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Song.85 Ba.Vo.

 人数が多ければそのぶん準備が早い。

 そもそも素人じゃないから、何をどう接続すればいいかなんて一年ズはわかっているから早いのは当然だが。

 一通り機材のセットが終わったのを確認して、一年ズにやってみろと言ったら、各々楽器を手に持つ。それを俺らは椅子に座って待つ。


 上手にはギターの小早川。

 ピックガードもストラップまでもが白のテレキャスタータイプだ。


 そして下手にもう一本のギター。唯一の女子が、同じテレキャスタータイプの深いグリーンのような色をしたギターを肩からかけて、腕をまくる。

 ああ、そういえば名前を聞いていなかった。


 そのギター女子と瓜二つの顔をした男がドラムのようだ。

 足の位置やシンバルの位置を微調整している。

 こっちももちろん、名前は知らない。

 顔が同じだから、ギターと双子かなんかだろう。


 それでもってベースは藤堂。

 圧倒的な存在感のある茜色のジャズベース。ヘッドがナチュラルとブラックのダブルカラーという珍しいカラーだ。


 ベースという立ち位置上、バンドの中でも端の方になる……はずが、藤堂はセンターでマイクを前にしている。

 珍しいベースボーカルか。

 てっきり騒がしい小早川らへんがボーカルやるのかと思ってた。


「あ、あー……えと、それじゃ、やります。その、ジュニアコンの時の曲で」


 藤堂がマイクを通して言えば、了解の意を込めてメンバーが楽器を鳴らした。


 どんな曲をどうやって見せてくれるのか。

 ワクワクしながら、始まりを待つと、シンと音が一旦消えてから、ドラムがカウントをとって曲が始まった。


 ギターから始まり、軽快な音が続く。

 俺らがやるような疾走感満載、低音をドコドコやるんじゃなくて、もっと軽くポップな印象。


 全体の音も明るめだ。

 藤堂の声は決して高く明るいものじゃないけど、伸び伸びとしていて、リズミカルで良いと思う。


 冒頭から聞いていれば、万人受けするようなよくある曲かな、と思っていたが、どうも違うらしい。


 どうもAメロBメロという一般的な曲展開をしていない。

 いつの間にかBメロにいっていたり、何回も同じAメロを繰り返していたりと先の読めない展開だ。だから面白い。

 歌詞には英語も取り入れていて、何言っているか馬鹿な俺にはわからないけど、語呂だけじゃないんだろうな。


 こんな曲、俺には絶対作れない。


 俺からしたら、曲は凄くいい。どいつが作っているのか気になる。


 ……あくまでもいいのは曲だけ。

 耳だけで聞いていればいいが、目を開けると途端につまらない。


 だってどいつもこいつも、手元に集中しすぎて棒立ちだ。

 誰も顔を上げない。笑いもしないし、何か全員つまらなそうに見える。


「惜しいよね」

「だな……って、いつの間に来てんだよ」


 よ、ってひそひそ話をしつつ俺の隣に座ったのは、職員室で会ったばかりの神谷。

 いつの間にここに来たんだか。

 俺が物理室の入口に一番近い場所に座っていたからか、まだ俺以外に誰かが神谷の存在に気付いた様子はない。


 物理室後方で俺らと向かい合って演奏している一年を見ていて、俺らの後ろに物理室のドアがある。だから入ってきた神谷に一年の方が先に気づいてもおかしくない。

 でも気づいてない。こんな赤い髪で目立つのに。そのくらいに一年は演奏するのに必死だ。


「あれっしょ、ジュニアの準優勝バンド。さっき先生に聞いてきた。面白い曲なのにね。俺が審査員ならライブ審査で落とす。あれは音を楽しめてない」

「……」


 神谷の意見には同感だ。

 音楽は楽しく。楽器は楽しく。

 それが出来ていないなら、音楽であって音楽ではないと思う。あくまでも個人の考えだけど。


「ま、おチビも他人事じゃないからね」

「は?」


 詳しく聞こうとしたら、どこ吹く風。神谷は一年たちを見て聞いて、にまにましているのに腹が立った。

 それから十秒ほどして、ジャン、とギターで曲が締められた。


「いじょ……って、あ……」

「おわあああ!」

「お」

「あ」


 藤堂、小早川、ギター女子、ドラム男の順で、神谷の存在に気づいて驚いた声を出した。


 続けざまに、一年を見ていたメンバーも振り返ってビックリした顔をする。

 中でも瑞樹は、一番反応が大きくて、そして一番嬉しそうだった。


 なんでこんなビックリされるかって?

 そりゃあ、こう見えても神谷はプロのアーティストの有名人。Mapのギタリストという肩書きは伊達じゃない。


「やっほー。どうもー神谷清春でっす」


 ひらひら軽く手を振るも、あまりの衝撃で一年は呆然と口をパクパクしたまま。


「一年にドン引きされてるじゃねぇか」

「そう? みんな感動してるでしょ」

「どこが」


 そんな会話を俺は神谷と広げる。


「お久しぶりです。本日はどうして学校に?」


 このままではらちがあかない、そう思ったのか悠真が軽くお辞儀をしてから話を振る。

 悠真は神谷のバンド……俺の親父がいたバンドでもあるMapのコアなファンだ。憧れて好いた存在でもあるやつに何気なく会って冷静になんかいられない。


 いつもの悠真ならもっと鋭い言葉を投げてくるけど、今はこう、猫被っている。悠真は外面がいいから。それでなんとか誤魔化しているみたいだけど、俺にはわかる。悠真は今、とても緊張していると。その証拠に、口角がぴくついてる。無理してでも猫被っていたいらしい。


「ちょっと私用で。ついでにチビッ子の演奏見られてよかったわ」

「はあ……?」


 よくわからない、悠真はそんな顔をした。


「ちょちょいと聞いたけどさ、お前ら新入りたちに勝負しかけられてるんだって? 面白いじゃん。何で勝ち負けつけんの?」


 俺が知るか。

 そんな声を出そうとしたとき、先に瑞樹が口を開いた。


「まだ何も決まってないんです……でも僕たちはバンフェスに向けて練習しようと決めたぐらいしか今後は何も」

「バンフェスなー。バンフェス……」


 瑞樹は物怖じもせずに神谷と話す。

 それもそのはず。幼なじみでもあるから、瑞樹は俺の家庭の事情を把握している。

 俺の親父がプロアーティストであって、それに憧れて同じ道を選んだことも。そんな親父が死んだことも、全てだ。


 俺の家に瑞樹はしょっちゅう来ていたから、親父たちとも面識がある。神谷とも会ってるし、瑞樹のギターは神谷から細かく教えられている部分もあるから、師匠と言っても過言ではない。

 そんなこともあって、瑞樹は神谷と普通に会話が出来る。


「ネットにアップして、視聴回数とか評価で決めれば? ね、立花せーんせ」


 何を言っているんだ、この若作りのおっさんは。


「そ、そうですね。そうしましょうか」


 物理準備室からパタパタ足音を立てて、立花先生がやって来ると、本当に聞いていたのか怪しいぐらい早く、神谷の提案にのったのだった。

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