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本当はあなたに好きって伝えたい。不遇な侯爵令嬢の恋。  作者: 四折 柊


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11/33

11.まだ貴族だった

 今日はジリアンの十九歳の誕生日だ。誰にも言っていなので祝われることはない。自分からそのことを話すのは「おめでとう」の言葉を催促しているようではしたなく思えた。いつもと変わらない朝が始まりいつもと同じように仕事をするはずだったのだが。

 午前の仕事の後昼食を取り、午後からはホールを磨くためにバケツとモップを持って移動しようとしたところで侍女長に声をかけられた。


「アン。奥様がお呼びです」


「はい」


 最近のエヴァはイヴリンの婚約者を決めるための縁談で忙しそうにしている。ジリアンに一体何の用があるのだろう。


「奥様。失礼します」


 エヴァはジリアンを一瞥すると後ろに控えている侍女二人に頷いた。


「アン。今すぐ湯浴みをしてきて頂戴」


「えっ? あの?」


 理由を問う前に侍女がジリアンの腕を引っ張り浴室へと連れていく。


「これはどういうことですか?」


「奥様の指示です」


 エヴァ付きの侍女は理由を教えてくれない。一瞬拒絶したくなったが逆らうのは無駄だと判断して侍女の手に委ねる。彼女たちは淡々とジリアンの服を脱がし体を磨いていく。丁寧に隅々まで磨かれた後はボディクリームを塗られた。髪にも艶出しのオイルを丁寧に塗る。


 久しぶりの湯浴みにさっぱりして嬉しいが一体なぜなのか。エヴァが優しさで入浴させてくれるわけがないのだから思惑があるはずだ。いやな予感がした。ガウンを着て部屋に戻るとそこには豪華なドレスが用意されていた。


「ジリアン。これに着替えなさい」


「奥様。これは、どういうことでしょうか?」


「今夜は夜会に出てもらいます。夜までに貴族名鑑を覚えなさい。それと我が家と仕事の取引をしている家についてまとめたものがあります。これも目を通しておきなさい」


 困惑しているとエヴァは侍女にジリアンの着替えを指示する。


「あの……」


「夜会では私を伯母様、バナンを伯父様、イヴリンのことはお姉様と呼びなさい。お前の戸籍は私たちの養女になっています。いずれ我が家にとって利になる貴族に嫁がせるためです。お前ももう十九歳になったのだからそろそろ嫁ぎ先を探さないとね。あと余計なことは言わず自分の立場を理解した行動を取りなさい。いいですね?」


 私は貴族のまま? 知らない、そんなこと知らなかった……。

 混乱したまま侍女の手によってコルセットを付けられる。久しぶりに締め付けられ息が苦しい。そのまま髪を結い化粧を施される。


 支度が終わり姿見で全身を確かめたが、それなりに綺麗に仕上がっていた。でも心はまったく浮き立たない。頭の中は真っ白なままだ。

 ジリアンがバナンとエヴァの養女になっているのなら自分は侯爵令嬢のままで、いずれ貴族の娘として二人の決めた結婚を受け入れなくてはならない。彼らは自分を嫌っているからとっくに貴族籍から抜けていると思っていた。いつかこの家を出て平民として生きていくことを望んでいた。それなのに……。


 支度が整うと別室に連れていかれ貴族名鑑や我が家の仕事関連をまとめたものに目を通す。目が文字を上滑りして内容が頭に入ってこない。


 一応ジリアンは使用人仲間たちとの休憩中の会話でカーソン侯爵家の内情は理解している。

 伯父のバナンは跡継ぎ教育を受けていただけあって堅実な経営をしている。高位貴族なりのお金の使い方はするが散財とまではいかない。ただワインに対してだけ糸目をつけないところがある。エヴァは元伯爵令嬢としてしっかりとした教育を受けていたようだし、バナンと恋仲になったあとは侯爵夫人になるその心づもりで自主的に学んでいたらしく家政の切り盛りにそつがない。彼女は実家が没落し苦労したせいなのか倹約傾向だがお金の使い方は弁えていて、使うべき所ではケチらない。プライドの高いバナンを上手くコントロールして支えているらしい。この家はエヴァが影の支配者のようだ。イヴリンについては一人娘だけあって両親の愛情を一身に受け、とにかく我が強い。嫁に行く立場だったら相手探しが難しそうだが、彼女は跡継ぎだ。多少気に入らないことがあっても家付きの娘の縁談を望む貴族の次男三男は多いので、直に決まるだろう。


 エヴァは無駄なく使えるものは何でも使う。最初から気に入らない姪も家のために利用するつもりだった。

 ジリアンの籍がカーソン侯爵家にある以上、勝手な真似は出来ない。逃げたとしてもエヴァが見逃すとも思えない。心の中で深いため息を吐く。現実は一つもジリアンの思い通りに行かない。目の奥が熱くなる。泣いては駄目だ。今は何も考えずに渡された資料を頭に叩き込む。綺麗なドレスに高価な宝石のついたアクセサリーはジリアンの心を微塵も満たさない。囚人の鎖のように心を重くした。


 出発の時間になると再びエヴァに呼ばれた。


「ジリアン。これを付けなさい。決して外しては駄目よ」


 渡されたのは上質なシルクに美しい刺繍の施された手袋だった。ジリアンの手は毎日の労働で荒れている。今は夏なので冬ほどひどくないが貴族令嬢の手には見えない。


(ああ、私の手荒れを見られたくないのね)


 手袋を嵌めるとエヴァが満足げに頷いた。そのまま伯父家族は一台の馬車に、もう一台にジリアンが乗り夜会に向かった。


 



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