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本当はあなたに好きって伝えたい。不遇な侯爵令嬢の恋。  作者: 四折 柊


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15.あなたとのダンス

 リックはいつも忙しそうだ。ジリアンがお使いでお店に行って二人でお茶をしていても彼を訪ねて来る人は多い。男爵令嬢のファニー以外にも女性が話しかけにやってくる。たいていは甘い声でデートのお誘いをしている。


 リックは仕事上の相手なので明確に突き放さないがやんわりと断っている。そんな資格はないのに「彼に近づかないで」そう言いたくなる。彼は魅力的な男性だから、女性に言い寄られるのは当然だ。いつかきっとたった一人を選ぶ。それがジリアンではないと思うと胸が引き裂かれそうだった。

 今夜も夜会に出なければならない。憂鬱な気持ちで準備のためにエヴァの部屋に向かう。


「ジリアン。今夜はこれに着替えて夜会に出なさい。主催者は公爵家です。くれぐれもみっともない振る舞いはしないように。これは特に高価なドレスなのだから汚さないように気を付けて。あと宝石も傷をつけないように注意しなさい。どれもあなたには到底弁償できるようなものではないのだから」


「はい。おく、伯母様」


 夜会に出るための支度をするときはアンからジリアンになりエヴァを「伯母様」と呼ぶ。普段は「奥様」なのでつい言い間違えそうになる。


「ジリアン。手袋を忘れずにね。決して外さないように」


「かしこまりました」


 これも夜会に出るたびに言われる。伯母付きの侍女の手を借りて深紅のドレスに着替える。今夜のドレスもデコルテは大きく開いている。いつもより派手な色にデザインだ。所謂男性受けしそうなものでジリアンの趣味ではない。


 やや派手目の化粧を施しライトベージュの髪はアップにして赤いバラの髪飾りをつける。最後に上等な絹の美しい刺繍が施された特注品の手袋をする。


 伯母はジリアンの全身を確かめると仕上がりに頷きながらも不快そうに眉を寄せた。ジリアンを着飾ることが不本意なのだろう。


 公爵邸に着くとイヴリンは足取りも軽く会場に向かう。ジリアンは気が重くて仕方がない。結婚したくないがもしも縁談がまとまってしまえばリックのことを諦められるのかもしれない。主催者の公爵家の三男であるヒューゴは自分に婚約を申し込んできた相手だ。エヴァはジリアンとの話は断りイヴリンへの婿入りを打診中らしい。正直なところ断ってくれたのは有難いが、気まずいので今夜ヒューゴと接触することは遠慮したいものだ。


 会場入りしてしばらくすると、スラリと洗礼された柔和な男性が声をかけてきた。懸念通りヒューゴに声を掛けられてしまった。ヒューゴはモテるようで若い令嬢が彼に秋波を送っている。イヴリンもうっとりと見惚れている。


「こんばんは。イヴリン嬢、ジリアン嬢。一曲お願いできますか?」


 挨拶の後すぐにジリアンに手を差し出しダンスに誘う。さすがに断れなくて手を取る。イヴリンは目を見開くと自分が最初にダンスを誘われなかったことに対して苛立ったようで、ジリアンをキッと睨みつけたが気付かなかった振りをしてヒューゴの手を取った。


 イヴリンは飛びぬけて美人ではないが大きな瞳が愛らしく守ってあげたくなるような雰囲気がある。イヴリンも男性からダンスを誘われているようだが断ってこちらをじっと見ている。

 ジリアンは音楽に合わせてヒューゴとステップを踏む。彼はそつなくリードをしてくれていた。


「ジリアン嬢。私ではお気に召さなかったのでしょうか? 正直断られて落胆しました。私は三男ですが親から子爵位を譲ってもらうことが決まっています。贅沢とまではいきませんが不自由な生活はさせませんよ。イヴリン嬢との話が進んでいますが正直婿入りは気を遣うので敬遠していました。出来れば私とのことをもう一度考えては頂けませんか?」


 やはりその話になってしまった。


「申し訳ございません。伯父と伯母が決めるので私にはどうすることも……」


「ああ、やはりそうでしたか。あなたの傲慢で我儘だという噂と実際の立ち振る舞いが一致しないのできっと事情があるのだと思いました。ですがカーソン侯爵夫妻があなたの親権を持っている以上仕方ありませんね。ごり押ししてジリアン嬢を困らせる訳にもいかないので引き下がりましょう。残念です」


「はい。お気遣いありがとうございます」


 ヒューゴは終始穏やかだった。そして詳しく話せない事情も汲み取ってくれたようでホッとした。社交界で伯父夫婦はジリアンを庇う発言をしながらさりげなく貶めていたようだが、分かる人には分かってしまうようだ。


 ヒューゴは曲が終わるとジリアンを壁際に連れて行き今度はイヴリンの手を取った。イヴリンは嬉しそうにホールへ向かっていく。たぶん今回の夜会はヒューゴとイヴリンのお披露目的な意味合いがあったのだろう。ヒューゴの様子ではすでにイヴリンとの婚約は受け入れているように見える。彼がジリアンに求婚したのは恋情ではなく何か利点があったに違いない。だからジリアンが絶対に必要だった訳じゃない。そのことは気持ちを少しだけ軽くした。


 ジリアンはボーイから果実水を受け取り喉を潤した。バナンもエヴァも公爵夫妻と歓談中だ。


「アンさん?」


 ジリアンは自分を呼ぶ声に体を強張らせた。この声は……。ゆっくりと振り向き声の主を見る。視界に入った男性は自分より頭一つ分ほど背が高い。いつもはラフな格好しか見たことがないが今はテールコート姿だ。金色の髪を後ろに撫で付け貴公子然とした姿に自分の知っている彼なのかと一瞬疑問に持ち思わず問いかけるように名を呼んでしまった。


「リックさん?」


「ああ、やはりアンさんだった。なぜここに?」


 ジリアンは返答に詰まり視線を彷徨わせる。思わぬ場所で密かに想いを寄せる相手との邂逅にどうしていいか分からない。リックはジリアンに手を差し出した。


「一曲踊って頂けますか?」


 逡巡するがこのまま話すよりダンスをしている方が不自然ではないだろう。いや、それはいい訳だ。彼と踊って見たかった。


「はい」


 そのままホールに入るとリックに腰を支えられる。曲に合わせて踊り出した。彼はジリアンの耳元で小さな声で問いかける。


「レディ。お名前を伺っても?」


「ジリアン……ジリアン・カーソンと申します」


「カーソン侯爵家のご令嬢?」


「……はい。事情があってメイドとして働いていますが貴族籍に入っています。リックさんは何故ここに?」


 もうこれ以上、隠すことは出来ない。ジリアンに神様がリックを諦めるためのチャンスをくれたのかもしれない。彼との最初で最後のダンスを思い出に、この恋を終わらせるようにとの思し召しだ。


「私は仕事の付き合いで来ました。あなたが私の求婚を拒否した理由はこのせいでしょうか?」


 事情の全てを話すことは出来ない。もしここで話せばみっともなく泣いてしまいそうだ。ジリアンは眉を下げ小さく謝ることしかできない。


「ごめんなさい」


「あなたの心は私に向かってくれていますか?」


「あっ…………」


 言葉を呑み込み唇を噛み目を逸らした。それ以上何も言わないジリアンにリックは問い詰めたりしなかった。


「分かりました。ジリアン嬢。せっかくだから今はダンスを楽しみましょう」


 伏せていた顔を上げリックを見ると柔らかい笑みを向けられた。彼はどこまでもジリアンに優しい。それならば今は甘えさせてもらおう。


「はい。リックさんはダンスがとても上手ですね」


 ヒューゴも上手だったがリックと踊る方がしっくりくる。


「教養として一応身につけているからね。アンさんの足を踏むようなへまはしないから安心して欲しい」


「まあ。ふふふ」


 お互いの目を見つめ合いながらこの時間を心に刻む。お慕いしている人とのダンス。素敵な時間。それはあっという間に終わってしまった。静かに礼をしてリックのエスコートで再び壁際に戻ってきた。そこにエヴァが足早に近寄ってきた。


「ジリアン。そちらはどなた?」


 今までの幸福な時間が消え、エヴァの厳しい声を聞き背中に冷たい汗が流れる。


「カーソン侯爵夫人。初めまして、グリーン商会のリックと申します。いつもご利用ありがとうございます」


 リックはさっきまでの砕けた雰囲気を消し去り、よそゆきの顔を貼り付けてエヴァに丁寧に腰を折った。


「グリーン商会? ああ、バナンのワインを注文している……そう、そうなのね……。それで? ジリアンに何か用でも? この子はまだ婚約者がいないので平民と懇意にしているなど噂が立つと迷惑するのよ」


「それは配慮が足りませんでした。私はただ彼女のルビーのネックレスが素晴らしいものなので、お話をお聞きしたいと思いお声をかけさせて頂いたところです。厚かましくもダンスまでお誘いしてしまい申し訳ございません」


 戸惑うことなく理由を告げるその表情は隙のない商人そのものだった。エヴァはリックを一瞥すると返事をせずにジリアンの腕を掴む。


「ジリアン。あなたは先に帰りなさい。私たちは公爵ご夫妻と大切な話があります」


「はい。伯母様」


 ジリアンは一度だけリックの姿を目に焼き付けるように見つめ、帰宅のためにその場を離れた。屋敷に戻るとエヴァ付きの侍女が手際よくドレスを脱がせアクセサリーも回収していく。さっと湯浴みをすませると使用人棟の天井裏の自室に戻った。

 

 ジリアンはリックの手を取りダンスを踊ったことを思い出していた。彼の手を取りくるくると踊る。なんて素敵な一時。あの時間は大切な思い出となったが、エヴァに見られたのはよくなかった。彼に迷惑をかけることにならなければいいと願いながら目を閉じたが、今夜はいろいろなことがあり過ぎて眠れそうもなかった。






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