった。相手は隣国の伯爵家の嫡男でその家は資産家だ。子息は金にものを言わせ放蕩三昧、傲慢不遜で暴言や暴力を振るい女性関係にもだらしがない。そんな人なので自国では相手が見つからないとこの国で相手となる女性を探していた。そしてジリアンに決まったと。呆然としながら応接室に行けば、伯爵家から迎えの男が来ていた。身一つでいいと言っているからこのまま行きなさいと言われた。


 ジリアンは突然決まった自分の結婚話に呆然として返事も出来なかった。ショックで言葉も出ない。いつかこの家を追い出される覚悟はしていた。それも伯父たちの都合のいい相手のところへ嫁がされる形で。でも、まさかそれが今日だとは考えてもいなかった。


「ジリアン。お前は隣国の伯爵家の子息に嫁ぐことが決まった。もう手続きは済ませてある。伯爵は早速迎えを寄越して下さったのだから、このまま隣国へ向かいなさい。支度金は今までお前を追い出さずに面倒を見てやった費用として私が受け取っておく。当然のことだ。いいな?」


 バナンは冷たく言い捨てる。血の繋がった姪であるジリアンに対して愛情の欠片もない。この人は自分を嫌っていることを知っていたがそれを改めて突きつけられるのは辛いことだった。

 ジリアンは何の準備もなく生家を追い出される。今から逃げることは出来ない。


「いい縁組が決まってよかったこと。おめでとう」


 エヴァの顔は晴れやかだ。 


「ジリアン。おめでとう。あなたなんかをもらってくれる人が現れて本当によかったわね。本当ならあなたは平民なのよ。それが隣国とは言え貴族として伯爵家に嫁げる。その幸運に感謝しなさいな」


 イヴリンは最後までジリアンに歩み寄ることはなかった。


 ジリアンはそのまま玄関に引きずられるように連れていかれた。

 外には薄汚れた馬車が二台止まっている。一台は迎えに来た(くだん)の伯爵家の使いの男が、もう一台にはジリアンが乗る。使いの男は大柄で熊のような体に頬に太刀傷があり、まるで盗賊に見える風貌だった。その威圧感に体が震える。まるで自分は売られていくようだ。それでもこの男と馬車に同乗しなくてすんだことに少しだけ安堵する。


 促されるまま馬車に乗り込んだ。窓を開ければイヴリンだけが見送りに出てきた。


「ジリアン。あなたに似合いの馬車ね。さようなら。もう二度と会うことはないでしょうけどあなたの幸せを祈っているわ」


 イヴリンは可憐な笑みを浮かべる。伯父家族にそこまで憎まれている理由が最後まで理解できなかった。

 御者が馬に鞭を打ち馬車が出発する。ジリアンは最後まで一言も言葉を発することはなかった。声を出してしまえば泣き出してしまいそうだった。きっとそれはイヴリンをさらに喜ばせるだけだ。奥歯を噛んで耐える。それはジリアンの僅かな矜持だった。


 曇天の下ガタゴトと馬車が街道を進む。まるでジリアンの心を映したような空だ。何の心の準備もなく自分の生まれた生家と祖国を離れなければならない。見慣れた道を眺めながら胸いっぱいに寂寥を感じた。

 せめて最後に「さようなら」を言いたい人がいた。自分を「好きだ」と言ってくれた人。いつも自分を気遣い優しくしてくれた人。ジリアンも彼が好きだった。でもその思いを最後まで伝えることが出来なかった。


 こんなことになるのならリックの告白を受けた時に自分も正直な気持ちを伝えておけばよかった。もう彼に会うことは出来ない。胸の中は後悔だらけだった。でももし告げても彼と一緒になることは出来ないのだからこれでよかったと必死に自分に言い聞かせた。


 もう自分はすでに隣国の伯爵家に嫁入りしていることになっている。エヴァの仕事は早く婚約の日付は一週間前で、昨日付けで婚姻届けが成立しているそうだ。もう、自分はカーソン侯爵家とは関係のない人間になっていた。


 本心では今すぐ馬車を降りて逃げ出したい。リックに助けてと縋りたい。隣国の見知らぬ男性と結婚なんかしたくない。でも……どうすることも出来ないことも分かっていた。伯父がお金を受け取ってしまった以上、これは契約だ。婚姻届けも出されていては逃げても追われすぐに捕まる。リックを頼っても巻き込んで迷惑をかけるだけだ。平民である彼が貴族相手に逆らえるはずがない。だから諦めるしかない……。


 ジリアンはこの国の景色を心に刻みつけるように窓の外をじっと見つめ続けた。しばらくすると目の奥が熱くなる。視界はぼやけそして歪む。瞬けば涙が頬を伝い落ちる。膝の上の両手をぎゅっと握り締め胸の痛みを耐える。


「リックさん……あなたが好きでした……。あなたは何度も好きだと言ってくれたのに、伝えられなくてごめんなさい……」


 涙が決壊したように止まらない。


「ふっ……ひっく……うっ…………」


 ジリアンの言葉は誰にも聞かれることなく風に溶けて消えていった。

 涙を拭うことなく馬車の中でリックのことをずっと思い出していた。笑顔、声、触れた手にダンスの時間。全部宝物できっとこれから辛いことがあった時の支えになる。それほど彼との時間は幸せだった。


 街を二つ抜けたところで馬車が止まった。ドアをノックする音が聞こえた。とっさに涙を拭い返事をする。扉が開くと使いの男が顔を出した。

 

「ジリアン様。ここで降りて頂けますか?」


 低い声に体が強張る。言葉は丁寧なのに圧がすごい。こくりと頷き馬車を下りる。そこはある建物の前だった。豪華な造りの大きな休憩所……。噂では聞いたことがあるが高位貴族が男女の逢引きで使うらしい。とっさに頭に浮かんだ想像に心が恐怖に染まる。


「さあ、個室を用意してあります。中に」


「はい……」


 今自分が走って逃げてもこの男からは逃げられない。恐怖から目を背け諦めを滲ませながら重い足取りで店に入った。





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