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本当はあなたに好きって伝えたい。不遇な侯爵令嬢の恋。  作者: 四折 柊


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10.叶わぬ想い

 翌週、お店に行けばリックが笑顔で迎えてくれた。


「アンさん。こんにちは。一週間会わなかっただけなのに懐かしく感じるな」


「リックさん。お帰りなさい。ご無事でよかった」


 今回の買い付けは船で十日間もかかったと聞いている。怪我一つない姿に安堵する。ジリアンの顔を見るとリックは首を傾げた。


「アンさん。何かあったのかい? 何だか元気がないような気がする」


 ジリアンはリックの指摘にドキリとした。これからは少し彼と距離を取るようにしようと密かに考えていた。それを見透かされてしまったような気がした。


「いいえ。何も。今日も日差しが強くて暑いせいかもしれません」


 最もらしい言い訳をすれば頷いてくれた。


「冷たいものを用意するから奥にどうぞ」


「……はい。お邪魔しますね」


 自分の決意の弱さに泣きたくなる。距離を取ろうと決意してきたのに、いざ顔を見れば話がしたい。一瞬迷ったものの勧められるままいつものように奥の部屋でお茶をもらうことになってしまった。グラスに入った冷たい紅茶の中には白い花びらが浮いている。


「このお茶は?」


「今回の仕入れ先の国で最近流行っているお茶なんだ。お茶にフルーツ果汁をいれて食用の花びらを浮かべている。甘いから女性向けに販売しようと思ってね。私には少し甘すぎたな。それを参考に柑橘系で酸味のあるフルーツ果汁で作ってみようと思っている。それなら男性でも飲めるかな」


 リックは思案に耽りながら説明をしてくれる。こうやって新しい商品を売り出していくのだろう。


「いただきます」


 グラスに口をつけゴクリと飲む。これは桃の果汁だ。美味しいけど確かに甘い。


「この甘さはお菓子と一緒に飲むより、サンドイッチとかの軽食の方が合いそうな気がします。確かに男性には甘すぎるかも知れませんね」


「ああ、それはいいかもしれない。その方向で販売しようかな」


 うんうんと頷く。子供のようにキラキラと瞳を輝かせ笑う。リックさんはこの仕事に向いている。だってとても楽しそうだ。


「あ、もう帰らないと。ごちそうさまでした」


「えっ。もうそんな時間? アンさんといると時間が経つのが早いな。今日はお土産があるんだ。荷物になるから馬車で送ろう。大丈夫、屋敷の門から見えないところで降ろすから安心して」


 リックともう少し一緒にいられる。その魅力的な話に陥落してしまった。


「すいません。ありがとうございます」


 馬車に乗り込む時リックは令嬢にするように手を差し出しエスコートをしてくれた。メイド服の自分がと迷ったが、彼の笑みに逆らえず手を取った。ダイナはニコニコと手を振って見送ってくれる。


 二人きりの馬車の中でさっき触れたリックの手を思い出してしまう。柔和な雰囲気からは信じられないような大きなごつごつした手。剣だこもあったので鍛えているようだ。彼の知らなかった一面を知ることが出来て浮かれてしまう。


 あっというまに馬車が止まる。この場所はちょうど曲がり角でカーソン侯爵邸の使用人入り口から死角になる。再びリックの手を借りて馬車を下りる。一瞬だけお姫さまのような気分を味わった。


「ありがとうございました」


「こっちには焼き菓子が入っている。ダイナが渡したお菓子をアンさんは同僚に分けていると聞いたから多めに入れてあるよ」


「まあ、そこまで気づかって頂いてありがとうございます。きっとみんな喜びます。リックさんは本当に優しいですね」


「ははは。これはアンさんによく思われたくてしたことだ。邪な気持ちだからそんな風に言われると後ろめたいな。本当は入り口まで送っていきたいけど……重いから気を付けてね」


 彼の言葉を真に受けては駄目だ。期待したくなる心を戒める。


「はい。ありがとうございました。リックさんもお気をつけて」


 ジリアンが裏口に着いて後ろを振り返ると、別れた場所でリックが自分を見ていた。無事に屋敷に入るのを見守ってくれているようだ。笑みを浮かべて会釈をすれば彼は頷いて馬車の方へと歩いて行った。

 ジリアンはこっそり侍女長にお菓子の入った籠を預け使用人に配るよう頼んだ。そのほうが皆にいきわたるだろう。


「ジリアン。本当にいいのですか? 日持ちしそうなのは自分の部屋にしまっておいてあとから食べてもいいのですよ?」


「いいえ。せっかくだからみなさんにも食べて欲しいです。リックさんもそう言ってくれていましたし」


「そう、ありがとう。アン。きっとみんな喜ぶでしょう」


「はい」


 侍女長の柔らかい笑みに頷いた。みんなが喜ぶ顔を思い浮かべるとジリアンの方が喜びが大きく感じているはずだ。自分が幸せだと思うことを誰かと分け合い共有できる、その幸福を与えてもらえるのだから。

 仕事が終わって夜になるとルナが屋根裏部屋を訪ねてきた。


「今日はお泊りしてもいい?」


「もちろん、大歓迎よ」


 ルナとは仲良くなって以降時々お泊り会をしている。


「今日はありがとう。カラフルなクッキー可愛かったね。しかもすごく美味しかった。贅沢にドライフルーツの入ったものとチョコの入ったのを食べたわ。そうそう、みんながありがとうって伝えてくれって。本当は直接言えたらいいのだけど奥様やお嬢さまに万が一その会話を聞かれると厄介だからね」


 有難いことにみんなそこまで配慮してくれている。ルナが食べたクッキーをジリアンも食べたけど本当に美味しかった。


「喜んでもらえてよかった。といっても貰い物だからそのお礼の言葉はリックさんのものなんだけどな」


「違うわ! 分けると言ってくれたのはアンだからアンに“ありがとう”よ!」


「ふふふ、そう言ってもらえると嬉しいわ」


「ねえ、アンはグリーン商会のリックさんと付き合っているの?」


 ルナはわくわくとした期待を込めた表情で聞いてきた。とっさに否定する。


「ええ?! まさか。いろいろお世話にはなっているけど友人のような関係でお付き合いはしていないわ。それに私の立場では難しいと思う」


 ジリアンは視線を落とした。彼との未来を思い描くのは想像の中だけだ。それで満足しなければならない。ジリアンに平民として生きる心構えはあるが、エヴァがここを出ていくことを容易に許してくれるとは思えない。


「ジリアン……。ごめん。考え無しなことを聞いちゃったね。あんたはいい子だからきっと幸せになれるよ。だから諦めないで」


 ルナがジリアンに近づき両手でジリアンの手をぎゅっと握りしめた。ルナの体温にホッとする。人の温もりは不安に揺れる心を穏やかにしてくれる。暗くなってしまった雰囲気を振り払うように話題を変えた。


「うん。ありがとう。ねえ。ルナは? 好きな人がいるんでしょう? コアトさん?」


「え゛え゛――!! 何で知ってるの?」


 ルナは顔を真っ赤にすると手で覆って隠した。

 ジリアンは気付いていた。執事見習いのコアトとルナが時々アイコンタクトを取っていることを。ルナは恋する乙女全開で彼に微笑みかけている。どうやら付き合っているらしい。たぶんジリアンだけじゃなく皆気付いていると思う。


「出来ればルナから話して欲しかったな」


「…………ごめん。でも何だか恥ずかしくって。それにコアトと私みたいなガサツな女が釣り合うはずがないでしょ? だから――」


「ガサツなんて思わないわ。ルナは大らかなのよ。それって凄い長所だわ」


「? そうかな? そうなら嬉しいかも」


「そうなのよ!」


「あははは。そうか~」


 ルナはカラカラと笑う。ルナの幸せが嬉しい。それでもその姿が少しだけ羨ましくなってしまったのは内緒だ。





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