ヒカリ
夕暮れ時、夕焼けで西の空がオレンジ色になった頃、街の外れ街区の端のアパートを通り過ぎて歩き続ける。道は細くなりクルマが離合できるギリギリの幅になる。道端の雑草や雑木を眺めながら歩く。足元がだんだん暗くなる。
右側の遠くの方にため池が見える。秋風でさざ波が立ち、夕焼けが、キラキラとため池の水を照らし出す。さざ波は宝石のように煌めき輝き続ける。ただ、この煌めきが見られるのも、この時間帯だけだ。
ゆらゆらと揺らめく大きな波と、小さなさざ波、波が光で美しい。このため池の先に、又歩いていくと、もう煌めきは、角度によって見えなくなる。通り過ぎた後に、脇道へ入って、果樹園に出る。この果樹園の道は車が一台通れるだけのうちの自宅へと続く道だ。
自宅は、商業街から、住宅地を抜けて、街の外れにある。ほぼ、家族か宅配便や郵便配達員位しか来ない。
僕は高校から自動車学校へ行き、免許の路上教習を受けて帰宅していた。運転免許の適性検査で四角の中に点を打つ検査にかなりの疑問を抱いていた。運転中に四角の中に点を打つ事があるのだろうかと。僕は後日、運転免許センターへ電車で行き、試験を受けて無事に運転免許証を取得した。
高校を卒業後、カラオケ屋でアルバイトをする積もりでいた。元々、音楽が好きで、大音量で音楽を聴いても、苦情が来ない土地に自宅があり、それも父親の影響だった。だからといって、別にミュージシャンをを目指してはいない。かなりの音痴だし、楽器のセンスもなく練習しても一向に巧くならなかった。他には緊張する性格で人前で楽器を演奏するどころが、学校で音読するだけで、つっかえるほど緊張する人間だった。
ただ、その分だけ身体を鍛えるのが好きだった。少林寺拳法部だった。柔道の履修科目も頑張っていたし、トレーニングジムでウエイトトレーニングをしていた。
卒業前に面接を受けに行く。学校を卒業できる見込みはあるので、昼間にハローワークの窓口で探して求人を探した。受付で紹介状を発行して貰い帰宅した。何時もの道を通ってきたくした。自宅で履歴書を書いた。学歴と運転免許以外はまっさらな履歴書で、志望動機を指導通り詳しく書いた。履歴書と紹介状を封筒に入れて郵送する。履歴書の文字の汚さに自分でもうんざりした。
面接日の連絡が携帯電話に入って来た。面接に向かう。緊張しているが、優しそうな中年女性が連絡されたので安心した。学校では禁止になっていたスクーターを親父から借りて道路を走りだす。親父から、原付バイクはなるべく左折を繰り返して、片道二車線で右折するなと注意を受けていた。親父の車に乗っている時から、原付バイクでは、この道は右折は危ないだとか、先で左折して、右折路へ入って右折しろとか、クルマでも交通ルールの話をする説教を免許を取る前提で教えていた親父だった。
面接の会社に到着して、私服のパーカーで面接を受けた。アルバイトの場合は、別にスーツじゃなくて良いと親父が言っていたからだ。電話を掛けた女性が現れて、カラオケの部屋に通されて、面接が始まった。第一声は、緊張しなくて良いからと言われ、体格が良いのね、運動部だったのかな、と尋ねられた。運動部で鍛えてましたと答え、それに対する返答は、体力も要るけれど、料理が作れるようにもならないといけないと言われた。自身は正直なかったが、まだまだ、脳みその使ってない部分が多いので、学習能力はあります、頑張りますと答えた。即即内定を貰い、勤務開始日を決める事になった。帰り道にため池の辺りで、スクーターを停めて、ガッツポーズをした。親にも報告した。友達には仕事は音楽関係者に決まったと、とぼけて答えた。
卒業式で女の子に呼び出された。一学年下の女子生徒だった。少林寺拳法部の後輩だった。
「名前は真奈美ちゃんだったよね」
「第二ボダンをください、連絡先を交換してください」
と言われ言われるままにした。内心悪い気はしないが、まだまだ恥ずかしさでそれどころじゃなかった。僕は内気だと親父や先生に言われていた、その通りだった。
それ以外は卒業式は退屈に感じた。仲の悪い奴もいたし、気に食わない先生もいた。古典の先生の孔子によりますればみたいなのを嫌っていた。本当は現代文も行間を読めと言われたのが、友達からだったので、それならそう先に言えよ、と国語は不満だらけで、落第点寸前で厳しく感じたからだ。
僕はアルバイトにちょっとずつ入っていて、アルバイト先の大人の女性に興味津々だった。女性の主任上司から気に入られている気がした。身体を鍛えていたので上半身を見せてとか、触らせてとか、酔って客として会わられた主任の女性上司は抱き着いてきた。体を触ろうとすると、彼氏が居るからと言われて、僕は混乱していた。
仕事は給仕といえば古いが、ウエイターから始めて、ドリンクづくりを教わってある程度、ドリンク関係は作れたが、昼間から飲酒するおじさんが居て、飲んだ事も無い酒を分量通り作っていれば良かったので、別に飲む必要が無かった。
家に帰ると親父に酒の事を聞いた。
「焼酎は知ってる、高価な酒は知らん、カクテルはさっぱり解からん」
しか答えない。
「飲んでみらんとわからんやろ」
の一点張りだった。
卒業後、仕事をしだして一年経った。
少林寺拳法部の後輩が面接に来た。僕はあらかたの料理も作れるようになっていたし、厨房に立って料理を作る係になっていた。真奈美が面接に受かったようで、挨拶に来た。
「先輩、来ましたよ。いつ結婚しますか」
と尋ねて来た。僕は答えた。
「順番とか、段階とかあるだろ」
と答えた。案外モテていたのかもしれない。
真奈美は「まだ、AからHがあって、結婚ですからね」と言った。
僕は、「もう下ネタは止めとけ」と言った。
後輩は肉食系だった。僕は草食系。
働いているカラオケ屋には、肉食系女子が多い職場だった。
更に一年後、僕は二十歳になり、夜勤になった。
真奈美ともすれ違い、主任の痴女上司が客として現れては、酒を飲んで、抱き着かれたり、股間を弄られたりしたが、触り返そうとすると、「彼氏が居るの」と答え、揶揄われていた。
他にもウエイトレス的な女性が多く、僕はセクハラに怯えながら、料理を教える際の包丁の切り方等を、手を取って教えたりしていた。
夜勤の仕事になり、給料が良くなり中古のマニュアル車を買えて、夜勤を終えて、隣の市までドライブに行くのが楽しみだった。
早朝、仕事終わりにマニュアル車で五速に入れて、六十キロで走り続ける。
何度も同じ道路を走行しているうちに、気付いた事があった。
ある一直線の道路を五速に入れたまま六十キロで走行すると、信号に引っかからずに、そのままかなりの距離を五速、六十キロで突っ切れることに気づいた。別に違法でもない、ある時間のあるタイミングで走行している時だった。僕はビートルズのトゥモローネバーノウをエンドレスリビーとしながら、ある道路をそのやり方で突っ切るのが、快感になっていた。
後輩とはすれ違いを繰り返していた。店長が異動になったのは、一年半過ぎたころだった。女性の中年の店長が辞め、男の接客業には向いていなさそうな、声のボリュームがイカれたような、ありとあらゆる体毛の濃い、人当たりの悪い奴だった。
二年経った頃、有給休暇が欲しいと店長に言うと、「うおーうるせえ」と答えが返って来た。
朝から体調不良で、出勤して別の人も人員が居るので、早退したいと言うと、「店長がアイツおかしいから、解雇な」の一言で、解雇になった。
給料も手払いだしおかしな会社だと思っていたら、フランクなだけで、法令を守らない、ブラック企業だった。僕は雇用保険で当面生活する積もりでいたけれど、雇用保険も支払ってない事が、判った。給料明細書が変な帯みたいなメモ用紙で、変だと思った悪い予感が当たった。
貯金を崩して親父にフォークリフト車の講習でも取りに行けと言われた。
「お前は重いものを持つのは慣れてるし、今もダンベルで運動してるだろ。金も出してやるよ」」
講習日までの日程は親父が調べて来た。親父が頼りだった。
フォークリフトの講習まで案外と近い日程で、四日間の講習を受けてマニュアル車に慣れている事もあり簡単に取得できた。ただ、座学で教わる、労災の注意事項を気にしないとなと思った。
僕は次の職場にフォークリフト車の運転手の仕事を選んだ。
パイプ置き場で、フォークリフト車とパイプの仕分けを門型クレーンで行うオペレーターで、雇われた。仕事は身体は酷使しない、重機まかせの仕事だった。
少林寺拳法部の後輩の真奈美と連絡を取り、仕事を辞めさせて、医療事務の資格を取ったらしく、再就職していた。セクハラやパワハラ、社内の人間関係が纏まりがなく、真面に社会保険料も払われない会社だったので、バカバカしかったと言っていた。その後、真奈美と付き合うことになった。
お互いの休みの日に、例の五速、六十キロで突っ切れる道路を走る為に、早朝に呼び出した。何を考えてるのか解らないと言っていた彼女は、五速にギアを入れたままで、信号が変わらず、突っ切った際、「ホント、凄かった」と言った。約四十分間、ギアを変えず、信号が青のままで六十キロで突っ切れる道路。別に暴走族でもない、何かしらのタイミングがあるらしいのだ。
僕等はAからHまでの通過儀礼を超えて、結婚の約束をした。
プロポーズしようと思った夏、仕事中に通り雨が酷く降った。フォークリフト車を運転していて前が見えない程だ。一応、定位置に戻そうとして、前が見えない中運転した。重量物が入ったパレットから離れている積もりで、フォークを引っ掛けた。慌てた僕はハンドルを逆に回し過ぎ、その上、置いてある鉄板でスリップした。通常なら、恐らくこの失敗では、横転しないしかし、雨で前が見えない為、フォークのレバーも慌てて、操作し横転した。僕はフォークリフト車の下敷きになり、かなりの激痛がした。
「挟まれてる」
年配者の上司が叫んだ。こちら側の門型クレーンの能力では安全係数を超えて持ち上げないと、フォークリフト車は持ち上がらない筈だ。上司が無理矢理、ワイヤーでフォークリフト車を少し浮かせているのが見えた。いつもは温厚そうな年配の定年間近の作業員さんが手を伸ばして、引き摺り出す。僕は呻いた。激痛が走る。
僕は救急車が来るまで激痛に耐え、そのうち意識を失った。
手術を受けたが、外では泣き声が聞こえた。嫌な予感がした。
「残念ながら、下半身麻痺です、手の施しようがありませんでした」
僕は「腕は大丈夫ですか」と尋ねた。
医師からは「上半身は異常はありません」と言われた。
「歩けなくなるんですか」と尋ねた。
「そうです。残念ながら」と医師は答えた。
僕は泣くのを堪えて歯軋りした。今後の事が気になった。仕事の事や生活の事、後輩との結婚も、もうないなと思った。ベットに横たわったまま、外の景色を眺めた。もう日が暮れて真っ暗な外の景色に屋外灯が光っている。
リハビリ施設へ通ったが、意味がなさそうだった。腕の筋肉は充分で車椅子を走らせ、リハビリは直ぐに終わった。その後の再検査で、下半身不随が確認されて、リハビリの必要を感じず、退院を希望した。
労災保険と、労災補償で、かなりの額が口座に振り込まれたが、一向に興味がなかった。暫く、何もせずに暮らしていける見込みは付いたものの、嬉しくない出来事だった。
後輩から電話が掛かってきていたが、電話に出なかった。僕はトイレに行く以外は、酒浸りになった。色々な酒を買い置きして、正午過ぎに飲み始めていた。焼酎は冬は芋のお湯割りが良いとか、日本酒の高価なモノを冷で飲んだりして泥酔して、他にもカクテルも飲んだり、酒に浸って拘り始めた。
ただ、午前中にトレーニングを行った。ダンベルを元々、二十キログラム持ち上げていたのを、三十キロや四十キロを注文した。流石に四十キログラムは持ち上がらないが、先々で持ち上げようと思っていた。自分なりにウエイトトレーニングでは、目標があった。
深酒のし過ぎで、眠れない上に二日酔いで、倒れてしまった。母親が電話で救急車を呼んだ。睡眠薬を処方されて、ぐっすり眠った。翌朝は体調がもう万全になっていた。母親が後輩を連れてきていた。
「壮亮、大丈夫、だいぶ、生活が荒んでいるみたいだけど、でも逞しい腕になってるね」と真奈美は言った。
僕は「トレーニングは欠かしてないから」と弱々しく言った。どう顔を合わせて良いか分からなかった。
「結婚の話はどうなったの、私からも言ったらお母さんからも頼まれたんだけど。」と真奈美は言った。
「おふくろ、そんな事頼んだとや。」と弱々しく半分嬉しかったが、不安げさを出して僕は言った。
「あんた、もうそろそろ結婚せんばさ。」母親が強く言う。
けれど、僕は考えた。本当に僕で良いのだろうか、この先大丈夫なんだろうかと。
彼女は力強く言った。
「ただ、酒は断って、私はそんな酒で倒れる人の面倒は見切れんけん、下半身不随の事は面倒見るけど。」
僕はこれ以上、男として魅力を失いたくなかった。僕は答えた。
「分かった。酒を断つ。」そして、何故かあの道路の事を思い出した。
「あの道路をまた、信号が変わらないまま走り切ったら、結婚しよう。今度は車椅子で。」
何も結婚の根拠にもならない、条件を出した。ただ、今度はセダンじゃなくて、車椅子だ、説得力があるような気がした。
彼女は力強く言った。
「競技用の車椅子も用意するから、時速六十キロで四十分間走って。そしたら、結婚してあげる。」
「僕と結婚しても何も良い事はないと思うけど、僕が幸せになれるから、賭けを頑張る。」
「そういうところが好き」彼女は言った。
なんだか兎にも角にも好意を持たれる。
病院の帰りに母親が運転する車椅子を載せる自動車で彼女と僕と、ため池の辺りで停めて貰う。もうここで良いから、後は自分で帰れると、母親に言った。確かに車も来ないし、一回アルコールで倒れたけれど、まだまだ、筋力低下はしていない。車椅子で自力で帰れる。何故、停めて貰ったのかというと、日暮れ時であの綺麗な夕陽が、ため池を照らし出すのが、分かったからだ。
彼女と僕は自動車を降りた。ため池の前で、夕陽が傾くのを待つ。
夕陽が空を暖色に変え、西の空の向こう側に、雲が無い。夕焼けが来るのが分かった。彼女に話し掛けた。
「どうして、僕と結婚しようと思ったの」
「学生時代とバイトの頃は何となく、カッコいいし面倒見が良いからと思ってたけど、今は私しか居ないと思ってる」
彼女から言われたけれど、可愛そうと思われているのかもしれないとも思った。
夕陽が傾き、徐々にオレンジ色の夕焼けが、広まっていく。裸眼で見ても夕陽がオレンジに燃えているのが判る。今日のため池のさざ波は、より細かく、小さな波が立ち、キラキラと細かく美しく輝いている。秋風が心地良い。髪の毛を乱すが、ふんわりと吹く風で、身体を適度に冷まして、風景を見る風の触感を愉しめる。夕焼けが青くなりマジックアワーに変化する。もうさざ波は輝いていない。夕陽が朱色で灯り、周りの空は、薄紫色に光を吸い込んでいる。
あたりが暗くなった頃、彼女が突然、僕の頬へキスをした。
僕は話し掛けようとした。「何」
真奈美は何故か違う方向を見て、「何、あれ」と言って指を指した。僕は言った。
「そういう事じゃなくて」と言い出したけれど、確かに彼女が指を差した向こうの方に、飛行機雲みたいなものが見えるけれど、雲の先端が光り輝いている。
飛行している時間が長かったので、彼女は咄嗟に言った。
「流れ星さん、お願いします」
そのまま、飛んでいるので、二人で不安げに言った。
「墜落してる」
北の空から、明らかにこちらの方へ、燃えている光輝く何かが見える。こっちの方へ向かってきているようだ。
僕等二人は、慌てふためいていた。
「逃げよう」
二人で慌てて準備しようとして彼女が立ち上がった。僕は車椅子を押して逃げようとする。
一瞬で目の前が明るくなった。閃光で前が見えない。乾いたパーンという音と共に、僕等は伏せた。
起き上がって、周りを見渡すと、ため池の水が蒸発している。ため池があった所の中央あたりに、ほんの小さなクレーターが出来ていた。
彼女は水が蒸発した、ため池に、歩いて入っていった。多少のぬかるみがあったものの、滑りそうになりながら、隕石まで歩いて行った。彼女は隕石を触ると、「熱い、あつ、あつ」と言い出した。彼女は肩に掛けていたタオルで隕石を包んで、「まだ、熱い」と言い乍ら、こちらへ向かって来た。僕は言った。「大丈夫、危なくないかな」
「冷めて来たから、大丈夫じゃなくて、私たちラッキーよ、隕石が落ちる瞬間を見て、隕石を貰えたのよ」彼女は喜んでいた。
「まあ、誰の所有物でもないから、貰えたのかもね」
かなり驚いたけれど、僕は言った。
「僕等に当たらなくて良かったよ」
暗くて見えない黒い隕石は、ここでは良く見えないし、此処の辺りの道は街灯がないので、彼女にもう帰った方が良いと言った。
「願い事を楽しみにしててね」と彼女は良い近くのパーキングに停めていた車へ戻った。
それから、僕は酒を断った。ひたすら、ロッキーのテーマ等やロックを聴き乍ら、トレーニングをした。片手で三十キログラムを持ち上げれるようになっていた。何か体のバランスが変だとは思っていたけれど、腕を鍛える事に執着した。それから、競技用の車椅子を購入し試しに乗ったが、そんなに速度が出せる場所は、あの道路しかなかった。
僕は母親を抜きにして、彼女が運転する車椅子を載せる自動車で、早朝のあの時間、あの道路を競技用の車椅子で走行することにした。彼女に連絡すると喜んでいた。
早朝、自動車を停めて、時間を計る。そろそろ、あのタイミングだ。僕は、競技用の車椅子が置かれている所まで、逆立ちして歩いて、ウォーミングアップとシャレの積もりで車椅子に乗り込んだ。彼女が何かもぞもぞとしながら、話を切り出す。
「私、おなかに赤ちゃんが居るの、あなたのよ」
「頑張って賭けに勝てなくても結婚できそうかな」
「それはどうかな」
意味深長風に彼女は答えた。でも、僕は賭けにも勝利する自信はあったし、もう結婚は確定したものだという返事だと確認した。
彼女が、運転席に乗って、ボディーガード兼、確認役、約束の見守りをする。僕は腕時計を見て、ゆっくりと走り出した。彼女が自動車で伴走する。
僕は車椅子の車輪に力を込めて、速度を上げる。速度計が直ぐに時速四十キロになり、そして、力を込めて時速六十キロに上がる。
僕はあの道路を走り続けた。風が強い。スクーターに乗った経験から、防寒着とゴーグルも用意していた。疾走する。道はまっすぐだ。
数キロメーター走り、初めの信号機も青で時速六十キロで突っ切る。
次も、もう少し長い距離十キロ近く走って、時速六十キロで突っ切る。
僕は片手を上げて、拳を突き出した。彼女の声援が聞こえる。
「頑張って」
「全然、まだまだいけるぞ」
若干速度が落ちた感じがしたので、また、車輪を漕ぐ。車輪を加速させ続ける。思い出した。あの頃、早朝にマニュアルの中古のセダンで、走った事を、あの頃、聴いていた音楽。あの頃、モテていたかもしれない事、今でも彼女が居て、モテ続けていることに感謝した。又、十キロくらい走ると、青の信号機を突っ切る。
最後の方の道路へ来た。車輪を全力で漕ぐと時速七十キロをたたき出した。
最後の信号機が見えた時、対向車に大型トラックが見えた。十トンの大型車は、こちらの車線にはみ出してきている。僕は車椅子を停めようとしたが、間に合わなかった。脇道に脱落した。ホイルスキールの音が聞こえ、振り返った。衝突音が聞こえた。
彼女の車を見ると大型車と衝突していた。僕は這って彼女の車へと行った。大型車の運転手はまた反対側の電信柱を倒して、フロントガラスを割り、倒れ込んでいる。
彼女は頭から血を流していた。頭を強打したみたいだ。警察へ通報して、救急車を呼ぶ。時間がかかる。真奈美に話し掛けた。
「大丈夫か」
「頭が痛い、お腹も」
「結婚するんだろ、大丈夫だから、大丈夫だから、直ぐ救急車が来るから」
救急車が来るまで結構な時間を要した。それはそうだ。時速六十キロで三十分間走った後だし、救急車が来る所からすればそうだ。彼女は、意識を失った。救急搬送に一緒に乗り、彼女のお腹の中に赤ちゃんが居る事も説明した。大きな病院へ搬送する必要があると説明されて、搬送に時間を要した。
総合病院の待合室。
看護師さんから、赤ちゃんが低体重で産まれた事を聞いた。彼女の死亡確認がされた。
何故こんなに不幸が続くのか、神様を恨んだ。
僕は産科の病院でカプセルに入っている赤ちゃんに、取り敢えず「ヒカリ」と名付けた。
低体重で産まれた芽衣は、暫くカプセルの様な医療機器に入っていないといけないことを説明された。他には健康な身体つきになる事が無いかもしれないと言われた。
僕は絶望していた。葬儀で彼女の母親は現れなかったので娘の話し合いは出来なかった。おやじとおふくろに迷惑をかけるけれど、子育てを手伝ってほしいと言った。僕は抑鬱状態で、その様子を見て了承している。
僕は普通の車椅子で出かけると、あてもなく街中へ漕ぎだした。街中の風景はいつも通りで、何もない平凡な生活を送っている人たちばかりだ。そのまま、街を散策する積もりで、車椅子で移動を続けた。子供の面倒は、僕には見れそうもない。途方に暮れた。
踏切が見えた。その先に列車専用のレールの敷かれたトンネル。
魔がさしたのかもしれない。僕は踏切に誰もいないことを確認すると、トンネルに入りだした。トンネルの中はほぼ真っ暗だ。ずっとトンネルの中をレールを避けて車椅子で無理矢理通り続けた。
僕は車椅子を降りて、放りだし、レールに横たわった。疲れていた、人生の色々な事に。彼女が笑いかけていた事を思い出し、ゆっくりと目を閉じた。なるべく、楽しかった事を考えようとした。彼女の笑顔と何故か僕を選んだ事を誇らしげに思った。目を瞑っていた。警笛が鳴る。ブレーキ音と、レールと車輪の異音が聞こえる。
望んでいた未来は来なかった。激痛が走り、意識は瞬間的に途絶えた。
僕のポケットの中に入っていた隕石が煌めいた。
次の瞬間、僕はフォークリフト車に乗っていた。隕石が光っている。前が見えない程、雨が降っている。僕は予め起こるあの不幸の事を理解していた。フォークリフト車を降りて、事務所に戻った。声を掛けられる前に、僕は言った。
「この雨じゃ、リフト車の運転なんて無理ですよ」
「壮亮、まあ、無理するな」と上司が言った。僕は事故を回避した。
通り雨は、物凄い勢いで降っていたが、直ぐに止んだ。こんなもんだったんだと、僕は天候の悪さの中を無理して運転したことを馬鹿馬鹿しく思った。事務所の中で真奈美にメールを打って、事故を回避した事を自慢気に書いたが、何が起こるかわからない真奈美からは、そっけない返事だったけれど、心配はしていた。通り雨が止むと、僕は仕事を続けて、退勤時刻までに作業を終えると、帰宅する。
何時もの通り慣れた車道を自家用車で帰宅して、又、溜池を眺めた。今日は曇りで夕焼けは見えそうにない。
隕石が輝いた。僕は心の中で、有難うと隕石にお礼を言って、空を眺めた。曇天で光量が無く、星空も見えない空だった。隕石が来た北の方の空を見て、真奈美にプロポーズする事に決めた。
隕石が降って来る筈の日は、デートをしていた。時刻を合わせる為に早目にデートを切り上げて、僕等で溜池で空を眺めようと言った。今日は快晴で西の空にも雲はない。西日が差す頃から、隕石が来るか眺めていた。ただ、隕石はポケットの中だ。西の空へ陽が傾き、陽射しが強い。早い時間から、もう既に溜池は煌めいていた。風が弱く、小さな波が立ち、溜池のさざ波を輝かせる。
「隕石が降ってくるかもしれないんだ」僕は言った。
「壮亮、なに馬鹿な事言っているの」と真奈美が言う。
ふんわりとしたそよ風が吹き、溜池は煌めいて輝き続け、下手な映画を見たり、人工的に作られた娯楽よりも僕は好きだった。
「実は通り雨のメールを打った日、僕は下半身不随になるんだ、そして、君はあの道路を僕を見守りながら自動車で走行して、事故死する、それから僕は自殺したんだ」
「壮亮、大丈夫、何も起こってないわよ」
「今日は助けてくれる隕石が落ちてくる日なんだ」
「隕石が落ちて私たちは死ぬのね、壮亮」
「溜池に落ちるだけで、何も起こさない隕石だと思ったんだけど、こうして僕は無事に二人で又、溜池の輝きを見れる、隕石のおかげでね」
「今日の話は信じないけど、隕石が落ちて来るまで付き合うわ、壮亮」
子どもの頃から見ていた、溜池の水面の輝きは、光を失い、オレンジ色の夕陽が現れて、西の空は薄紫になりマジックアワーが現れた。それでも隕石は降って来ない。
「隕石なんて降って来ないじゃない、壮亮」
「星空が見えるまで、景色を眺めよう、真奈美」
夕陽も落ち、夕暮れは去った。星空が輝いた。暗い溜池の周りは、星空を見るには最適だった。北の空には北極星が見え、柄杓型の北斗七星が見える。なんとなく星空を見ていた。何も起こらないと思ったら、真奈美がキスをした。そうすると、空に飛行機雲と光輝く火球が現れた。
「落ちて来るかも、真奈美」
「まさか、でも、願い事しないと、流れ星さんお願いします」
火球は北の空から、別の遠い空へ飛び去り、落ちていくのが判った。
「やっぱり、隕石が目の前に落ちるなんて嘘ね」
僕はポケットから隕石を取り出し、「ここに隕石は持ってるから、もう来ないんだ、誰かを助けに行ったんだよ」と言った。真奈美はまじまじと興味深く隕石を見ると、「まあ、どこかで拾って来てても分からない様な石ころね」と言った。
「僕には奇跡はもう起きたんだけどね」と言った。
さすがに痺れを切らした真奈美は帰る事にした。僕は真奈美の事故の日に、また早朝にドライブをすることにした。
あの事故が起こった頃、早朝に真奈美を呼び出した。オートマ車の軽自動車で、あの道路を走る。又、時速六十キロで信号に引っ掛からない。
真奈美が尋ねた。「時速六十キロでこのまま道路を走り続けたら何か起こるの」
「そうじゃないんだ、真奈美、結婚しようよ、お腹に赤ちゃんも居るんだよね」と尋ねた。
「なんで、赤ちゃんの事、分かったの」と驚く真奈美。
「太ってるんじゃなくて、何となく分かったんだよね」と僕は答えた。
「あと、別に分かっている事がもう一つある」僕は言った。
「今日は何か嫌な予感がするの」
その時に対向車線から十トントラックがこちらへ来ているのが判った。僕は後続車が居ない事をミラーで見てクルマを停止させた。十トントラックは勝手に脇道に突っ込んでいき、盛大な爆発音の様な響きを起しながら大破した。
「でしょ、真奈美、ここで君は死ぬはずだったんだ」
「まさか、運転が巧いのね、流石、壮亮」
隕石が光った。僕がポケットから隕石を取り出すと、隕石は消滅した。やはり、隕石が起こした奇跡だったのだ。
「壮亮、やっぱり、隕石だったのかな、マジックでけしたのかな」
「消滅した、真奈美の願いがかなったんだよ」
僕等の結婚前に娘が産まれて「ヒカリ」と名付けた。




